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【全部ゆるせたらいいのに】一木けい|アル中の父を持つ娘の思い

全部ゆるせたらいいのに

一木けい先生の第三作目の作品です。

正直恥ずかしながら,一木先生のことはこの作品を読むまで全く知りませんでした。

本作品ではアルコール依存症になってしまった父親とそれを支える母親と千映の姿が描かれています。

幸い,僕の育った家庭ではそんな問題はありませんでしたけど,世の中には依存症で悩む人,その周りで苦悩する人,たくさんいるのかなと思います。

これは一木先生の経験を元に作られたのだろうか。そのくらいリアルで,何か千映自身に一木先生の気持ちが乗り移っているように思いました。千映人を許すことは大小あると思いますけど,どうしても許せないことってありますよね。
僕自身もこれまで生きてきた中でそんなことたくさんありました。

本作品の主人公である千映の気持ちに自分をだぶらせてみて,果たしてあなたはゆるすことができるでしょうか。

こんな方にオススメ

● 主人公は何に対して「ゆるす」と言っているのか

● ゆるせない人を「ゆるせるか」を考えてみたい方

● アルコール依存症になった父に対する娘の思いを知りたい

作品概要

夫は毎晩のように泥酔する。一歳の娘がいるのに、なぜ育児にも自分の健康にも無頓着でいられるのだろう。ふと、夫に父の姿が重なり不安で叫びそうになる。酒に溺れ家庭を壊した父だった。夫は、わたしたちはまだ、立ち直れるだろうか――。家族だから愛しく、家族だから苦しい。それでもわたしが夫に、母が父に、父が人生に捨てきれなかった希望。すべての家族に捧ぐ、切実なる長編小説。
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

千映・・・主人公。専業主婦。かつて父から暴力を振るわれた

宇太郎・・千映の夫。アルコール

・・千映の娘。他の同年代の子供よりは知能が高い

千映の父・・・アルコール依存症で,時々千映に暴力を振るう

千映の母・・・アルコール依存症の夫を支える

秋代・・・千映の同級生。同じ吹奏楽部に所属していた

本作品 3つのポイント

1⃣ 千映と宇太郎の関係

2⃣ 千映の父と母の視点

3⃣ 千映は父をゆるせるのか

千映と宇太郎の関係

主人公の千映は,現在の夫である宇太郎とは,高校の吹奏楽部の先輩と後輩の中でした。

千映が宇太郎と初めて出会ったのは高校2年生の頃。千映と宇太郎千映は当時仲がよかった秋代と一緒に新入生の勧誘をしていたこともありました。その時入学してきたのが宇太郎です。

秋代はホルン,宇太郎はパーカッション、千映はトロンボーン。当時宇太郎は「千映先輩」と呼んでいました。

宇太郎と千映が付き合うきっかけは宇太郎が書いた手紙でした。

千映は先に高校を卒業したんですけど,受験に失敗して1浪して第1志望の大学に入学します。

宇太郎は合格が難しいと言われながらも一生懸命勉強し,ストレートで千映と同じ大学に合格します。宇太郎年齢的には一つ差がありましたが,同じ学年の同期として順調に交際を続けていました。

そして二人とも大学を卒業することになり,千映は銀行へ、宇太郎はメーカーに就職します。

千映自身も呑むのは好きなようで,2人で飲み歩くなど幸せな日々を送っていました。

主人公の千映には夫と娘の恵ができます。千映はどうしても気がかりなことがありました。

夫の宇太郎が毎晩のように呑みに出歩き,我を忘れた状態で帰宅するというのが続いていたことです。

元々大学時代から酒が強かった千映,かなり弱かった宇太郎。

アセドアルデヒドの分解能力の低い宇太郎は,千映に「アルコール依存症なのではないか」と疑われます。アルコール中毒γ-GTPの数値がかなり高く,千映はとても心配していました。

千映にとってはそれがどんどんエスカレートしていき,宇太郎に対しての怒りのようにも見えます。

γ-GTPとは

肝臓の解毒作用に関係する酵素で、とくに過度の飲酒によるアルコール性肝障害で値が上昇します。

γ-GTPはタンパク質を分解し、肝臓の解毒作用に関与する酵素の一つで、肝臓の機能を評価できるだけでなく、胆管や胆のうなどの病気の有無も推測できる検査項目です。

γ-GTPはアルコールに敏感に反応し、肝障害を起こしていなくても、普段からよくお酒を飲む人では数値が上昇します。

アルコールを飲まれる方は,当然気にする数値ですよね。

ある日,とんでもないことが起きます。

恵の世話に追われる千映に対し,宇太郎は相変わらず毎晩のように外でお酒を飲んでいて協力しないんですね。

仕事で辛いことがあったり,仕事の付き合いがあったりするのはわかるんですけどね。

そしてとうとう警察から連絡が入るのです。駆けつけるとそこには泥酔した宇太郎がいました。泥酔しかも泥まみれ,葉っぱまみれ,手には擦り傷をつけて。

高校時代に千映が編んであげたマフラー,家のカギ,クレジットカードが入った財布まで失くしてしまったのです。

完全にキレた千映は,玄関で泥酔して寝ている宇太郎に怒りをぶつけます。千映怒るそして必要最小限,生活に必要なものだけをスーツケースに入れて,恵と一緒に秋代の家へ向かいます。家出ですね。

秋代自身にも夫がいましたが,若い女性と交際しているのか,ほとんど自宅に帰ってきていませんでした。

何となく,秋代は冷めきっているようでした。電話帳の夫の名前も「塵(ちり)」に変えていたくらいですから。

塵って。。。まさにゴミ扱いですね。。。怖いですね。。。

秋代は意外なことを話し出します。宇太郎が千映の父親に挨拶に行った時のことです。

スーツを着て「結婚したいということをしっかり伝えたい」と言った宇太郎のことを秋代は覚えていたのです。

確かに泥酔することはあっても,絶対に弁解することはない。ただただ平謝り。宇太郎謝る千映は自分の父親と比較しているようにも思えました。千映の父親のことは後で書くとして。。。

「あいつ本当にいいやつだよ」

秋代は何とか千映が宇太郎を許すように説得しているようです。

そして千映は自分が思っていること,宇太郎にどうしてほしいかをしっかり伝えます。

それをちゃんと聞く耳を持つ宇太郎は,やはりいいやつなのかもしれません。

ある日,また夜遅く帰ってきた宇太郎。千映に謝って寝室へ向かいます。

その時,娘の恵が「ぱ,ぱ」と話したのです。千映の娘早く宇太郎に教えてあげたい気持ちもありましたが,楽しみは明日にとっておこうと思う千映でした。

千映の父と母の視点

千映の母親の視点。千映の母は,夫つまり千映の父親とは屋台で知り合いました。

「きくらげ,大根,すじ,ごぼてん」その声がいい声だと思ったのがきっかけでした。おでんの屋台彼は夜警の仕事をしていました。そして時々あって,一緒に呑むようになります。

彼は焼酎のお湯割りを呑んでいて,最初は匂いが苦手だったようですが,徐々に彼女も呑めるようになりました。

そして二人は付き合うようになります。そんなある日,彼女は彼に重大な告白をします。

「赤ちゃんができました」

彼は最初は信じませんでした。かつて薬学部の元カノに「あなたは子供ができる体質ではない」と言われていたからです。

どうやらそれは間違いだったようで,赤ちゃんができたのは本当のようです。

それが千映だったわけです。そして実際に生まれた千映を見て,彼はこう思うのです。「俺と似とる」と。千映千映も徐々に大きくなってきました。未だにアルバイトで生活している千映の両親。

父親の義理母からも定職に就いて生活を安定させることを勧めますが,なかなかその方向に足が向きません。

ただ,千映の母親は二人でアルバイトでもいいから,この生活が幸せであると感じているようでした。

そんな生活に異変を与えたのが,義理母が持ってきた就職面接試験でした。

千映の父親は面接を受ける気持ちになっていました。

その話をしながら,夫婦喧嘩が始まるのです。千映に対する接し方で。夫婦ケンカ母親は,夫が「千映を小突いたりする」のが気に入らなかったようです。

「なかよし,して」と大きな声で叫ぶ千映。

二人はプッと笑い出します。母親はやはり今の生活で満足しているようでした。

そして,話は千映が成長し,父親の視点に変わります。

父親はよく呑むようになっていました。千映が小さい時からすると大違いです。

千映の部屋に父親が入り込みます。そして千映が思い切ってこんなことを言うのです。

言葉には言葉で返してほしい。殴ったり蹴ったりしないでほしい。

わたしはお父さんに,力ではかなわないから卑怯だと思う。

一体,あれから千映に何があったのでしょうか。父親はなぜ暴力を振るうようになってしまったのか。おやこケンカ千映が2, 3歳くらいの小さい頃は川沿いを一緒に歩いたり,とても仲が良かったはずなのに。

千映が高校生になり,父親が千映に対して強く当たるようになってきてました。

最初は受け身だった千映も,徐々に父親に言い返すようになります。

その代わりに飛んでくる拳。酒を呑むたびに口が悪くなるのも父親の良くないところ。アルコール中毒の父でも,恋人の宇太郎を連れてくるとガラっと変わるんですよね。

「~して申し訳ない」とか「~して失礼した」など,家族以外の人に対してはとても謙虚に映ります。

元々頭脳明晰で,優秀な高校を卒業している父親なんですよね。しかし,酒が入るとおかしくなるみたいです。

かつて,牛乳をこぼした罰として洗面器で牛乳を飲ませたり,部活の合宿所に電話してきて部屋が汚いから帰って来いって怒鳴ることもあったようです。

それを酒の入った父親は忘れてしまうみたい。そんな父親に千映はとうとうキレるのです。

「もういい! 話しても無駄!」と。千映怒るそんなやりとりをした後に,ふと父親は考えるのです。

わかっている。俺がいない方がこの家族はうまくいく。笑って暮らせる。きっと幸せだろう。

でも今更どこへ行けというのか。死ぬのは怖い。死ぬくらいなら呑む。死ぬ勇気がないから呑む。

しらふではこの世界を生きていけない。

ただ気になるのは,千映の父親は幻覚のようなものを見ているようです。酒が入った時,昔,仲が良かった頃の千映の姿を見るのです。父親ところが,少しずつ,千映の父はおかしくなり,ある日突然倒れてしまうのでした。

その時も父親は,千映が自分の背中によじ登ってくるシーンを思い出すのです。

「とうちゃん,すごい! とうちゃん,大好き!」

幻覚なのか,今では絶対に聞くことがなくなった千映のせりふが頭の中に甦るのでした。

千映は父をゆるせるのか

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「お父さん,アルコール依存症っていう病気かもしれない」

千映の母から打ち明けられます。

父親は一度は断酒を決意します。「平成〇年十月二十八日,断酒します」と書き,署名と拇印までしました。断酒宣言しかし変わりませんでした。これがアルコール依存症の怖さなんですね。自分ひとりの気持ちや力ではどうにもならない。

そしてとうとう病院に入院することになります。依存症の治療を行う千映の父親。

アルコール治療を専門とするクリニックに,千映は宇太郎と,二人の娘である恵を連れてお見舞いに行くことにします。クリニック父親はすでに歩き方もおかしい、髪の毛はボサボサ,不精ひげも伸び放題、そしてボロボロに抜け落ちた歯。

それでも千映の娘の恵から「じいちゃん」と呼びかけられると嬉しそうに笑うんですね。

かつて千映に暴力を振るっていた頃からは信じられない姿です。

入退院を繰り返す中,宇太郎と千映の結婚式が行われることになります。そこに父親も出席することになります。千映の父母不安な中,無事に式は終えますが,依存症はなくならない。

挙句の果てには結婚式のご祝儀を使い込んでしまうのです。怒り心頭の千映ですが,母親は言うのです。

『お父さんをゆるしてあげて。お父さんは人を傷つけて,自分も傷つける人だから』

父親に対する妻の気持ちと娘の気持ちは全く違うんですね。

千映の祖母,つまり父親の母に「暴力を振るわれた」ことを告白しても,祖母は父親を庇うのです。

千映にとってはもう限界でした。宇太郎は別にしても,父親の周りの人間はみんな千映の気持ちに寄り添ってくれない。我慢の限界の千映そして,千映はとうとう「父を手放す」決意をするのでした。酒を呑もうがどうしようが関係ないと。。。

そう言いながらも,千映は年に一度は恵を連れて父親に会いに行っています。恵が3歳,4歳,5歳の時。父親は孫である恵に本当に甘い。

ところがある日,父親は亡くなってしまいます。祖母がユニットバスに倒れている父親を発見したのです。

あまりにもあっけなく終わってしまった父親の人生。いや,壮絶な人生だったのかもしれないですね。それは千映にとっても。ユニットバス父親が亡くなり,一人だけ涙を流していた人物がいました。それは千映の娘である恵でした。

やはり恵にとっては千映の壮絶な人生,父親の壮絶な人生などわからないですもんね。

遺品の中には入院先の病院で作ったノートが落ちていました。

その表紙には恵の写真が貼り付けてありました。中には「断酒して普通に孫と会いたい」と書かれてもいました。

喪中はがきの注文を済ませにスーパーに行った帰りに、宇太郎は入り口の手前に立っているザクロの木を指さします。

「宇太郎君,あれが何の木か知ってるか」ザクロの木宇太郎は父親から,夏の始まりにオレンジ色の花を咲かせること、実は硬くて酸っぱいこと。

このことを宇太郎に教えてくれたのは千映の父で、高校生になったふたりが付き合い始めた頃のことでした。

ザクロの木から落ちて空へと高く舞い上がる1枚の葉っぱを追いかける恵の姿。

その姿を千映の父親も見たかったのではないでしょうか。

そして千映と宇太郎は父親を思い出しながら,そんな恵の姿を見守っているのでした。

一人の人間の人生。それはその人にしかわからないこともあるし,周囲の人によって見方も変わるのだなって思います。

僕自身にはかつて,あまり仲が良くない祖母がいました。毎日のように言い合いしてました。

なぜここまで僕自身が悪く言われなければならないのか。何をするにも小言を言われてました。

でも両親には言わなかった。そして,伯父や伯母にも言わなかった。誰も僕の味方はいませんでした。

いや,言わなかったけど知っていたとは思います。

だからある日,母親に言われました。「おばあちゃんは,あんたのお父さんの母親なんだよ」と。注意する母親だから千映の気持ちがよくわかります。その人にしかわからないことも,血のつながりなどは関係ない。

自分がされたことだけが記憶として永遠に残るのです。

そんな祖母が亡くなって約30年近く経ちます。

今は祖母の神棚に手を合わせられるようになりました。僕自身が祖母を「ゆるした」ということなのかなって思います。

ゆるすって,本当に難しいことだと思います。年齢を重ね,多くの経験を積むことで「わかること」もあるのかな。

最後に作者である一木けい先生の言葉を引用します。

私自身が味わったことのある感情ばかり書いていますので、リアルといえばそうなのかもしれません。

ですが、エピソードについては、体験したことをそのまま書いたらつじつまが合わず支離滅裂なことばかりになり「こんなの、ありえない!」となってしまいます(笑)。

事実、アルコール依存症のことを書いたときに「今の日本にこんな人、本当にいるの?」というご感想をいただいて、驚かされたことも。

小説を書く前に、私自身は父のことについては穏やかな気持ちになっていましたが、改めて、自分はずいぶんなところで生きてきたんだ、と思って。。。

-本が好きサイトより-

本書はアルコール依存症の話でしたけど、良くも悪くも過去の記憶への依存の話でもあったように思います。

いい時を知っているから簡単には見捨てられない。しかし逆にゆるせない人間もいる。

一人の人物に対して,人によって見方も変わるし,簡単には割り切れない「情」があったりする。

今回,本作品を読んで本当によかったです。

「ゆるす」ということを考えさせられる,大切な一冊になりました。

この作品で考えさせられたこと

● 依存症は,人間関係を崩すことがあるということ

● 人に対する思いというのは,人それぞれであるということ

● 「ゆるす」ということの難しさ

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