「老後の資金がありません」などの作品でも有名な垣田美雨先生の作品です。
人は年齢を重ねていくと,ある時期にふと「自分の老後はどうなるんだろう?」って考えるようになるのだなと思います。
10代や20代には全くと言っていいほど老後について考えたこともなく,ただただ無邪気に,自分の思うがままに生活していたあの頃。
1989年に消費税が導入されるという法案が可決した時も「小銭が増えたなぁ」と呑気に構えていただけで,なぜこの法案が必要なのかということは考えませんでした。
「少子高齢化社会」という言葉をよく耳にするようになり,少しずつ何かが迫ってきているのを感じた覚えがあります。
もし将来「70歳になったら,あなたは死にます」なんてことになったら。そんな法案が通ることすら考えたことすらないわけです。ただ、実際に自分が70歳まで生きてるかどうかもわからない。明日生きているかすらもわからないわけです。
本作品は,そんな法案が可決され,ある家族がどのような行動を起こしていくのかということがポイントとなっています。
自分の将来を考えさせられる良作だと思うので,是非読んでみてください!
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 必死に介護する人物
3.2 介護を放り出した主人公
3.3 本作品の考察
4. この作品で学べたこと
● 七十歳死亡法案とはどういうものなのか知りたい
● 自宅で介護をするということの大変さを知りたい
● バラバラになった一家の行く末を知りたい
高齢者が国民の三割を超え、破綻寸前の日本政府は「七十歳死亡法案」を強行採決。施行まで二年、宝田東洋子は喜びを嚙み締めていた。我儘放題の義母の介護に追われた十五年間。能天気な夫、引きこもりの息子、無関心な娘とみな勝手ばかり。やっとお義母さんが死んでくれる。東洋子の心に黒いさざ波が立ち始めて……。すぐそこに迫る現実を描く衝撃作!
-Booksデータベースより-
宝田東洋子・・毎日,義理母の介護で疲弊している女性
宝田静夫・・・東洋子の夫。自由奔放で,親の介護もしない
宝田菊乃・・・静夫の母親で東洋子の義理母。東洋子が介護する
宝田桃佳・・・東洋子の娘。老人施設のヘルパー
宝田正樹・・・頭はいいが,引きこもりになっている
宝田正樹・・・頭はいいが,引きこもりになっている
峰千鶴・・・正樹のかつての同級生。リフォームミネを経営
沢田登・・・正樹のかつての同級生。
1⃣ 必死に介護する人物
2⃣ 介護を放り出した主人公
3⃣ 本作品の考察
七十歳死亡法案が可決された。
これにより日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から30日以内に死ななければならなくなった。
-本文より-
こんな文章で始まる本作品。法案を作っただけでなく,これが国会で可決されたということなのです。高齢の国会議員が多い国会で,よくこの法案を可決できたな,とも思ったりしたのですが,そこは物語だから可能なのでしょう。
それにしても,70歳という年齢はやはり若者世代が支えることができる年金制度の限界点なのでしょうか。僕自身の両親はとっくにこの年齢を過ぎているので,ちょっと恐ろしいですね。つまり、強制的に「安楽死」を選ばせられるわけです。
もちろん日本では認められていません。世界では認めている国があり,先日は安楽死のためにスイスに渡り,実行したというニュースを目にしました。
不治の病,厳しい治療などに精神的に苦しみ,楽になりたいと考える人も多いのだと思います。
この法案の可決の舞台で,一つの家族にスポットがあたります。それが宝田家でした。宝田東洋子(とよこ)は,自分の夫の母親,つまり義理母の介護をしていました。「東洋子さぁ~ん」と何かあれば呼ばれるわけです。それは義理母に食事を与えたり,さらには履いているオムツを替えたりするのです。
介護の専門家でもない,さらには血の繋がっていない義理母のために,東洋子は尽くすのです。夫は仕事で海外にいて介護を手伝ってもくれない。
さらに東洋子には引きこもりの正樹という息子もいました。かつては大東亜銀行という大手に勤務するも,辞めてしまいました。仕事を探せばいいのですが,彼には有名な大学を卒業したという自負というかプライドがあるようで,なかなか足が向かないのです。
娘の桃佳はすでに介護職の仕事で家にはいないし,全てを東洋子が支えているわけです。
介護をしつつ,義理母からはチクチクと嫌味も言われながら何とか耐えている感じの東洋子。義理母は84歳。法律の施行は2年後なので「あと2年の我慢」だと考えているのです。そう考えれば少しは元気が出るわけです。
引きこもっている正樹は,沢田という同級生のブログを読むのが日課となっていました。「課内全員で俺を無視することが流行っているらしい」沢田は周りに無視されながらも毎日仕事をしている。
社会人として逞しさを持っている沢田に,正樹は素直に尊敬しているのです。それでも正樹は仕事を始める勇気がないんですね。味方になってくれるのは自分の母親だけ。毎日部屋のドアの前に食事を持ってきてくれ,義理母の介護もしなければならない自分の母親のことをどう見ているのか。
東洋子の娘である桃佳は,自宅から離れ,一人暮らしをしています。かつて東洋子から介護を手伝ってほしいという気持ちで,仕事を辞めてほしいと打ち明けられましたが,桃佳は祖母の介護などに耐えきれるわけはなく,あっさりと家を出て行ったのです。母親に対して何かしらの後ろめたさを感じる桃佳。
姉弟揃って母親の気持ちに応えてくれない。「親の心,子知らず」という言葉が聞こえてきそうです。東洋子は思うのです。「家族ってなんだろう」と。誰も自分の気持ちをわかってくれない。この状況はかなり辛いですよね。
義理母には,東洋子の夫である登以外にも,明美と清恵という二人の娘もいました。ある日,義理母は「財産分与について話がある」ということで明美と清恵を呼びます。明美に一千万円,清恵に二千万円,家は息子の静夫に分与するというのです。明美が一千万足りないのは,以前明美が家を建てるときに一千万あげたからのようです。ただ,この財産の話し合いには,あれだけ介護をしている東洋子は入れませんでした。
この義理母,本当に意地の悪い人物です。東洋子が「あと2年の辛抱」と考えていることまでお見通しのようです。夫が定年を迎えるということになりました。東洋子は夫が介護を手伝ってくれると思い込んでいましたが,どうやらそうではなさそうです。
何と夫は友人と世界旅行へ行くことにするというのです。それを止めればいいのに東洋子は「行ってもいいよ」と心にもないことを言ってしまう。どこまでお人よしなんだって感じですよね。夫も夫です。自分がやりたいことしか考えていない。どうやって充実した老後を過ごすかを考えるのはいいことだと思いますが,妻である東洋子のことを全く考えていないのです。
絶望感でいっぱいになる東洋子に,宮沢藍子という,かつての同級生が電話をかけてきます。久しぶりに気の合う同級生と話をしたことで東洋子は新鮮な気分になっていました。そしてしばらく実家に帰るという理由をつけて,藍子と会うことにします。
藍子はかつての東洋子のことを話し始めます。東洋子が学生時代の頃というのは,リーダー的存在で,行動力があって,半歩先を行く女性だと評価していたのです。自分で自分のことをどう評価するかは難しいですけど,人から見た自分への見方に心を動かされる東洋子でした。
そのことに触発されたのか,東洋子は思ってもない行動に出ます。何と,アパートの賃貸契約をするために藍子と不動産へ行くのです。えっ,つまり家出するってこと? これには本当に驚きました。逆に言えば,東洋子はそのくらい追い詰められていたということなのでしょう。逃げ出したくなる気持ち、痛いほどわかります。
そしてとうとう,東洋子は一人暮らしを始めるのでした。
一方,自宅には正樹がいます。もちろん義理母も。これからどうなるのか。正樹は母親の覚悟も知らず,相変わらず沢田のブログを見ていました。ところが最近の沢田のブログに異変を感じていました。「助けてくれ!」という言葉が目に入ります。
心配になった正樹は,同級生で当時沢田と親しかった峰千鶴という女性に連絡を取ります。彼女は「リフォーム・ミネ」という企業を立ち上げていました。千鶴と会うことになった正樹は,電気店に沢田がいることを確認します。沢田はやせ細っていて,正樹はそれがかつての沢田でないことに衝撃を受けます。彼らが沢田に声をかけた瞬間,沢田は「ごめん」と涙をボロボロと流すのでした。
家に帰った正樹は「とよこさぁーん」「東洋子,早く来い!」と叫んでいる祖母の声を耳にします。東洋子は家出しているわけですから呼んでもくるはずはないわけです。正樹は料理も作れませんが,見よう見まねで作ります。オムツなんて替えたことありませんでしたが,祖母にやれと言われ,渋々替えるのです。これには正樹に同情します。僕自身が同じことになったら,どうしていいかわからなくなりそうです。
そして早期退職した東洋子の夫の静夫は,自分が母親の介護をせずに旅行に来ていることを同行している友人に伝えます。これを聞いた友人は激怒。「早く帰れ!」と怒鳴ります。あっけに取られる静夫。静夫の姿を見ながら「男って,何て能天気で不甲斐ないんだろう」って考えさせられます。
そして自宅で祖母の介護をしている正樹も電話口で父親を怒鳴ります。
親父,いい加減にしてくれよ。おばあちゃんはあんたの親だろ。いい身分だよな。親の介護を孫に押し付けて自分は海外旅行かよ。母さんは出て行って何の連絡もしてこないしさ
この家族,一体どうなってしまうのか。
ここから先は実際に本作品を読んでほしいと思います。
もし「七十歳死亡法案」ができたとしたら,何を考えるだろうか。いろいろな見方があると思います。若者からすれば,なぜ自分たちが汗水垂らして働いた金が税金として年金に吸い取られてしまうのか。やっぱりそう考えてしまいますよね。
では,老人からすればどうでしょうか。高度成長期に必死に働き,今の日本を築き上げたという自負があるでしょうから,その人々を若者が支えるのは当然だという意見もあるでしょう。逆に,自分のかわいい子供,さらには孫の世代にその負担を課すことにある種の後ろめたさを感じる人もいるでしょう。
いつまでも長生きしたい,という人もいれば,そんなに長く生きたくないという人もいるのだろうと思います。
僕自身も,毎年体力の衰えを感じながら,そこまで長くは生きたくないなぁ,って思うこともありますし,逆に大好きな小説をいつまでも読んでいきたいと思うこともあります。人の考え方も立場や環境や健康状態で異なるでしょうし,千差万別,十人十色なんでしょうね。
本作品を読んで思ったのは,やはりこれからは今の若者が未来を創っていかなければならないということ。そしてその若者たちが何か夢を持って生きて行ってほしいということでしょうか。
以前、某都道府県の○○市長が都知事選に出馬し、多くの若者が投票しました。残念ながら都知事にはなれませんでしたが、この状況を見ながら,こういう若い世代が日本を変えて行ってほしいと願うのは僕だけでしょうか。
法律というものが,何かを縛るものというだけでなく,何かの希望になるものになることを考えさせられるのです。
● 一つの法案が,一家の絆を固めるものになった
● 法案とは何かを縛るためのものだけではないということ
● 何かをきっかけに「人は変われる」ということ