2018年に「直木三十五賞」を受賞した作品です。
2020年には真木よう子さん主演でドラマ化され,2021年には北川景子さん主演で映画化されています。
作者の島本理生先生の作品を読むのはこれが初めてでした。作家の経歴がすごいです。
何と17歳で作家デビューしてます。「ナラタージュ」という作品で有名ですね。読んだことはありませんが,聞いたことはあります。デビュー後も数多くの作品を生み出されている方です。
本作品を読もうと思ったのは,僕自身が「臨床心理士」という仕事に興味があるからというのも一つあったと思います。
臨床心理士とは,心理的に悩みを抱える人の話を聞いて,アドバイスを送る仕事をされる方です。本作品の主人公は臨床心理士の真壁由紀です。今回は心に闇を抱え,殺人を犯してしまった一人の女性を救うために由紀が寄り添いながら,そして由紀自身も苦悩しながら容疑者に向き合うという作品です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 父親を殺害した娘
3.2 加害者を取り巻く環境
3.3 事件の意外な真相
4. この作品で学べたこと
● 加害者の心の闇を解き明かす臨床心理士の姿を見たい
● 加害者の成長に与えた衝撃的な事実を知りたい
● 主人公と夫,夫の弟との関係を知りたい
夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺した。環菜は就職活動の最中で、その面接の帰りに凶行に及んだのだった。環菜の美貌も相まって、この事件はマスコミで大きく取り上げられた。なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか? 臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねることになる。そこから浮かび上がってくる、環菜の過去とは? 「家族」という名の迷宮を描く傑作長篇。 第159回直木賞受賞作。
-Booksデータベースより-
真壁由紀・・・臨床心理士。我聞の妻で,正親という子供がいる
真壁我聞・・・由紀の夫で,カメラマン。迦葉の兄
庵野迦葉・・・弁護士。我聞の腹違いの弟。由紀の同級生
聖山環菜・・・父親を刺殺した女子大生。
聖山那雄人・・画家で,環菜の父。環菜に殺害される
聖山昭菜・・・環菜の母。
1⃣ 父親を殺害した娘
2⃣ 加害者を取り巻く環境
3⃣ 事件の意外な真相
ある日,聖山環菜はT局のアナウンサーの二次面接を受けます。しかし途中で逃げ出してしまい,不合格になってしまいます。
最終的には,なぜ飛び出してしまったのかが大きなポイントになるのですが。。。
その後,環菜はホームセンターで包丁を購入します。なぜ包丁を購入したのかもポイントになります。環菜は父親がいる美術学校へ向かいます。父親の聖山那雄人は画家で学生にデッサンなどの美術を教えていました。
女子トイレに父親を呼び出した環菜。何と父親を包丁で刺し,殺害してしまいます。返り血を浴びた状態で河川敷を茫然と歩いているところを,環菜は逮捕されます。
ここから臨床心理士である真壁由紀が,大学時代からの同級であり,弁護士の庵野迦葉とともに環菜と向き合うという話につながっていきます。
臨床心理士という仕事って,被害者だけでなく,犯罪者の可能性がある人々とも話をしないといけないのかと驚きました。
イメージ的には,精神疾患などの「心の病」を抱えている人を助ける仕事なのかと思っていました。心の病という意味では犯罪者も同じなのかもしれないですね。
「就活に反対されたから父親を殺害した」
訴える環菜ですが,これだけでは納得いかない由紀たちは環菜の本音を何とか聞き出そうと必死になっているようでした。でも環菜はなかなか心を開かないし,本当のことを言っていない様子。母親からも「環菜には虚言癖がある」と言われる始末。何かを隠しているような気がします。
話は変わって,環菜に対して向き合う由紀と迦葉ですが,どうやら過去に付き合っていたことがあるようでです。
事件とは関係ありませんが,過去に何か別れる原因があったようですね。由紀には真壁我聞という夫がいて,我聞は迦葉の腹違いの兄なんですよね。そんな二人がよく結婚できたなって思うんですけど,我聞には真実を明かしません。
我聞は人格者,迦葉は頭の切れる人物という印象を持ちました。我聞は何もかも達観している感じ。
ひょっとしたら迦葉と由紀の過去にも違和感持っているけど,知らないふりをしているだけかもしれないです。
話は飛びましたが,ここから徐々に環菜の素性がわかっていきます。
環菜の過去が徐々に明かされていきます。彼女の手首にはたくさんの傷痕があります。
どうやら環菜は「リストカット」していたみたいです。リストカットって,自殺しようとする人がするものだと思ってましたけど,さまざまな理由があるようですね。
「誰かの気を引くため」「ストレスが蓄積したため」
環菜の場合,どちらなんでしょう。彼女の過去に一体に何があったのでしょうか。「自分が我慢して他人が喜ぶようなことする」という一面があって,それがストレスになってしまっているという印象があります。
自分が付き合った男性の話が時々出てくるんですけど,「相手の気持ちに応えないといけない」という強迫観念のようなものもあるようです。
どうやら,環菜には過去に深い深いトラウマのような秘密がありそうなんですよね。徐々に環菜を取り巻いていた環境が明らかになります。
まず父親について。環菜はどうやら父親の本当の娘ではないようです。母親の昭菜の不倫で生まれた子供のようです。
父親からは「言うことを聞かないのなら戸籍を抜くぞ」と脅されてもいました。母親の負い目がそのまま環菜自身にも伝染しているようです。
父親は画家でした。父親は教え子を自宅に呼んで,環菜はモデルになっていたようでした。しかも裸の教え子と一緒に。
聞いただけでもゾクゾクしてしまいますよね。「嫌だ」と拒否できなかったのかな。
「父親の役に立ちたい」という気持ちが「相手の気持ちに応えたい」という考えにつながったのでしょうか。父親と環菜との間の関係をさらに深く探らないといけないようです。
両親の目の前で抱きつかれても,何も言わない。それどころか,大学生たちに料理を振舞っている。母親はやはり過去の不倫と言う負い目で,何も言えなかったのだろうか。
しかも法廷では,母親は環菜の弁護側ではなく,検察側の証人として立つというのです。普通,逆ですよね。自分の娘側の弁護につきそうですもんね。それほど,環菜の母親は環菜をよく思っていないわけです。
環菜自身は誰も救ってくれない。環菜はとても孤独な時間を味わったのではないかと思います。
本当は愛情に飢えているのではないか。だから誰かが喜ぶことで満足しようとしているのではないのか。
そんな孤独を味わっている環菜と付き合った男性がいました。小泉裕二といいます。
環菜は12歳,小泉は大学生でした。実はこれが環菜の初恋の相手です。
ある雪の日,コンビニでバイトをしていた小泉は,環菜がうずくまっているところに声をかけます。バイト後,環菜は小泉の家へ。環菜にとっては,肉体的にも初めての相手でした。やはり相手の期待に応えたいという気持ちからくるものなのでしょうか。
小泉は真面目な人間に見えました。今でこそ結婚して子供もいますが,環菜の告白で動揺しているようでした。不純異性交遊にあたるわけですから。
「時効の7年」を過ぎているから小泉は罪に問われないですが,かなり警戒しているようです。時効だろうが,自分の罪が明らかになってしまうわけですから。
この小泉の存在と発言が,環菜の裁判に大きく影響を与えることになります。
※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!
👈クリックするとネタバレ表示
とうとう法廷に場所は移ります。環菜の裁判です。検察側の有罪であるという主張は,
① 環菜が事前に包丁を購入していること
② 刺した包丁が心臓まで達していること
③ 救急車も呼ばず,その場から立ち去ったこと
④ 環菜には父親を殺害する動機があったこと
それに対し,迦葉は反論します。
① 包丁を買った目的は,リストカットをするためであって殺人ではない
② 殺害動機は,幼い頃に大学生のデッサンのモデルになっていたことによるストレスである
③ 初恋の相手,小泉にもデッサンのモデルでの悩みを打ち明けていたこと
④ 小泉の件で,父親から家を追い出されてしまったこと
ということを訴えます。
裁判員裁判なので,陪審員の心情にも影響を与えたようです。どちらかというと環菜に同情的な様子でした。
そして母親昭菜の証人喚問。環菜から父親を刺してしまったということ聞き,「環菜が故意に父親を刺した」と思って環菜を責めたようです。
きっとここで環菜は「誰も自分の味方になってくれない。これは親じゃない」って思ったのかもしれません。
驚いたのはここからです。弁護側が環菜の証人喚問を始めた時の環菜の証言です。
① アナウンサーの試験から逃げ出してしまったため,自傷行為をするために包丁を購入した
② 逃げ出した理由は,アナウンサーの試験会場の状況が,「あのデッサンのモデルの時のような」ものと似ていたから
③ 父親を呼び出したら,母親に「自傷行為のこと」で電話しようとしたので止めさせようとした。しかし運悪く父親が足を滑らし,包丁が刺さってしまった
④ 河川敷を歩いていたのは「自分に味方してくれる人はこの世にいないんだな」という絶望感でいっぱいだったから
情緒不安定だと思っていた環菜が,論理的にそして堂々と上記のことを話すのです。これまで怯えていた環菜とは全く違った姿でした。環菜の意外な姿にはとても驚きましたし,傍聴していた由紀も驚いているようでした。
「父に許されようと思ったから」
この環菜の最後の言葉が全ての根幹にあったのだと思います。
しかし,環菜は無罪にはなりませんでした。「懲役8年」の判決を受けたのです。
環菜は「誰も自分の味方をしてくれる人はいない」って言ってましたが,実はそうではなかったのかなと思います。
それは彼女に寄り添って,何とか救おうとした由紀,弁護士の迦葉。そして環菜が立っていた法廷にいた裁判官や陪審員たちが彼女の言葉に耳を傾けてくれたこと。
環菜の育った環境は不遇なものでした。それが彼女の成長に大きく影響を与えてしまいました。
やはり環菜は愛情に飢えていたのだと,改めて思いました。
世の中には本作品の環菜のように心に闇を抱える人,そこに向き合い,何とか幸せになってほしいと願う人,苦しみから救ってあげたいと思う人,いろいろな人々がいることを本作品で知りました。
環菜が罪を償い,いつか幸せな人生を掴んでほしいと考えさせられる作品でした。
● 心の闇を持つ人を救う仕事は,そう簡単なものではないということ
● 人は育った環境で人格が形成されることがあるということ