2023年の5月のゴールデンウィーク明けから,私たちが約3年間苦しめられた「コロナウィルス対策」がようやく緩和されました。第2類から第5類への移行ですね。
変化したのは主に「マスク着用が任意になったこと」「濃厚接触者の自宅待機がなくなったこと」でしょうか。
インフルエンザと同じような扱い,これだけでも随分と楽になったような気がします。それまでかなり窮屈な生活を送ってきましたから。
第2類 | 第5類 | |
国・自治体の要請 | 入院勧告・就業制限・外出自粛 | なし |
検査・治療費 | 全額公費負担 | 公費負担なし |
患者の報告 | 全数報告 | 定点報告 |
-NHK首都圏ナビより引用-
そういえば最近カフェへ行っても,マスクを着けている人は店員以外はほとんど見られなくなってきました。
しかし2023年は夏にも限らず,インフルエンザに罹る人も少なくないです。今年はコロナとインフルンザの両方に配慮しないといけませんでした。
本作品は強毒性を持ったインフルエンザが大阪を襲うという話です。
このことが日本経済にどんなダメージを与え,どんな対策を施すのか。
最後は意外な展開に驚くと思います。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 インフルエンザ「キャメル」
3.2 村雨府知事の目的
3.3 彦根の真の目的
4. この作品で学べたこと
● コロナウィルス対策を思わせられる作品を読んでみたい
● 日本の将来がどういう構造になっていくのかを考えたい
● 彦根という人物が何を企んでいるのかを知りたい
浪速府で発生した新型インフルエンザ「キャメル」。致死率の低いウイルスにもかかわらず、報道は過熱の一途を辿り、政府はナニワの経済封鎖を決定する。壊滅的な打撃を受ける関西圏。その裏には霞ヶ関が仕掛けた巨大な陰謀があった――。風雲児・村雨弘毅(ドラゴン)府知事、特捜部のエース・鎌形雅史(カマイタチ)、そして大法螺吹き(スカラムーシュ)・彦根新吾は、この事態にどう動く……? 海堂サーガ、新章開幕。
-Booksデータベースより-
1⃣ インフルエンザ「キャメル」
2⃣ 村雨府知事の目的
3⃣ 彦根の真の目的
本作品の舞台は大阪ですけど,大阪市ではなく「浪速市」と表現されています。
浪速市ではあることを議題に会議が行われていました。それが「インフルエンザ」です。冒頭からインフルエンザの特徴についてわかりやすく描かれています。
本田苗子という女医が『新型インフルエンザ・キャメルの脅威と実態』という講演をしていました。
インフルエンザはウィルスが体内で増殖して発病します。
感染は人から人,人と動物の間でも起こります。
基本的には飛沫感染ですが,ウィルスに汚染された肉を食したことで感染することもあります
まぁ,このくらいは私たちもよく知っていることですね。さらにインフルエンザの構造についても説明します。
遺伝子はDNAで保存され,RNAに転写されてタンパク質合成が行われます。
外側に飛び出るスパイクタンパクというトゲに「HA」「NA」の二種類があります。
HAは16種,NAは9種の亜型があり,その組み合わせでタイプが分かれます
HAは細胞膜に融合するときの糊のような役割,NAは合成されたウィルスが外に出る時に細胞膜から切り離すためのハサミの役割をします。
なるほど,インフルエンザの種類って,そういう分類の仕方するんですね。
どうやって感染し,どうやって増殖していくかの仕組み,本当によくできているなって思います。
本田医師は,先に書いたインフルエンザについての説明と同時に,この「キャメル」への対策を訴えます。つまり,各分野の専門家だけでなく,行政や医師会も協力してほしいというのです。
これを聞いている人々の反応はさまざまです。
「これまでのインフルエンザと変わらないやないか」「具体的な対策は何なのか」
何かそこまで危機感を感じない様子の傍聴者たち。さらに本田医師は,
・手洗い,マスク着用の推進
・ワクチン,治療薬の迅速な開発
・簡易検査キットの配布
についても訴えるのです。これって,コロナ対策と同じじゃない?本作品が出版されたのが2011年。コロナの10年近く前の話です。まるで未来を予測しているかのような話です。
ただその「キャメル」が大流行していて,死者はわずかに17人。他の要因で亡くなる方の数値と比較してもあまりにも少ない。
一体,本作品の「キャメル」にはどんな問題があるのか。何か読んでいて違和感を感じます。
そして本田医師は「検疫」について語りだします。
感染症の流入を未然に防護するのは,検疫所が役割を担っています。
さらに国内に流通する輸入食品の安全性を確保するため、輸入食品の審査及び検査を行う等、水際の第一線で輸入食品を監視する重要な役割をも担っています。
-厚生労働省 検疫所よりー
いわゆる「水際対策」ですね。これもコロナ対策の時にも行われていたはず。実はこの時すでにアジアのいくつかの地域では「パンデミック」が起こっていました。
そして日本にもその手が迫っていました。
ある診療所に野呂田という親子が現れます。どうやら子供が発熱してなかなか下がらない,と。
念のため「キャメル・ファインダー」という簡易検査キットで調べます。すると,思ってもない結果が。。。
「キャメル陽性」と出たのです。PCRで検査しないとはっきりわからない。ただ,厚生労働省から「渡航歴のある人物にだけ,PCR検査を実施する」という通達があったようなんです。
うわぁ,これ,まさにコロナの時みたい。。。PCRとか,キットの話とか。。。
そしてどうとう全国に報道されるのです。
『新型インフルエンザ・キャメル 初の国内発生確認』
成田の検疫を強化したばかりなのに,全く関係のない浪速で発生してしまったのか。
診療所も大損害,そして感染した野呂田親子も浪速を出て行くのです。風評被害に耐えられなくなったんですね。
ここで立ち上がったのが村雨弘毅府知事です。この事態を何とかしたい。テレビ番組にも登場し,先の本田医師とともに「キャメル」沈静化へ向けてのディスカッションが行われます。
う~ん,ただ今回の話,何か裏がありそうなんですよね。
確かにキャメルは発生したけど。。。読みながら少しの違和感を感じます。
実は本作品は3部に分かれています。先に書いた部分が「第一部 キャメル」
そして第二部が「カマイタチ」とあります。「カマイタチ」とは何か。
読んでいくと,どうやら浪速地検の鎌形雅史という人物のようです。この鎌形が一体何を考えて行動しているかというのがポイントとなります。
鎌形にとっては「検察が国を動かすことができる」と考えているようです。
例えばそれが日本国の首相であっても,その政治家であっても,彼らのスキャンダルを握ってしまえば,引き換えに国を動かすことができる力を持っていると。
それは目の前の村雨府知事も例外ではない。ところが村雨府知事は意外なことを鎌形に伝えます。
司法を恣意的に運用すれば,立法に匹敵する自由を,地方地自体が得ることができると思いませんか? 私と手を組みませんか?村雨府知事は何を企んでいるのでしょうか。
そして鎌形は村雨から厚生労働省の不正を教えられていました。
厚労省の局長が「補助金不正疑惑,及び,収賄容疑」に関わっているというのです。
捜査令状をかざし,厚労省に段ボールを持ち込み,不正の証拠を掴み取ろうとするわけです。検察が不正疑惑のある企業に踏み込む時のような,ニュースでも時々見るシーンですね。その作業を終え,村雨は鎌形に「私の目標,それは中央からの独立」だと伝えます。
つまり浪速を日本国から独立させ,地方分権という名ばかりの状態から,本当の意味での独立を目指すのです。
「浪速の,日本国からの合法的離脱」
このためにあるミッションが計画されます。先制攻撃として浪速自体に経済的なダメージを与えること。
そのミッションに選ばれたのがあの「本田苗子」医師だったのです。
なるほど,ひょっとすると先に書いたあの講演会の内容は,マスコミを動かし,国民を誘導するという思惑なのか。半年後。浪速は新型インフルエンザ・キャメルのパニックに陥り,混乱の渦に巻き込まれました。
そして浪速は経済的に落ち込み,あわや破綻の一歩手前までおいつめられたのです。
第二部の最後はこのような形で終わります。
日本の構造を揺るがす事態。日本はどうなっていくのでしょうか。
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村雨府知事は東京地検の鎌形を巻き込み,浪速を,そして日本を経済的に打撃を与えました。国は国会で予算案を出し,国主導で動くことができることに対し,地方はそうはいかない。
行政府の長が役人を使って予算案を作成し,その案を議会がチェックし,議員がいくつかの施策を実現する。
国,つまり中央と途方では原則が異なるわけなんですね。このことに村雨は異を唱え,新しい地方分権を実現しようとしているようなんです。
ん~,インフルエンザの話はフェイクで,実は別の思惑があったのかと唖然としてしまいます。
ここで彦根新吾という人物が登場します。かれは「スカラムーシュ」と呼ばれていて,イタリア語で「道化師」という意味です。
何を考えているかわからない人物ではありますが,続編の「スカラムーシュ・ムーン」の主人公でもあります。
この作品もとても面白いので,また別の機会にブログを書くとして。。。
彦根自体にも思惑がありました。それは「Ai」を大学病院に導入するということです。
「Ai」については「ジェネラルルージュの凱旋」だけでなく,海堂先生の作品にはほとんどと言っていいほど登場します。
「Ai」は人工知能のことではなく,オートプシー・イメージング,つまり「死亡時画像診断」のことです。
Ai(オートプシー・イメージング)とは
CTやMRI等の画像診断装置を用いて遺体を検査し、死因究明等に役立てる検査手法の一つである。
死因情報について遺族や社会の「知る権利」を具現化するために必要不可欠なものである。
-オートプシー・イメージング学会サイトより-
そんな彦根は村雨府知事を,九州にある舎人町へ案内します。
実はこの町,亡くなった方の解剖率が100%だと言うのです。浪速市が12%ですから,相当な高さです。
この100%という数値に村雨府知事は驚愕します。無理だ,と。
しかし彦根は代案があるというのです。それが先に書いた「Ai」の導入です。
解剖しなくても,死亡時診断が可能な「Ai」を使えば100%を目指せると。
そうすれば「医療事故」「医療訴訟」もなくなるし,さらには医療費の削減にもなるというのです。
彦根の狙いはここです。全国にこの「Ai」を導入すること。
そのためには村雨府知事を取り込まなければならない。
彦根はさらに「道州制」についても語りだします。
道州制とは
行政区画として道と州を置く地方行政制度である。
北海道以外の地域に複数の州を設置し、それらの道州に現在の都道府県より高い行政権を与える構想を指す。
一時期,2009年に民主党が政権を握る前まで,話題になっていたような気がします。
ただ,この道州制には弱点があるというのです。それは各州のGDPの差です。
各州のGDP
・北海道: 20兆円
・東 北: 40兆円
・北陸甲信越: 30兆円
・関 東:200兆円
・東 海: 70兆円
・関 西: 90兆円
・中 国: 30兆円
・四 国: 15兆円
・九 州: 50兆円
関東だけがずば抜けているというわけですね。そこで新しい案が登場します。「日本三分の計」です。つまり,日本を「東日本」「関東」「西日本」という3つの独立国家に分けるというのです。
霞が関に集中している官僚制度を,それぞれに分散しようというのがこの考え方です。
これって,ネットで調べても出てきません。海堂先生が誰かの考え方を参考にしたアイデアなんでしょうか。それとも,海堂先生ご自身の考え?
う~ん,でも村雨府知事はうまく彦根に取り込まれているような気がするなぁ。
彦根は村雨や鎌形をうまく利用して,わざと経済的破綻をあおったのだろうか。
結局,キャメルのパンデミックは起きず,住民からすれば全く理解不能な行政対応となってしまいました。でも,彦根だけでは自分の目的に向かって少しずつ動いているようでした。それが続編である「スカラムーシュ・ムーン」に繋がるというわけです。
今回の話,村雨府知事と,かつて大阪府知事,そして大阪市長だった橋下徹さんと重なりました。
本作品が出版されたのも,橋下さんが知事,あるいは市長だった頃です。
競争力のある大阪にするためには、一度大阪府を壊す必要があるし、大阪市も壊す必要がある。
来たるべき統一地方選挙において、大阪の形を1回全部解体して、あるべき大阪をつくりあげる
そう宣言し「大阪都構想」をかけて闘った選挙で惜しくも敗北し,任期を残しながら辞任した橋下さん。
僕の住んでいる街からも人口は流出し,日本の中心である関東圏に吸われています。地方創生も正直どうなのかなって思ったりします。
本作品はインフルエンザの話かと思ってました。実際には浪速市自体が巨大な「モンスター」になるかどうかという話だったように思います。
20年後,30年後,日本は一体どこへ向かっていくのでしょうか。
そんなことを考えさせられるような作品でした。
● 将来の日本のあるべき姿を考えさせられた
● 世の中には情報を操ることで,国をも動かす人物がいるのかもしれない
● インフルエンザ「キャメル」の真の意図