下町ロケットシリーズの第3弾です。
佃恭平率いる佃製作所は,持ち前の技術力を生かしてこれまでロケットエンジン部品の製造,そこで利用されたバルブを改良した心臓の人工弁の製造などを製作してきました。
前作の「下町ロケット」そして「下町ロケット ガウディ計画」を読めば,彼らのすごさがわかります。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 ライバル対決
3.2 技術ライセンスの壁
3.3 誰のための技術か
4. この作品で学べたこと
● 本作品の佃製作所にどんな問題が起こるのかを知りたい
● 技術ライセンスの重要性について学びたい
● 技術を誰のために使うのかを学びたい
ふりかかる幾多の困難や倒産の危機。佃航平率いる下町の中小企業・佃製作所は、仕事への熱い情熱と優れた技術力を武器に、それらを乗り越えてきた。しかし、佃製作所の前にかつてない壁が立ちはだかる。同社技術力の象徴ともいえる大型ロケットエンジン部品の発注元、帝国重工の思わぬ業績不振。さらに佃の右腕にして、信頼を置く番頭・殿村に訪れた転機――。絶体絶命のピンチに、追い詰められた佃が打開策として打ち出したのは、新規事業であった。新たな難問、天才技術者の登場、蘇る過去と裏切り。果たして佃製作所は創設以来の危機を克服することができるのか。若き技術者たちの不屈の闘志と矜恃が胸をうつ、大人気シリーズ第三弾!
-Booksデータベースより-
佃航平・・・主人公。佃製作所社長
伊丹大・・・ギアゴースト社長。帝国重工の元社員
島津裕・・・ギアゴーストのエンジニア。帝国重工の元社員
神谷修一・・佃製作所の顧問弁護士
財前道生・・帝国重工宇宙航空部 開発担当部長
中川京一・・ケーマシナリーの顧問弁護士
この作品のサブタイトルにもなっている「ギアゴースト」という企業は,トランスミッションの設計を担当しています。
「ファブレス」という形態で,自社に工場は持たずに製造を他の下請けにまかせるというスタンスをとっている企業でした。
その製造部分を佃製作所が受注できるよう,佃航平は乗り出すのです。
1⃣ 佃製作所ライバル対決
2⃣ 技術ライセンスの壁
3⃣ 誰のための技術か
佃製作所は,帝国重工のロケット事業「スターダスト計画」がなくなるということで大打撃を受けます。
大企業の方針に翻弄され,佃ともこれまで同士として親交を深めてきた帝国重工の財前も追い詰められるのです。
佃製作所にとって,帝国重工プロジェクトに参入することは大きな資金源だったわけですね。
佃製作所も新しい事業を模索しなければならないという事態になります。
そこで出てきたのが,農業用のトラクターの「トランスミッション」の製造です。
懇意にしてきた企業「ヤマタニ」からその事業に参加できないかと打診しようとした時に,話に出てきた企業が「ギアゴースト」です。
この企業はかつて帝国重工に在籍した伊丹が,技術者の島津という女性とともに興した企業でした。
佃製作所はギアゴーストからバルブ製造を受注するために開発チームを発足します。
しかし,ギアゴーストは佃製作所以外にこれまで製造を委託していた企業がありました。
「大森バルブ」という企業です。同じように「バルブ」を製造する企業。
佃製作所 vs 大森バルブというライバル対決となります。
大森バルブとしてはこれまでギアゴーストとは懇意にしてきた経緯もあるから余裕があります。
佃製作所はどうすれば大森バルブに勝てるのか。
両社は高い技術力を生かした高性能のバルブを製造しようとします。
しかしここで佃製作所の開発チームは疑問に陥ります。
果たして「性能がよければそれでいいのか?」と。普段,買い物や近場への移動しかしない軽自動車に,スーパーカー並みの高性能のエンジンは必要ないですもんね。
農業用のトラクターのトランスミッションに果たして高性能な部品が必要なのか。
発注側から要求されている最低限の要件を満たし,さらに耐久性のあるものを作ることができれば十分であるということです。
原点に帰ることができたのも佃製作所の強さでした。
実際にギアゴースト側は大森バルブではなく,佃製作所のバルブを採用したのです。
ギアゴーストが設計したトランスミッションは「アイチモータース」という自動車企業に採用されていました。モデルはトヨタでしょうか。
ここで技術ライセンス問題が発生します。やはりこの作品でも「特許」の話が出てきました。
ギアゴーストが製作したトランスミッションの技術は,かつて「ケーマシーナリー」という企業が特許を申請し採用されていたのです。
ギアゴーストの顧問弁護士の末長と,ケーマシーナリーの弁護士である中川との話し合いで,特許侵害による支払いが「15億」であるという結論となります。
この数字を聞いただけでも,いかに技術が重要かというのがわかりますね。
特許というのは確かに早い者勝ちというイメージがあります。
かつて電話を発明した「グラハム・ベル」が特許申請した2時間後に「イライシャ・グレイ」が申請しようとしたが,歴史に名を残したのはベルであったように。
しかし,逆にライセンス縛りをせず,技術の発展に寄与するという目的で使用料もとらないという研究者もいます。
例えばiPS細胞を開発した山中伸弥教授は,アメリカより早くライセンスを取得し,少額での技術使用につなげたいという話も,稲盛和夫さんとの対談で聞いたことがあります。
アメリカに特許を取られればそれがビジネスとなって多額のライセンス料をとられるというのです。
そこには「利己的」か「利他的」かという大きな違いがあるのです。
順調だと思われたギアゴーストと佃製作所でしたが,残念ながらこのライセンス問題という高い壁に阻まれ,これまでの努力が水の泡になろうとしていました。
あっさりと15億の賠償金を支払い,さらに今後の使用料を支払っていかなければならないのか。
それではコストは格段に上がり,さらにギアゴーストの評判も下がってしまうという状態に陥ってしまうのです。
そしてギアゴースト社長の伊丹は,身売りの選択を考えるようになるのです。
ギアゴーストは身売り先を考えていました。
15億もの巨額を出資してくれる企業。そこに佃恭平は立ち上がります。
かつて特許戦争で巨額の和解金を勝ち取った優良企業である佃製作所に,伊丹と島津は頼み込むわけです。
佃は,自社の顧問弁護士である神谷に相談するのです。
そこで神谷は「クロスライセンス」の提案をします。
つまり,今回問題になっているライセンスに対し,逆にギアゴースト側の特許を生かしてるものがないかを調査するというのです。
なるほど,もしケーマシーナリー側に特許侵害の案件があれば対等になるというわけですね。
佃製作所とギアゴーストは,ケーマシーナリーのトランスミッションの「リバースエンジニアリング」,つまり完成物から設計内容を見直すことにとりかかり,特許侵害の部分がないかを調査し始めます。
ところがこの調査中に,神谷が気になることを話し出します。
それは,島津が作成した設計書が盗み出された可能性がないかということです。
実はこのライセンス戦争には裏がありました。
ギアゴーストとケーマシーナリーの顧問弁護士の二人は,グルだったのです。
ギアゴーストの顧問弁護士である末長が設計図を盗み出し,ケーマシーナリー側に渡していました。開発した一週間後にケーマシーナリー側が特許を申請していたのです。
では,島津はなぜ特許を申請してなかったのでしょう。
それはその特許がこれまでの技術の応用だと思ったかららしいのです。
その後,関係はないと言っていたはずの末長と中川ですが,週刊誌にまで密会が暴露され,さらに盗聴され録音された会話に特許の不正取引を匂わすものが出てきたから万事休す。
裁判でも特許無効という判断が下され,ギアゴースト側は勝利するのです。
研究者が必死の思いで開発した技術を,自分の私利私欲のために簡単に外部に情報を流してしまうこと。これは技術者にとっては致命的なのだろうと思います。
開発された技術をライセンス使用料なしで多くの人々に使用してもらいたいという善意の人間もいれば,ライセンスを使って多額の使用料を取ろうとする人間もいます。
それは一つの権利であって不正ではないため,確かに法は侵してはいないです。
しかし,人に嘘をつき,さらに人だけでなく,企業を貶めようとする人間もいるのはとても残念ですね。
どの業界でもそうだと思いますが,企業再編というのが当たり前の世の中になりました。
自分たちにない技術を取り入れようと,比較的小さな技術力のある企業を買収したり,ライバルだった企業との提携が行われています。
企業が生き残るために経営者は必死なのだと思うし,それを考えると明日は我が身なのかなとも思ったりもします。
新しいことにチャレンジしなければ企業は衰退していくだろうし,ぬるま湯に浸かってしまっていればなおさらそこから抜け出せない。
それは零細企業だけの問題ではなく,大企業でも同じことが起こっているのだと思います。
企業同士の技術戦争をテーマにしたこの作品は,製造業界だけでなく,どの業界にも危機感を与えてくれる作品です。
「誰のための技術なのか」
その技術の向こう側に喜んでいる人が見えるのかどうか。
毎回「初心に帰ること」を考えさせられるのがこの「下町ロケット」という作品です。
● ライバル企業があるからこそ,技術革新につながっている
● 世の中には,技術を独占しようとする者もいれば,多くの人に使ってもらおうとする者もいる
● 誰のための製品・技術・サービスか。利己的ではなく,常に利他的でありたい
最後に,この作品の途中で,ギアゴーストの伊丹は,佃製作所とのつながりを断ちます。
その理由は「ダイタロス」という企業の重田とタッグを組むことにしたからです。
ここまでギアゴーストを救おうとしてきた佃は裏切られた形になります。
この対立が次作「下町ロケット ヤタガラス」につながっていくのです。