本作品はテレビのプロデューサーでもあり,あの「料理の鉄人」なども手掛けたことのある田中経一さんです。
「料理の鉄人」は1993年から放送された「和」「中華」「フレンチ」の3人の鉄人にり料理で挑戦するという面白い趣向の番組でした。60分の制限時間の中,テーマとなる食材で鉄人にチャレンジする姿に,僕自身も興奮して観ていた記憶があります。
そんな伝説の番組をプロデュースした方が小説を描かれているとは思いませんでした。
ストーリーは「一度口にしたら二度とその味を忘れない」という能力を持つ青年が,かつて天皇のために日本人が作ったレシピを見事に再現することができるのか,というところがポイントになっています。
2017年には,二宮和也さんが主人公で映画化されています。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 大日本帝国食菜全席レシピ
3.2 麒麟の舌を持つ男
3.3 佐々木充の秘密
4. この作品で学べたこと
● あの「料理の鉄人」という番組を生み出した人の作品を読んでみたい
● 麒麟の舌を持つ男というのはどういう意味なのかを知りたい
● 本作品の「大日本帝国食菜全席」とはどういうレシピなのかを知りたい
「最期の料理請負人」佐々木のもとに舞い込んだ“依頼”。それは、第二次大戦中に山形直太朗という天才料理人が作り上げた、満漢全席をも凌ぐという「大日本帝国食彩全席」を蘇らせてほしいという内容だった。その全部で4冊あるというレシピを捜していくうち佐々木は直太朗が巻き込まれていた大いなる陰謀を知ることになり……。心震わせる料理の数々、そして時をこえて複雑に絡み合う人々の想いは――!?
-Booksデータベースより-
佐々木充・・主人公。一度食べた料理を再現できる能力を持つ
柳澤健・・・中華料理店店長。幼い頃に充とともに過ごす
楊晴明・・・中華料理界の重鎮で,今回充にある依頼をする
鈴木太一・・児童養護施設である「すずらん園」の園長。
山形直太朗・・「麒麟の舌」を持つ料理人
山形幸・・・直太朗の娘
1⃣ 大日本帝国食菜全席レシピ
2⃣ 麒麟の舌を持つ男
3⃣ 佐々木充の秘密
児童養護施設「すずらん園」で育った,佐々木充という青年が主人公です。「一度口にしたものの味は忘れない」という佐々木は,死ぬ間際の人間が最期に食べたい「最期の料理」の見事に再現するということで生計を立てていました。
オムライスを最期に食べたいという依頼を受けますが,佐々木は見事に再現するのです。
ある日,佐々木はとんでもない依頼を受けます。楊晴明という人物から,「大日本帝国食菜全席」を作ってほしいというものでした。楊晴明はかつて山形直太朗という人物とともに「大日本帝国食菜全席」という全204品のレシピを作っていました。
この直太朗という人物が「麒麟の舌を持つ男」言われた,ある意味第二の主人公のような伝説の男です。
「春」「夏」「秋」「冬」と4つの季節ごとのレシピを楊や直太朗たちは完成させたのですが,そのレシピがどこにもないらしいのです。山形直太朗に近しい人物の持っているのではないかと考えた楊は,どういうわけか佐々木に依頼するのです。なぜ佐々木に。。。
全く作ったこともない,見たこともない,考えたこともない料理のレシピって作れるものなのでしょうか。いくら佐々木でももそれは難易度高すぎなのでは。。。
しかし,報酬5000万円という金額を提示され,これがあれば借金を返済できると考えた佐々木は引き受けることになるのです。
そして佐々木はそのレシピのルーツを探しに中国へ飛ぶのです。
佐々木が中国へ渡って「大日本帝国食菜全席」のことを多くの人々に調査します。
山形直太朗という人物は「麒麟の舌を持つ男」と言われていました。なぜ「麒麟の舌」というのか。どうやら中国では麒麟は神聖な動物と言われているようです。つまり,神聖な舌,これ以上のない味覚を持つ人間ということになるのでしょう。
彼は,楊とともに,満州を訪問する天皇のための「大日本帝国食菜全席」を考えることになります。
天皇のため,ということで日本食をイメージしがちですが,直太朗は「中華料理」も入れようとします。
日本だけでなく,中国の人間も招待するレシピに中華を入れるということで,直太朗は「多くの人々が喜ぶ料理を作ろう」とするのです。
レシピって,秘蔵のものであるというイメージがあります。直太朗のこの考えはかなり新鮮でした。
しかし,日本は真珠湾攻撃を行い,太平洋戦争が勃発します。
「大日本帝国食菜全席」を披露するどころか,自粛するという方向になってしまいます。しかも,直太朗は驚愕の依頼をされるのです。
天皇を接待する際に「大日本帝国食菜全席に毒を盛れ」と。
この辺りから直太朗はおかしくなります。妻の千鶴も日本に帰りたいと言い出します。
ここで,直太朗の人生を狂わせる大きな事件が起きてしまいます。
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1945年8月9日。ソ連軍が満州に侵攻してきます。日本へ戻ろうとする直太朗や妻の千鶴,そして幼い娘の幸。しかし,直太朗はとうとう殺害されてしまうのです。これは僕にとっても衝撃でした。
あれだけ苦労して作ったレシピを,披露することもなく生涯を終えてしまうという無念さ。
千鶴は「春」「夏」「秋」「冬」のレシピを探します。
「秋」のレシピは直太朗から渡されていました。「夏」のレシピは発見できましたが,「春」と「冬」のレシピが見当たりません。
後ろ髪ひかれる思いのまま,千鶴と幸は中国を去ることになったのです。そして,日本で住むことになった千鶴と幸。ある日彼女たちの家に強盗が入ってしまいます。目的は「レシピ」でした。
誰かが4つのレシピを揃えようとしているようです。
すでに「うつ」を患っていた千鶴に責任がのしかかり,彼女にはすでに生きていく力は残されていませんでした。とうとう千鶴は自殺してしまうのです。
一人残された幸。不幸の連続の中,彼女は住み場所を転々としながら,修善寺という寺に住むことになってしまいました。
そして,時は過ぎました。真実を知ろうと佐々木は幸に会うことになります。急に体調を崩してしまった幸は修善寺から病院へ入院していることを知り,過去に何があったかを聞くことになります。それが先に書いた直太朗のストーリーです。
「春」「夏」のレシピは楊が,「秋」「冬」のレシピは幸が持っているということで,これですべてのレシピが揃ったことになります。
直太朗が作ったレシピ。それは天皇のためのものではありませんでした。家庭で楽しむことができる料理のレシピに生まれ変わっていたのです。
そして,そのレシピには調味料などの記述はありませんでした。
「麒麟の舌を持つ男」だけがその料理を再現できるレシピでした。
冒頭のオムライスを再現できたのは,佐々木自身が「麒麟の舌」を受け継いだ者だったからです。そうなんです。充は何と幸の○○だったのです。ここまで書けば佐々木と幸の関係もわかりますよね。
本作品で感じたのは,「料理」とは何か,そして,料理人はどういう思いでレシピを作るのかということでした。
料理とは,住んでいる場所,国や地位に関係なく,時には友好を深めたり,また楽しむことができる共通のものであることを,この作品で学ばせられたような気がします。
料理人は「食べる人の喜ぶ顔を見ることをイメージしながら料理を作っている」のだと思いました。
そして「レシピ」について。
レシピというのはその料理人・店にとっては命のようなもので,普通は何かに書き留めることなく自分の経験や感覚で記憶しているくらいのものなのだそうです。
それが奪われれば味も盗まれ,自分の店にも影響が出てくるという話も聞くことがありますよね。(東野圭吾さんの「流星の絆」でもオムライスのレシピの話が出てきます)
でも,時にはそのレシピを他の人にも使ってもらうことで,多くの人に喜んでもらえることも大切なのではないかと,本作品を読んで考えさせられるのです。
私たちが生きているこの世の中は,誰かの発明,誰かのアイデア,誰かの考えなどを元に成り立っていることも多いと思います。
自分が苦労して作り出したものは誰にも教えない,その気持ちはわからないではないです。
しかし,時には多くの人々と共有することも大事なのではないかと思います。
良いものは多くの人と共有していくべきである,という「利他的な考え」を持つことの重要性を改めて教えられたような気がします。
● 直太朗が考えた「大日本帝国食菜全席」の真意を知ることができた
● 必死になって作り出したレシピを自分だけのものにするのか,多くの人が喜ぶ姿を見るために使うのかの異なる二面性
● 時には「利他的」な視点で物事を考えることが重要である