本作品のポイントの一つに「医療ミス」があります。
これまで読んだ作品の中にも,医療ミスをテーマにした作品が数多くありました。
医療ミスで思い出すのがハインリッヒの法則です。
<ハインリッヒの法則>
1件の死亡事故などの重大な医療事故の陰には29件の軽い事故,さらにその背後には300件のミスが存在する可能性がある
つまり,世間に事件として公になるものは「氷山の一角」であるということですね。
今回は「心臓外科手術」ということで,命に直結する手術を行う病院側と,自分の父も医療ミスで亡くなったのではないかと疑う氷室夕紀とのギクシャクした関係が出てきます。
2011年にドラマ化されている作品。主人公の氷室夕紀役を石原さとみさんが演じられています。
東野圭吾先生が医療の小説を描くのは他に聞いたことがないですが,僕自身が読んだ東野圭吾先生の作品の中でもかなり深いと感じた作品です。
本作品を読めば感動必至です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 上司を疑う夕紀
3.2 病院に送られた脅迫状
3.3 使命とは何か
4. この作品で学べたこと
● 主人公の父親は医療ミスでなくなったのかどうかを知りたい
● 使命とは何かを考えてみたい
● 自分にとっての使命が何かを考えてみたい
あの日なくしたものを取り戻すため私は命を賭ける――。心臓外科医を目指す夕紀は、誰にも言えないある目的を胸に秘めていた。それを果たすべき日、手術室を前代未聞の危機が襲う。大傑作長編サスペンス。
-Booksデータベースより-
氷室夕紀・・主人公。帝都大学病院に勤務する
直井穣治・・・加賀の部下で,加賀の従弟でもある
真瀬望・・・・帝都大学病院の看護師
島原総一郎・・大手自動車メーカーの社長。帝都大学に入院
氷室健介・・・夕紀の父で元刑事。母親とは離婚している
氷室百合恵・・夕紀の母で,医師の西園と再婚を考えいている
西園陽平・・・帝都大学病院の教授。氷室健介の担当医
七尾行成・・・警視庁の刑事。氷室健介の元部下
1⃣ 上司を疑う夕紀
2⃣ 病院に送られた脅迫状
3⃣ 使命とは何か
帝都大学病院の心臓血管外科の研修医としてで勤務している氷室夕紀。彼女が医師を志したのは,中学生の時,父親である氷室健介を手術で亡くしたことがきっかけでした。
「大動脈瘤」で入院した父親。手術を担当したのは,帝都大学病院の教授で,夕紀の指導医でもある西園でした。この手術はかなり難しい手術だったようです。大動脈瘤は動脈硬化などが原因で血流がうまくいかず,「瘤」のような形になってしまうというものらしいです。
しかし,夕紀は自分の上司である西園を疑います。
どういうわけか,西園と,夕紀の母親である百合恵が親しい関係にあったからです。
しかも,母親は「西園と再婚しようと考えている」ようなのです。
つまり,西園は夕紀の母親と結ばれるために、わざと手術を失敗させたのではないか。
確かに,状況的には西園教授を疑ってしまいますよね。不信感いっぱいの夕紀。時系列的にどっちが先なのかというのがポイントですよね。親しい関係になったのが手術の前なのか後なのか。
夕紀は西園に聞くのです。「医療ミスがあったのではないか」
それに対して,西園は否定します。一体,どっちなんでしょう。
話は変わって,直井穣治という男が登場します。彼は恋人であった女性が亡くなったその復讐に,アリマ自動車社長である島原総一郎に恨みを持っているのです。
島原は帝都大学病院に入院していました。やはり「大動脈瘤」が原因のようです。
どうやら穣治は島原の命を狙っているようなんですね。何があったのか。。。
穣治は,帝都大学病院の看護師に近づき,島原の手術日の情報を入手します。
ん~,なにやら悪い事件が起きそうな予感です。
ある日,病院に「脅迫状」を夕紀が発見します。「医療ミスを起こしたにもかかわらず公表していない。公表して謝罪しなければ,病院を破壊する」
果たして,本当に医療ミスが起こっていて,病院側はそれを隠蔽しているのか。
先に書いた二つの手術に関係することなのか。
夕紀が発見した脅迫状。病院側に相談し,水面下で警察の捜査が行われることになりました。
病院側は隠している感じではないんですよね。心当たりのない脅迫状。
火のない所に煙は立たないと言うくらいですから,ひょっとしたら何か病院側は本当に知らないか,あるいは実際に隠蔽を行っていたのかというのがポイントとなりそうです。
夕紀の不信感はさらに増したように思います。やはり父親に手術は医療ミスだったのではないかと。
この事件を捜査しているのは七尾という警視庁の刑事です。
実は七尾は,夕紀の父親であった氷室健介の元部下だったのです。夕紀の父はかつて刑事だったんですね。夕紀はこの辺りから七尾と親しくなってきているようでした。
七尾は健介との思い出話を話します。
「人間には,その人にしか果たせない使命を持っている」
健介の言葉です。何か深い言葉ですよね。自分にも使命があるのかと考えさせられます。
ただ,健介は警察を辞職していました。それは過去の事件が原因です。
健介はかつて,捜査の中で万引きした中学生に出くわしたことがありました。バイクに乗って逃走する中学生をパトカーで追跡する健介。
しかしここで思ってもないことが起こってしまいます。バイクで逃走した中学生のがトラックに衝突して亡くなるのです。「警察が,その職務を行うについて,故意又は過失によって、違法に他人に損害を加えた場合」に限り,警察に責任があるということです。
しかし,たとえ違法であろうとも、遺族側からはかなりの批判があったのだと思います。
どちらに責任があるのかを明確にするのはとても難しいことなのではないでしょうか。
何か「医療ミス」にも似ている部分があるような気がしますね。
しかし,健介はこれがきっかけで警察を辞めてしまいました。
それでも健介は自分のしたことは間違ってなかったと考えていたようです。いわゆる「使命」ということでしょうか。
深くは知らなかった父親の真の姿を知り,感慨深げな夕紀が印象的でした。
そしてとうとう二度目の「脅迫状」が出てきます。一度目の脅迫状が公になっていないことに犯人は業を煮やしたのでしょう。
見つけたのは患者でした。これで病院側は隠蔽することはできなくなり,病院内だけでなく世間にもバッシングが広がります。
会見を開く帝都病院側。「医療ミスはなかった」と。でも患者からすると,医療ミスというのは恐ろしいですよね。患者だけでなく,預けている患者の親族も転院を考えだします。
どんな業界でもそうですが,一つのミスがその組織の死活問題にまで発展するわけです。
それが命に直結する心臓外科であればなおさらのことです。
ここから話は大きく動き出します。夕紀にとって,脅迫状の犯人にとって衝撃的な事実が明らかになってくるのです。
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夕紀は,中学生だった西園の息子が,バイクの運転中にトラックと接触し亡くなってしまったことを知ります。
そうなんです。あの夕紀の父・健介が追跡した際に起きてしまった事故のことだったのです。
これでさらに夕紀は不信感いっぱいだったでしょう。やはり父親が亡くなった手術は,西園が絡んでいるのではないか。西園の復讐なのではないか。
もう一つの復讐。つまり脅迫状を出した人間。それは直井穣治でした。
なぜアリマ自動車社長を狙っているのか。
直井には恋人がいたことは先に書いた通りですが,実はそこにアリマ自動車の車が絡んでいました。
車って電子制御されていますから,このコンピュータに異常があれば,最悪暴走する可能性もあるわけです。それが問題になった時期がありました。
かつて,アメリカで○○○自動車の車が暴走し、社長がアメリカの法廷に立つという事態になったことがありましたね。
直井の恋人は救急車で搬送されていました。しかし,思いもよらぬことが起こっていました。アリマ自動車製の車が動作不良を起こし,停止してしまったのです。
そこで道路は大渋滞。救急搬送中の救急車もなかなか進めない状況となってしまいます。
結局,搬送された患者は亡くなってしまったのです。その患者こそが穣治の恋人だったというわけです。
そしてアリマ自動車社長の島原の手術当日,病院の電源施設が破壊されてしまいます。
病院にはこういう事態の際には必ず「自家発電設備」が稼働するんですが,その装置も異常となってしまいました。手術をするための電源が供給できない状況に陥る帝都病院。
しかし西園は手術を全うしようとしていました。
逃げ出さず,自分の職務,いや「使命」を全うしようとする西園の姿に,夕紀は何か思うところがあった。
テレビ,ラジオで、犯人である直井への説得を試みます。
そして良心の呵責を感じた直井は,電源装置を正常に戻すのです。
手術は無事終了し,直井の復讐も終わりを迎えました。
夕紀には先入観がありました。父親は手術失敗という復讐を受けたのではないか。
母親の百合恵は気づいていました。
夕紀自身が,父親・健介は西園に復讐されたのではないかと疑っていることを。西園が健介の術担当医になった瞬間に,疑われるだろうと思ったのではないかと思います。
西園は健介を助けようと全力を尽くしました。でも救えなったのです。
最初は「医療ミス」の話なのかなと思いながら読んでいましたが、実際にはタイトルにもあるように「使命」という言葉がしっくりとくる作品でした。
穣治の殺意も同情すべきところはあるが,入院している他の患者にも影響があるのはどうかと思いました。
それ以前に,復讐のために人を殺めてはいけない。
今回は,医者としての使命,また犯人を追う刑事の使命,みんな必死でその使命を全うしようとする姿に本当に感動しました。
「誰もが使命を持って生きている」重要な任務を限界まで達成しようとすること。
自分の「使命」を達成しようとする健介,西園の二人の行動に魅かれました。
そんな言葉を反芻しながら、自分の使命ってなんだろう、って考えさせられるような話でした。
ドキドキ,ハラハラする,そして感動を読者に与えてくれる,良い作品でした。
● 「使命と魂のリミット」の意味を理解できた
● 僕自身の使命ってなんだろう? と考えさせられました