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【ヴィクトリアン・ホテル】下村 敦史|巧妙な先入観トリック

ヴィクトリアン・ホテル

ヴィクトリアンホテルという,100年という長い歴史を持つホテルが幕を下ろす日,思い出のある,思い入れのある人物たちが名残り惜しみながらやってくるというストーリーです。

最初は東野圭吾先生の「マスカレードホテル」のような話なのだろうかと思っていましたが,殺人事件は起きません。

ただ,作者の巧みな構成力に,最後の最後には「騙された!」と叫んでしまいました。この作品全てが巧妙に仕組まれたトリックだったのです。

これは,二度読み必至の作品かなと思います。もう一度「トリック」を頭の中に思い描きながら読んでみれば,きっと「なるほど」と思うこと間違いなしです。

最後の大どんでん返しを味わってみたい方には、是非オススメの一冊です!

こんな方にオススメ

● ホテル内で起こるミステリーに興味がある方

● 先入観に捉われてしまうストーリーを堪能したい方

作品概要

女優、スリ、夫婦、ベルマン……騙しているのは誰だ?
100年の歴史あるホテル、最後の一夜に一気読み&二度読み必至!

伝統ある超高級ホテル「ヴィクトリアン・ホテル」は明日、100年の歴史にいったん幕を下ろす。特別な一夜を過ごす女優、スリ、作家、宣伝マン、老夫婦、そしてベルマン。それぞれの思惑が交錯したとき運命の歯車が軋み始め――ラスト30ページに特大の衝撃と深い感動が待つ、エンターテインメントを極めた長編ホテルミステリー!
Booksデータベースより-



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主な登場人物

佐倉優美・・・女優業を休業し,ホテルへやってきた

三木本貴志・・佐倉の財布を盗み,ホテル内で豪遊する貧乏人

高見光彦・・・新人の文学賞を受賞し,ホテルで祝賀会を行う

森沢祐一郎・・広告代理店の営業マン。女優の卵を枕営業に誘い込む男

林志津子・・・登場する老夫婦の妻

本作品 3つのポイント

1⃣ ホテルの「最後」に訪れる人々

2⃣ 登場人物それぞれの話

3⃣ 作品に仕掛けられた壮大なトリック

ホテルの「最後」に訪れる人々

創業100年を誇る「ヴィクトリアン ホテル」。その歴史も終わりを迎えようとしていまいした。そこにはいろいろな思い出のある人物がやってきました。

そもそも「ヴィクトリアン」というのは何を意味するのでしょうか。

ヴィクトリアンとは

英国特有のスタイルであるヴィクトリアン様式とは、ハノーバー朝・ヴィクトリア女王(在位1837-1901)時代の建築・美術・工芸様式 のことです。

産業革命以降、世界の「工場」として大英帝国が飛躍的に繁栄した時代に、その栄華を世に示すがごとくこの様式は発展しました。華やかで装飾的なデザイン が特徴であるヴィクトリアン様式が発達した19世紀。

ヴィクトリア女王の治世時代のイギリスは、古代ローマ帝国以上に植民地を広げ、大英帝国として最も栄えた時期を迎えていました。

―雑貨とアンティークのお店 MALTOサイトより―

明治維新以降,日本が英国の文化などを取り入れ,飛躍的に近代化したという意味では,日本にも大きな影響を与えた時代と言っても過言ではないのでしょう。

そんな様式が随所に取り入れられたヴィクトリアンホテルに思い入れのある人々が集まるという話で,女優や窃盗犯,新人作家や老夫婦などがこのホテルに集まるのです。

登場人物それぞれの話

まず登場するのは,現在女優で,元女優の母親からも影響を受けた佐倉優美という人物です。佐倉優美というのは,母親が使っていた芸名でもあり,それを娘が受け継いだということみたいです。彼女は思い出のあるこのホテルが最後を迎えるということでやってきていました。

ただ,彼女は現在休業中らしいんですね。「優しさは呪いである」という言葉をずっと考えているようです。演じながらもいろいろと批判を受け,メンタル的にやられている感じです。

そんな悩みを抱きながら,このホテルにいればそんな喧噪も忘れてしまうといった様子。

ホテルマンの「岡野」という男性や,宿泊客である老婦人の姿が目に入ります。ホテルの最後を見届けようとやってきたのでしょうか。

その老夫婦,夫人の方は林志津子といいました。夫とともにホテルを訪れています。しかしこの夫婦,会社を経営しているようでしたが,倒産してしまったようです。

その原因になったのが,夫が信用していたある竹芝という男が金を借りていましたが,その連帯保証人になってしまったことです。この竹芝が逃げてしまって,一気に借金を背負ってしまったと。

どBうやら,このホテルでの宿泊で何かを成し遂げようとしているようです。イヤな予感がします。

ホテルでは文学小説の授賞式が行われていました。高見光彦は自分が描いた小説が認められ,新人賞を獲ったようです。みんなの前でスピーチをしなければならないということで緊張する高見。

ただ,悩みもありました。その小説の内容に賛否両論があったようです。

セクハラともとれる内容に批判する人間もいて,自分が受賞してもよいのだろうかと。でもどんな小説を描いても批判する人はするだろうし,人によって境遇や価値観も異なるわけだから,それはあまり気にしなくてもいいのでは,という慰めも受けます。

ここで,森沢祐一郎という人物が登場します。彼はホテル内の一室で,女性と過ごしていました。どうやら番組などのプロデューサーをやっているようで,いわゆる「枕営業」という状況のようです。

今,芸能界でもある人物がネットで叩かれて引退にまで追い込まれたという事件がありましたが,実際にあるんですね。

そんな彼の前に佐倉優美が現れます。森沢は彼女を一目見て虜になってしまい,ホテルの一室に誘います。悩みながらも佐倉は森沢の部屋へと向かうのです。

あ~,とうとう森沢の思い通りになってしまったのか,という思いと,佐倉もやはり女優としてまた一皮剥けたいという思いで割り切っているようでもありました。

その後,老夫婦が乗っていたエレベーターに森沢が乗り込みます。ところが突然エレベーターが停止してしまい,閉じ込められてしまいます。

というふうに,ホテル内ではいろいろなことが起こるのです。

ホテルにやってくる多くの人物たち。しかし読者は最後の最後にとんでもないことに気づかされるのです。

作品に仕掛けられた壮大なトリック

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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いろいろな登場人物が出てきて,途中から「あれ?」って疑問が湧いてきます。佐倉優美は大胆なところと,とても繊細なところを持ち合わせているし,老夫婦だって「本当に老人なの?」って思わせられるところがある。

さらにいろいろな女優の卵と寝ていた森沢が,実は本当はいい人間なのではないかという違和感など,何かちぐはぐさを感じるのです。この違和感は何なのか。

それは結論から言ってしまうと「時系列の違い」です。

時系列の順番に書くと,こういうことです。

① 森沢が女優の卵の「枕営業」に明け暮れていた時代
さらに,佐倉優美と寝たのは,冒頭の佐倉優美の母親であるということ

② 自殺を考えていた林夫妻と森沢がエレベーターに閉じ込められる。
そして森沢はこの二人を助ける。
高見光彦が小説の新人賞の受賞パーティーが行われる
佐倉優美(二代目)は女優として,世の中の批判に遭う

③ 佐倉優美(二代目)が森沢と,森沢自身の昔話(佐倉優美との話)を聞く。
林夫妻は10年ぶりに自分たちを助けてくれた森沢と会う
高見光彦は「三鷹コウ」という名前で活躍している。作品は阪神淡路大震災がテーマ

ひょっとすると①から③の間の話もあるかもしれませんが,おおかたこんな感じだろうと思います。

イヤなプロデューサーだなと思っていた人物は,時を超えて佐倉優美という「2人の女優」と会っていたなんて想像できませんでした。

あの老夫婦が森沢に感謝するシーンを見て,森沢も歳を重ねて人格も変わっていったのだなと。老夫婦を救ったのが森沢という違和感はここにあったんですね。

新人作家が,ある「偽物」作家からの会話で,今では売れっ子作家になってしまっているなんて,世の中,何がきっかけで変化するかわからないなと思いました。

本作品を読みながら,この壮大な「時間というトリック」を仕掛けられていたことが分かった時は驚きましたし,ある意味,感動しました。

誰かは誰かに影響されて成長するし,誰かに救われてこの世で生きていることができる。

若かりし時代の自分が,いろいろな人に影響を受けながら成長できたと思いますし,ひょっとしたら,自分も運よく生きているだけなのかもしれないなとも思いました。

今,生きていることに感謝の気持ちも湧いてきました。

この作品を読んだ人は,人によって感想は異なると思いますが,僕自身はとても前向きに捉えています。

人は心底悪い人間はいないし,何かをきっかけに変わることができるものだとも思いますし,人は誰かに多大な影響を与えているものだとも。

これからは誰かに影響を与えられる人間になりたいと思わせられる作品でした。

この作品で考えさせられたこと

● ストーリー全体に仕掛けられた「トリック」に圧倒された

● 今,生きていることに感謝し,これからも誰かに影響を与えられる人間になりたいです

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