くわがきあゆ先生の作品を初めて読みました。
「レモンと殺人鬼」というタイトルと,表紙の絵が何とも不気味で目に焼き付いてしまい,思わず購入してしまいました。レモンと殺人鬼という言葉があまりにも正反対な感じですよね。
表紙の絵は主人公なのかどうなのかは読了後もわかりませんでしたが,ストーリーには一気にハマってしまい,まさに一気読みでした。読んでいけば,レモンと殺人鬼という言葉の意味もわかってくると思います。
それにしても,終盤の展開は圧巻でした。こんなにどんでん返しが連続で襲ってくる作品って,初めて読んだかもしれないです。
先を想像するんだけど,全くの予測不能状態。途中,かなり混乱しました。
とにかく,一読の価値アリです。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 妹の汚名を晴らしたい姉
3.2 保険金受取人の妹
3.3 殺人鬼の正体
4. この作品で学べたこと
● 妹の汚名を晴らすために行動する主人公のことを知りたい
● 親との関係,兄弟・姉妹との関係を考えてみたい
● 大どんでん返しの連続を味わってみたい
十年前、洋食屋を営んでいた父親が通り魔に殺されて以来、母親も失踪、それぞれ別の親戚に引き取られ、不遇をかこつ日々を送っていた小林姉妹。しかし、妹の妃奈が遺体で発見されたことから、運命の輪は再び回りだす。被害者であるはずの妃奈に、生前保険金殺人を行なっていたのではないかという疑惑がかけられるなか、妹の潔白を信じる姉の美桜は、その疑いを晴らすべく行動を開始する。
-Booksデータベースより-
小林美桜・・・主人公。父親や妹が殺害されてしまう
小林妃奈・・・美桜の妹。ある事件で亡くなってしまう
小林恭司・・・美桜と妃奈の父親
海野真凛・・・美桜のかつての同級生
渚丈太郎・・・真凛の彼氏
桐野証平・・・大学院生。「そのあとクラブ」を運営
銅森一星・・・「築野バル」という居酒屋を経営
金田拓也・・・銅森の同級生で,用心棒
佐神翔・・・・美桜の父親を殺害した犯人
1⃣ 妹の汚名を晴らしたい姉
2⃣ 保険金受取人の妹
3⃣ 殺人鬼の正体
小林美桜は,地元大学の事務職員の派遣社員の事務員として勤務しています。しかし,彼女には辛い出来事が連続しておきていました。それは父親を殺人事件で亡くし,母親も出て行ってしまい,妹の妃奈も何者かに殺害されてしまっていたのです。そんなある日,美桜は妃奈の家にいました。妹の遺品を整理しなければならないからです。美桜は生きていた頃の妃奈との関係を思い出します。妃奈とは数か月に一度顔を合わせ,お互いの近況を報告するような普通の姉妹でした。
妃奈は保険外交員として働いていました。それがある日,行方不明になり,遺体となって発見されたのです。そもそも彼女たちが不幸になったのは父親が事件に巻き込まれてからでした。佐神翔という少年にいきなり切り付けられ,亡くなってしまったのです。「人を殺してみたかった」というのが動機でした。父親の恭司は,当時、父は那見市で人気の洋食店を経営していました。それを手伝う美桜と妃奈は幸せでした。
幼い頃,父親の店を遠目から覗いていた少年もいたようです。時々,家の近くまで来ていた少年。何の意図があったのか、事件に関係していたのか。。。事件後,母親は蒸発,美桜と妃奈はそれぞれ別々の親戚に引き取られていったのでした。
妃奈は美桜に言います。あの佐神が10年の刑期を終えて最近出てきたらしいのです。少年法に護られて世に放たれ,自由になる人間もいれば,被害者家族たちは離散し,不幸の道を歩んでいるわけです。佐神が出所し,どこで何をしているのか,とても恐ろしいですよね。
美桜は高卒で働き始めたため,彼女自身が働く大学には美桜の同級生も通っていました。海野真凛という女性もその一人です。中学時代の同級生だった真凛は,美桜の歯並びの悪さをあざ笑っていました。そしてこの大学に勤務していると知り,渚という彼氏連れてきて,美桜を指差して笑っているのです。一体,いつまで不幸な日々が続いていくのか。家族を失くした美桜は絶望感で一杯でした。コロナ禍の中,マスクをする習慣は美桜にとって幸いでした。歯並びが悪いのを隠すことができたからです。
他人にマスクを外した顔を見られるのが嫌で、教養棟の裏にあるレモンの木の横のベンチで昼食を食べるのが美桜の習慣でした。そんな美桜が昼食を食べていると、桐宮証平という大学院生と出会います。桐宮は働く保護者のために放課後の児童を預かる学童保育のような「そのあとクラブ」を運営していました。
桐宮は,ボランティアではなく少しばかりの時給で子供たちの相手をしてくれないかと美桜を誘います。副業として少しは楽になると考えた美桜は「そのあとクラブ」を手伝うことにしました。 美桜には別の悩みがありました。アパートに帰ると自宅前には週刊リアルという雑誌の女性記者が待ち伏せしているのです。それは彼女の自宅前だけではなく,大学にもマスコミは容赦なく入ってきました。
実は,生前の妃奈が保険外交員をしていたと先に書きましたが,契約者の生命保険の受取人が「小林妃奈」になっていたのです。これは保険金詐欺なのではないかと,そしてさらに妃奈は被害者ではなく,ある意味「加害者」なのではないかという風潮があったようです。
つまり,美桜にしてみれば容疑者の姉,という見方をされていたわけです。それを裏付ける存在が,築野バルという大人気の洋風居酒屋を経営する銅森一星でした。彼はかつて妃奈と付き合っており、自分も同じような目に遭いかけたとインタビューで語っている姿がネット配信されたのです。世間の非難の目は鋭かったのですが,美桜は妃奈がそんなことをする人間ではないと信じていました。何としても妃奈への誤解を解きたいと思った美桜は、銅森の会社を訪ねます。しかし,妃奈の姉だということで門前払いされてしまいます。そしてそこにまで週刊リアルの記者が現れます。
ますます疑いの目で見られる美桜でしたが,そこに一人の男性が現れます。彼は真凛の彼氏である渚丈太郎でした。なぜ彼がここにいるのか。。。渚はジャーナリストを目指していました。妃奈の潔白を証明する手伝いをしたいと言います。どうやらジャーナリストになるための,一つのシミュレーションだと思って行動しようとしているようでした。ただ,美桜に心強い味方が現れたのは確かです。
初めて「そのあとクラブ」の手伝いをする日、思ってもない女性がボランティアとして参加していました。あの海野真凛でした。渚に妃奈の潔白を証明する調査を手伝ってもらうので、美桜は勇気を出して真凛に話しかけますが,無視されます。
渚の調査は進んでいて,銅森の出身高校の卒業アルバムも手に入れていました。渚は,美桜に銅森と妃奈のことを聞き込みするように言います。
ところがその銅森を守っている人物がいました。銅森の同級生で幼なじみの金田拓也は現在、銅森の用心棒として働いているようです。さらに調べると,妃奈には他にも妃奈自身が保険金の受取人になっている男性がいたことが判明します。その男性は亡くなり,実際に妃奈は3000万円を受け取っていたようです。一体,妃奈は本当に潔白なのか。なぜそのことを美桜に話さなかったのか。しかし,それでも美桜は妃奈に非はないと信じているようでした。まずは銅森に真相を聞き出そうと,美桜と渚は、銅森が本社ビルから出てくるのを待ち伏せすることにします。
ビルから出てきた銅森に美桜が話しかけます。すると急に金田が現れて、美桜たちはあっという間に追い払われました。さらにその直後、美桜と渚は3人組の男たちに襲撃されます。銅森は今回の事件に敏感になっているようです。
途方に暮れている美桜にあるショートメールが届きます。「情報提供がしたい」というメッセージ。一体,誰からのメッセージなのか。
ショートメールを受け取った美桜は,カラオケボックスで情報提供者と会う約束をしました。そこには意外な人物がやってきました。銅森の用心棒的存在の金田です。その場には渚も同席していました。金田の話では,銅森と金田は築野のドブ町と呼ばれる場所で,苦しい生活を送っていました。二人は何とか周囲の人々を見返したいと,築野バルを立ち上げます。ただ,必死で働くもなかなか苦しい生活が続き経営難に陥ります。信頼していた社員に経営資金を持ち逃げされ,もう死ぬしかないと銅森は思っていました。
そんな時,銅森の支えになっていたのが妃奈だったようです。妃奈は銅森に言います。「保険に入ってから2年以内の自殺は保険金が下りないから、あと2年頑張れ」と。これに奮起した銅森は,カネを持ち逃げした元社員を探し出し,持ち逃げした以上の金を回収します。
その後も,必死になって働いて現在の築野バルを築き上げたのでした。
しかし,銅森は以前の銅森とは変わっていまいした。金田が言うには,今の銅森は金の亡者と化し、築野バルを守るためなら何でもするということ。だから銅森と接触することは命の危険を伴うからやめるように,金田は美桜に伝えるのです。
そんな時,突然、見知らぬ電話番号から美桜に電話がかかってきます。相手は「風の子育英財団」と名乗りました。この「風の子育英財団」によると、妃奈は受け取った保険金3千万円を全て財団に寄付したらしいんですね。妃奈が潔白だったことがわかり満足した美桜。妹は世間が言うような悪人ではなかったことに安堵した様子。ただ「ふふふ。。。」と不気味な声を出す美桜。美桜は自分の妹が哀れな境地にいたことを知り,満足したふうにも取れます。
なんだろう、何か不穏な感じがします。これまで純粋だと思っていた美桜とはかけ離れた姿に映りました。そして,金田が話した事実を公表しないと言うと、渚は美桜に対して怒り出します。やはり,美桜は妹も自分も不幸なままであるということが満ち足りていました。
その時、再び見知らぬ番号から電話がかかってきました。相手は警察でした。何と,行方不明になっていた母親の寛子が遺体で発見された言うのです。
ここであの「佐神」の視点になります。彼は事件後,母親の姓を名乗り,さらに戸籍を買い,整形をし,全く異なる人物になっているようです。この佐神の目的は何なのでしょうか。彼は「ウシワカ,ウシワカ」とつぶやいています。牛若丸のこと?彼が最初に殺人を起こしたのは,何と自分の母親でした。手に入れた鉈で母親に斬りかかったのです。息のない母親を近くの海に放り込みます。そして母親は警察に発見されますが,事故とみなされました。佐神は母親を亡くしたかわいそうな人間として育ちます。これが佐神=殺人鬼という意味なのだろうか。
しかし,ここから事態は思わぬ展開を迎えます。
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美桜の視点に戻ります。父が殺害され,犯人である佐神が出所してから間もなく妃奈と母親が殺害された。次は美桜自身がターゲットになるのではないか。
ある日、美桜が出勤すると、美桜のロッカーから鶏の死骸が出てきました。ひょっとして,あの佐神が近くにいる?? 恐ろしい思いをしながら,美桜は「そのあとクラブ」へ行くことにします。そこには真凛がいました。真凛は相変わらず美桜無視します。美桜がぬいぐるみを片付けていると,ガラスのかけらが美桜の指に刺さりました。以前、ここで子供たちと一緒にカレーを食べていましたが,真凛のカレーの中に陶器のかけらが入れられていたことを思い出します。
最後の保護者が子供を迎えにきて,時刻は午後10時を回っていました。一人で帰るのは怖い気がしたので,美桜は真凛に声をかけます。すると真凛は心底怯えて「殺さないで」と言います。
ん? どういこと? 何かいつもの真凛の雰囲気とは異なります。実は真凛は,妃奈の事件以降、美桜が中学校時代からのいじめの仕返しをしようとしているのではないかと恐れていたらしいんですね。意外な真凛の反応に,美桜は追いかけます。するとそこに渚が現れました。しかし、渚丈太郎は,以前のような心強い味方とは異なる,全くの別人のようになっていました。
おそらく,渚が一生懸命手伝った調査を,美桜が台無しにしてしまったことに不満を抱いていたのでしょう。渚は真凛を守ろうとします。渚は真凛の彼氏として,一人の勇気ある男性として見てもらいたいと言う自己顕示欲があるようです。
しかも,美桜は大学の事務の仕事の際に,見てしまっていたのです。本物の渚丈太郎は海外留学しており,その本物が帰ってきて,受付にやってきたことを。つまり,真凛が付き合っていた渚丈太郎は,全くの偽物だったのです。
その事実を知った真凛は,渚が声をかけるも,逃げ出すのです。彼女を追う渚と偽っていた人物。ということは,彼があの佐神なのか?そこに桐宮が突然やってきます。落ち着いた声で美桜に声をかけます。ここで桐宮が意外なことを話し出します。実は桐宮と美桜は,この大学で出会ったのは偶然ではありませんでした。遠い昔,まだ美桜の父親が生きていた頃,美桜の家の近くに時々やってきていたことがあったのです。
そういえば,本作品の中に,幼い頃,父親の店を遠目から覗いていた少年のことが描かれていました。冒頭にも書いた少年のこと。その時の少年は「料理人」になりたいと言っていました。そして驚くべきことに気づきます。
その視点は美桜の視点ではなく,妃奈の視点だったのです。少年に憧れていたのは実は妃奈の方。しかし,少年が会いにきていたのは美桜の方だったのです。美桜に記憶がないはずです。あれば妃奈の思い出だったわけですから。桐宮にはこの美桜と妃奈の二人の思い出があるようです。そして美桜にも忘れられない思い出が。父親の店の看板メニューだった「レモンソテー」がポイントです。レモンを絞っていたのは妃奈の仕事。
しかし,美桜に与えられたのは,鶏を料理に提供できるようにさばくことでした。鶏のさばきを毎日のように繰り返し,美桜にはストレスが溜まっていました。そしてとうとう父親にこんなことをしたくないと言い出します。そんな美桜を父親は叩いてしまったのです。歯並びが悪いのも,それが原因でした。
その現場を見ていたのが桐宮でした。だからずっと桐宮は気になっていたんですね。えっ? ってことは,佐神の正体は実はこの桐宮? そう考えた美桜は逃げ出します。追う桐宮。そして美桜は守衛室に辿り着きます。
守衛と桐宮が格闘します。ドサッという倒れる音。しかし意外にもそれは桐宮でした。美桜の目の前に立ちはだかる守衛。その守衛は「ウシワカ,ウシワカ」とつぶやいています。
何と,守衛は佐神の父親でした。前に書いた佐神の視点。あれは出所した佐神のことだと思ってました。違いました。佐神の実の父親,佐神逸夫だったのです。実は彼もまた「誰かを殺したい」と思っている人間でした。いや,美桜の父を殺害した佐神翔は,この逸夫の血を引いていたということなんでしょうか。実はある日,逸夫の家に妃奈がやってきたというのです。彼女が出したスマホには佐神翔の遺体が映っていました。
出所した佐神翔を殺害したのは,何と妃奈だったのです。それはもちろん,父親を殺害された復讐でした。今度は逸夫が復讐を手掛けるのです。そう,妃奈はこの逸夫に殺害されたのでした。さらには美桜たちの母親も。
そしてついに小林一家の最後の一人である美桜がターゲットとなったのです。しかし美桜は落ち着いていました。かつて,仕事のように鶏をしめていた時のように。レモンを一瞬でもぎ取るように,美桜は逸夫へ突進します。そして逸夫は日本刀を落としてしまいました。
その日本刀を奪い,今度は美桜が振りぬきました。それは一瞬だけ殺人鬼を生み出した瞬間でもありました。復讐を終わらせた美桜はマスクを取り,生まれ変わることを決意したのでした。
本作品は冒頭でも書きましたが,とにかく大どんでん返しの連続でした。あっ,こいつが真犯人だったのか,と何度思ったことか。。。本当に翻弄されまくった作品でした。
主人公の美桜の意外な一面,そして妹の知られざる一面をベースに話が構成されていて,まさにミステリーと唸ってしまいました。
最後に思ったのは,親から受け継いだ血,育った環境に人の性格は大きく占められるのかなということです。そう考えれば,一見仲良く見える兄弟や姉妹も,親子も,自ずと似てくるのかもしれません。
ん~、世の中の犯罪の多くが、何かの事件や不遇な環境、あるいは遺伝子などを受け継いでいる可能性が高いのだろうか。とにかく,いろいろなことを考えさせられる作品だったことには間違いないです。
● 人というのは,遺伝,環境で大半の性格が決まってしまうのではないか
● 大どんでん返しの連続で,翻弄されました
● 最後のシーンでの主人公の変貌に驚きました