「ヒポクラテスの誓い」とは,元々医師としての倫理を表現したものです。
医師は何を使命に行動し,どういったことをやってはならないのか。
古代ギリシャの時代から受け継がれているものです。
患者がどんな思いで病気を治してほしいと願うのか,医師が何を考えて行動しなければならないのか。
医学が古代からいかに重要なものだったのかというのがわかりますよね。
本作品は,法医学者である「光崎」という医師が,多くの事件や事故の司法解剖を行い,真実を見抜くという面白いストーリーの「短編集」となっています。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 法医学者とは
3.2 それぞれの事件の真相
3.3 法医学者のすごさ
4. この作品で学べたこと
● 法医学の光崎がどんな人物なのかを知りたい
● 法医学とは何かを知りたい
● 光崎が司法解剖により事件の真相を見抜くシーンを見てみたい
栂野真琴は浦和医大の研修医。単位不足のため、法医学教室に入ることになった。真琴を出迎えたのは法医学の権威・光崎藤次郎教授と「死体好き」な外国人准教授キャシー。傲岸不遜な光崎だが、解剖の腕と死因を突き止めることにかけては超一流。光崎の信念に触れた真琴は次第に法医学にのめりこんでいく。彼が関心を抱く遺体には敗血症や気管支炎、肺炎といった既往症が必ずあった。「管轄内で既往症のある遺体が出たら教えろ」という。なぜ光崎はそこにこだわるのか――。解剖医の矜持と新人研修医の情熱が隠された真実を導き出す、迫真の法医学ミステリー!
-Booksデータベースより-
光崎藤次郎・・法医学教室の教授。変わり者だが腕は確か
栂野真琴・・・浦和医大の研修医。法医学教室で研修する
キャシー・・・法医学教室の准教授。アメリカ出身
古手川和也・・埼玉県警捜査一課の刑事
1⃣ 法医学者とは
2⃣ それぞれの事件の真相
3⃣ 法医学者のすごさ
ある大学の法医学教室の光崎の元に,真琴という女性医師が法医学を学びにやってきます。
そもそも法医学者の仕事というのは「遺体の解剖や,薬毒物検査などを行うなど,犯罪捜査や裁判に貢献する」ということらしいです。事件性があるかないかで行政解剖,司法解剖があるというのは他の小説でも描かれていることがあります。
普通の医師の役割と異なるのは,外科や内科のように生きている人の治療・手術などをするのではなく,遺体を解剖し,その人間がどういう原因で亡くなったのかを調べるということです。
法医学者になるためには「医師免許」だけでなく,「司法試験」にも合格しないといけないらしいので,相当難しい仕事だというのは想像つきますね。
本作品では「唯我独尊」という言葉を掲げる光崎の発言や行動に,真琴が戸惑いを受けます。しかし,光崎やキャシーと仕事をしていくうちに徐々に光崎のことを知り,さらに自分の仕事の使命を理解しながら成長していくという作品です。
① 生者と死者
河川敷で峰岸という男性の遺体が見つかります。これが真琴の初仕事です。酒を飲んで酔っ払ってしまい,そのまま凍死したとの見方が強かったですが,光崎の解剖で事故死ではないと見破ります。真意は何か?
② 加害者と被害者
篠田という男性が車で自転車を跳ねてしまい,栗田益美という女性が亡くなります。篠田の娘が「父親は安全運転するはず。だから亡くなった人を解剖してほしい」と連絡が。果たして,真の原因は何なのでしょうか?
③ 監察医と法医学者
ボートレースで,真山という選手がコーナーを曲がり切れず死亡事故が発生します。監察医務院が作成した文書は本当か? という疑問を抱いた光崎が遺体の調査を依頼。光崎は何に疑問を持ったのだろうか?
④ 母と娘
真琴の親友である柏木裕子という女性が「肺炎」で入院。そして亡くなってしまう。光崎はその死に疑問を抱く。解剖を拒否する遺族の説得に真琴が向かいます。光崎は何に疑問を感じたのでしょうか。
⑤ 背約と誓約
真琴は内科医の津久場教授から「解剖ばかりする光崎の暴走を止める」ように指示されていました。そんな頃,腹膜炎で入院した倉本紗雪という少女が,再入院してきました。津久場教授が主治医で,真琴も面識があったが,容体が急変して亡くなってしまいます。遺族に解剖を要請するが,受け入れない。真琴はカルテも検査結果もないことに気づく。一体どういうことなのでしょうか?
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① 生者と死者
峰岸という男性を光崎が司法解剖をした結果,胃の中と血液検査により,アルコールと睡眠薬が検出されました。そして気管支には「サイネリアの花粉」が付着していました。瀬川という男がサイネリアを栽培しており,その瀬川は峰岸から50万円を借りていました。
峰岸から脅しを受けており,瀬川が殺害したということを自供します。つまり,他殺であることが判明したのです。
② 加害者と被害者
車を運転していた篠田は,自転車を運転している女性を跳ねてしまったが「避けきれなかった」と話している。監察医の郷田は腹部が膨張していたことから「内臓破裂」と判断。
しかし光崎が解剖した結果,腹部の出血量は少ない。そして頭部を解剖し「くも膜下出血」と診断。つまり,事故当時,自転車の女性に意識がなかったと判定。篠田は不起訴となったのです。
③ 監察医と法医学者
光崎の言う通り,真琴たちが真山の遺体を確認すると,監察医が解剖を行っていないことがわかります。死因はぶつかったことによる脳挫傷でしたが,実は「網膜動脈閉塞症」という,視力がかなり落ちている状態だったと判明します。ボートレーサーは視力が0.8以上必要で,それに満たないことでレーサー人生に絶望を感じしていた。そして保険金を家族に残すため,自分で壁にぶつかって行ったのです。切なかったです。
④ 母と娘
真琴は,柏木裕子の司法解剖の許可をもらいに裕子の母親,寿美礼の家へ向かうが,拒否されます。この時,裕子が服用していた抗生剤が多く残っていることがわかり,母親が少なく服用させていたことがわかるのです。キャシーは寿美礼が「ミュンヒハウゼン症候群」という,闘病や看護する姿を見せ,自己満足を得る病気なのではないかと疑いを持ちます。
葬儀の寸前,司法解剖の許可が下り,光崎が解剖した結果,肺動脈に血栓があることが判明します。これは寿美礼が裕子を外出させず,薬も減らしていたことを意味していました。
やはり寿美礼は「ミュンヒハウゼン症候群」でした。
⑤ 背約と誓約
当初,紗雪の死因は「エンドトキシンショック」といって,細菌に感染したことが原因だとされていました。ところが真琴がカルテや血液検査の結果がないことに不信感を抱き,遺体から血液を採取し検査すると,血栓溶解薬が注射されていることがわかります。紗雪の主治医である津久場は,自分の治療により血栓を生じさせてしまったその証拠を消すために注射を打っていたわけです。光崎はその可能性にも気づいてました。
峰岸,栗田,真山,柏木,倉本と,全員が「血栓症」を原因とする病気を発症していたのです。
つまり,5つの事件はすべて津久場の医療過誤が原因だったということです。
それを隠蔽するために行ったことが事件,事故につながっていたわけなんですね。
短編集でありながら,それぞれの事件を通じて法医学者の使命と,そのすごさを教えてくれる作品でした。
そして5つの事件には関連性があり,最後の最後にそれぞれの事件の伏線を見事に回収してしまう,中山先生の構成力には感服させられました。
読んでいて本当に面白いです!
世の中には事故や病気で亡くなる人は多いと思います。しかし,もしそこに事件性があったらどうでしょうか。
遺族はその原因を追求してもらいたいと思うでしょう。
しかし,そこには難しい部分もあって,警察から事件性はないと言われたのに,もう一度司法解剖すると言われても,大事な遺体に傷がつくのを拒否する遺族もいるということです。
また,司法解剖が増えるということは,コスト面の肥大にもつながるし,ただでさえなり手が少ない法医学医師の仕事量が増大してしまうことを光崎は言っています。
何でもそうですが,バランスって難しいですよね。
本作品では,法医学者の仕事の目的は,事件性のある遺体の原因究明であり,それを感情的にならずに,精神的・論理的にもフラットな状態で遺体と接することが必要であると言っています。
もし,院内に悪意のある人間が,利権のため,あるいは,悪事の隠滅のために行動していたとしたら,かなり残念なことです。
光崎という医師のすごさを感じることができた一冊で,とても面白かったし,本当に勉強になりました!
● 光崎という法医学者の「真相を見抜く力」のすごさを感じた
● 本当の死因を究明することの目的の裏には,遺族から解剖許可の壁など,難しい部分もある
● 今回の5つの短編の伏線が,最後に見事に回収される作者の描き方に感服です
真琴は,この法医学教室で研修を続けさせてもらいたいことを光崎に伝えます。
「勝手にしたまえ!」光崎らしい答えですね。
次は「ヒポクラテスの憂鬱」です!