ドクター・デスと聞くと何か恐ろしい医者のことかと思ってましたが,実際に実在した医師らしいです。中山七里先生の作品の中でも,現在の私たちに疑問を投げかける作品の一つではないかと思います。
それは「安楽死」や「尊厳死」に関すること。いずれも日本では認められていない,刑法違反の行為です。本作品を読めば,その非合法性がわかるのではないかと思います。
2020年に映画化されています。刑事の犬養役が綾野剛さん,高千穂役に北川景子さん。この映画化辺りから,中山先生の作品が数多く映像化されてきたのではないかと思います。
自分の将来,自分の身内の将来のことを考えさせられる作品だと思います。
是非,読んでみてほしいと思います。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 ドクター・デスの目的
3.2 犬養たち警察の捜査
3.3 ドクター・デスの正体とは
4. この作品で学べたこと
● ドクター・デスとは何者なのかを知りたい
● 終末期医療,安楽死について考えてみたい
死ぬ権利を与えてくれ――。安らかな死をもたらす白衣の訪問者は、聖人か、悪魔か。警視庁VS闇の医師、極限の頭脳戦が幕を開ける。安楽死の闇と向き合った警察医療ミステリ!
-Booksデータベースより-
1⃣ ドクター・デスの目的
2⃣ 犬養たち警察の捜査
3⃣ ドクター・デスの正体とは
「ねえ,聞いてよ。悪いお医者さんが来て、お父さんを殺しちゃったんだよ」
いきなり事件発生。警視庁本部にある通信指令センターに小学校低学年の馬籠大地君という男の子から通報が入ります。子供のイタズラか何かかと思われました。しかし万が一もあるということで刑事が動きます。
刑事部捜査一課の犬養隼人とその部下の高千穂明日香が、少年の話を聞くために向かいます。大地の家に着くと「忌中」の貼り紙がしてありました。確かに少年の父親が亡くなったのは本当のようです。犬養と高千穂は葬儀式場に行き、少年の母親にも事情を聞いてみることにしました。ところが母親は「父親の死で動揺したのでしょう」と事件を否定するのです。父親は以前より肺癌を患って入院していましたが,最近は自宅療養に切り替えていました。
先日,急に容態が悪化し,慌てて医者を呼んだ時にはすでに呼吸が止まっていたとのことだったようです。高千穂は大地から詳しく話を聞きます。実は容体悪化で担当医が来る前に,別の医者が父親を診に来たと大地は言うのです。
一体,大地と母親の話はどちらが正しいのか。何か子供の方が信用できそうな気がするけど。。。犬養も大地の言葉を信じることにします。そして事件性があると判断し,父親の遺体を「司法解剖」へまわすことにするのです。
解剖の結果は,確かに心臓疾患でした。しかし,血液から異常に高い濃度のカリウムが発見されたのです。さらに犬養たちは近所の聞き込みをし,近辺の防犯カメラから、別の医者の存在が明らかになります。
つまり,母親は何かを隠している。犬養たちは母親に改めて事情徴収をします。すると観念したのか,母親が真実を明かすのです。
この怪しい医者は,終末期患者に安らかに苦痛のない死、つまり「安楽死」を20万円で請け負うという医師だったのです。この医師は「ドクター・デス」と呼ばれていました。
よく,小説を読んでいると「尊厳死」とか「安楽死」とかが登場するものもあります。確か両方ともに「違法」だったと思います。
安楽死とは
死期が切迫し、激しい苦痛にあえいでいる患者に対して、殺害して苦痛から解放する
尊厳死とは
治療不可能な病気にかかって、意識を回復する見込みがなくなった患者に対して、延命治療を中止すること
-国立大学法人 岡山大学サイトより-
どこで知ったかのかわかりませんが,ドクター・デスへの依頼はインターネットの「ドクター・デスの往診室」というサイトで行われていました。
○ 安楽死させたい人の病歴
○ 本人の同意をあること
○ 安楽死の選択を後悔しない
上記の条件に同意すれば,契約が成立するというわけです。ただし,先に書いたように刑法違反となります。サイトの訪問者数はもはや2000人を超えていました。今回の馬籠家の父親殺しはまさに氷山の一角である可能性があります。
このサイトへのアクセスについて,追跡調査を試みますが,海外のサーバを複数経由させるなど,追跡するのは困難なようです。そこで犬養と高千穂は,サイバー犯罪対策課の協力を得て、サイトのコメント欄から依頼人の調査を始めます。
一体,ドクターデスとは何者なのでしょうか。
ドクター・デスは「安楽死」を希望する人を募っているわけではないことを宣言しているようです。確かに依頼人と思われる人々は、家族の中に終末期患者がおり、病気の痛みや治療の苦しみに耐えられない様子。延命を続ければ,家族にとっては治療費も高額となり、実際に安楽死を望む患者が多かったのです。実際に自分が,あるいは自分の親族や近しい関係の人が同じような境遇になっていれば,同じようなことを考えてしまうかもしれない。そして犬養たちは,サイトを利用した人々に話を聞くことにします。
まず増渕耕平という人物。彼の長女である桐乃はサイト訪問後,半年して亡くなっています。犬養が追及すると,耕平はドクター・デスに依頼したことを認めました。娘の桐乃は、全身性エリマトーデスという難病に罹っていました。
全身性エリマトーデスとは
20~40代の女性に多い病気です。 原因は不明ですが免疫系の異常により、本来身体を守る働きをする免疫系が自分自身を攻撃してしまいさまざまな症状を呈します。三大初期症状は発熱、関節炎、皮疹です。 特に皮疹は、顔面に出現する蝶々の形をした蝶形紅斑が有名です。
-日本赤十字センターサイトより-
彼女はその激痛と,もう治らないという絶望感で、鬱をも患っていたようです。「死にたい」と繰り返すように言うのもわからないでもないですよね。そこで,苦痛なく安らかになることはできないか。増渕はそんな娘の願いを叶えてやりたいという気持ちでドクター・デスのサイトへたどり着いたのです。
しかし増渕は「桐乃の死はドクター・デスによる安楽死ではない」と言います。
「容態が急変した桐乃は、それはそれは苦しみながら死んでいきました。もっと早くドクター・デスにお願いしていたら。。。」これはどういうことなのか。。。ドクター・デスは絡んでいないということ? しかし,前述の馬籠家の事件が報道され「ドクター・デス」の存在が世間一般に知られることになります。日本では「安楽死」は認められないというのは先に書きましたが,世の中の人々の意見は下記のように真っ二つに分かれます。
○ 増悪や金銭目的ではなく、終末期患者の苦痛を緩和するための殺人であり,ドクター・デスは連続殺人犯である。
○ 終末期医療において,患者,遺族にとっての必要悪として擁護する
犬養と高千穂は、遺族たちからドクター・デスと接触した何人かの依頼人に事情聴取します。しかしドクター・デスが一体何者なのか,掴めずにいました。ただ,接する機会があった遺族からは,
「印象がないんです。頭頂部が禿げていたのは覚えているのですが、どこでも見かけるような顔でした」
世の中には多くの医師がいて,今回のドクター・デスを見つけるのは途方もない作業のように思えます。
犬養はある賭けをすることにします。。それは、犬養自身が依頼人となりドクター・デスをおびき出すというのです。うわぁ,大丈夫なのか? 犬養には病気療養中の沙耶香という娘がいます。彼女は他の「犬養隼人シリーズ」でも登場します。
犬養はとうとうドクター・デスのサイトに書き込むのです。警察官でありながら,その使命より家族の絆を大切にしたいという思い。沙耶香が入院している病院を警察病院と偽り,娘のことを思う父親の心境を書き込んだのです。そして翌日、ドクター・デスからの返信がきました。ドクター・デスは娘の症状を見舞いながら,安楽死の実行日を告げてきます。実行の日,犬養は警察病院でドクター・デスを待ちました。しかし、ドクター・デスは時間になっても現れませんでした。
実は,沙耶香が本当に入院していた帝都大付属病院から「謎の郵便物が沙耶香宛に届いた」と連絡があったのです。中身は点滴パックに入れられた塩化カリウム製剤でした。犬養の企みは,ドクター・デスに完全に見破られていたんですね。
犯人を捕まえたいという気持ちにはやるあまり,大切な一人娘のことを考えられなかったことに,犬養は大きな後悔をするのです。それにしても,ドクター・デスはどうやって犬養の娘の所在を知ったのだろうか。。。
ここで事件が動き出します。ドクター・デスへの依頼人である法条英輔という人物の証言でした。ドクター・デスの顔は思い出せないが,付き添いの女性の看護師なら顔を覚ているらしいのです。警察は早速似顔絵を作成し、各地のナースセンターに登録されている看護職員の捜査が始まります。
看護師が見つかりました。雛森めぐみという37歳の女性です。ただ,めぐみは以前勤務していた病院が潰れてしまったため,現在は看護師をしていませんでした。めぐみは2年前、ネットの求人広告で診療補助のバイトを見つけます。往診がある時だけ先生に呼び出され、終末期患者の家を訪問し,緩和ケアのサポートをするという仕事でした。
犬養はめぐみにドクター・デスのことを追及します。どうやらドクター・デスは「寺町亘輝」と名乗っていたようです。本当に医師なのか? 犬養はふとドクター・デスの依頼人の中で、気になる事件を思い出します。それは、化学工場の事故で大火傷を負い入院していた安城邦武のことでした。
ドクター・デスの安楽死の中で、安城邦武の場合だけは昏睡状態にしてなかったんですね。そして最後まで苦しみ亡くなったようです。つまり,ドクター・デスによる安楽死とはとても思えない。犬養はこのことでドクター・デスと連絡を取ろうとします。ドクター・デスからの返信が届きました。答えは意外なものでした。
安城の依頼は受けていない。わたしは敬愛するジャック・ケヴォーキアンの方式を継承してる。塩化カリウム製剤を注入する前には必ずチオペンタールで患者を昏睡状態にさせている。患者本人が安楽な状態で死に至らなければ、それは安楽死ではなくただの殺戮である。
-本文より-
ジャック・ケヴォーキアンという名前が出てきました。
ジャック・ケヴォーキアンとは
アメリカの病理学者で元医師。末期病患者の積極的安楽死の肯定者である。自作の自殺装置を使った自殺幇助活動で「死の医師(ドクター・デス)」と呼ばれ有名になった。
-Webcat Plusサイトより-
ドクター・デスと呼ばれた人物が本当に実在したんですね。それを模倣して「安楽死」を実行していたわけか。。。そして,徐々にドクター・デスの正体が明らかになっていくのです。
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ドクター・デスが訪れた家には,どこかに足を踏み入れ,採取された土が出てきます。この土の分析結果から、居場所が特定されます。それは,ホームレスがテントを立てている河川敷のものでした。この河川敷に警察が張り込むことになりました。
ボランティアに扮した刑事たちの捜査の結果,とうとう寺町亘輝を見つけ出したのです。そして寺町の逮捕。しかし,ドクター・デスかと思われた寺町は犯行を否定します。ホームレス姿の寺町は、実際には医師免許を持っておらず,ただ医者のふりをして金を貰っていたと言い出すのです。
そして「あの女が全部やっていた」と言い出します。えっ,ひょっとして,ドクター・デスの正体は。。。看護師として医師の付き添いと言っていた雛森めぐみだったのです。雛森めぐみには過去に中東への渡航歴がありました。
「アラブの春」が叫ばれていた頃、無国籍医師団の一人として現地に渡航していた雛森めぐみ。
アラブの春とは
2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動のことです。この大変動によって,チュニジアやエジプト,リビアでは政権が交代し,その他の国でも政府が民主化デモ側の要求を受け入れることになりました。
ー電気通信大学サイトより-
そして犬養が沙耶香の見舞いに行く途中に電話が掛かってきました。「犬養さん、お久しぶりです」と。雛森めぐみ,つまりドクター・デスでした。犬養に何か起こりそうな予感。そしてめぐみは言うのです。
「父親でもあり刑事でもある。沙耶香ちゃんの命が掛かった場合、犬養さんはどっちの立場を採るの」
ドクター・デスの問いに答えることができない犬養。
ここから昔の話になります。かつてめぐみが中東で経験した経験は凄まじいものでした。血の海や千切れた手足,露出した臓器など,町は戦場となっていました。その中で,めぐみは治療をする医療現場ももちろん過酷なものでした。
病院では物資の供給も十分ではないし,麻酔も鎮痛剤もない状態で治療を行わなければならない。あまりの痛みにのたうち回る患者たちは,ただただ死んでいくしかありませんでした。
そんな中で、無国籍医師団の一人であるアメリカ人医師のブライアンと出会います。この出会いは雛森めぐみに大きな影響を与えました。全身に無数の傷を負った兵士が運ばれてきては全身を激しく痙攣させ、目玉が飛び出るほど見開き苦痛を訴え,見るも無残な姿を目にするめぐみ。
そこでブライアンは「スキサメトニウム」という筋弛緩剤の一種を取り出します。「楽になりたいか」と問いかけるブライアン。兵士は虚ろな目で大きくうなずきました。スキサメトニウムを注入された兵士は,表情も安らかに感謝の言葉を発し動きを止め,亡くなっていったのでした。
そして,ブライアンはその状況を見ていためぐみに言うのです。
めぐみは、ドクター・デスという存在を知っているか。
彼の主張は独善に満ちていて到底うべなえるものではない。
ただ,ひとつだけ共感できることを言った。誰にでも死ぬ権利があると。
ある日,上空から爆撃機の音が迫ってきて,爆弾が落下しました。ブライアンやめぐみたちはその爆撃に巻き込まれてしまいます。そこでめぐみが目にしたもの。それはブライアンの身体を二本の太い鉄筋が貫いている姿でした。唖然とするめぐみ。
「死ぬ権利を、与えてくれ」ブライアンはめぐみに嘆願します。
そして,めぐみはブライアンの首筋に針を突き立て,ブライアンは微笑みを浮かべたまま動きを止めるのでした。めぐみが初めて人を殺めた瞬間であり,また「ドクター・デス」になった瞬間でもありました。そして時代は現在へ。今,まさに次の依頼を遂行しようと出雲市に向かっていました。そこにはすい臓がんを患い終末期患者となった久津輪がいました。久津輪は苦しむ家族を思い,自らドクター・デスに依頼をしていたのです。
めぐみが久津輪の寝室を開けます。しかしそこにはある人物が立っていました。高千穂でした。めぐみは逃げようとしますが,そこには犬養が立ちふさがります。しかし,久津輪は苦しんでいました。めぐみは安楽死のために持参したスキサメトニウムを打とうとします。当然犬養はそれを止めようとします。そして,めぐみは犬養に言い放つのです。
「あなたの職業倫理が、あくまでも久津輪さんの安寧を拒否するなら、この注射器を粉々にしなさい」。
逮捕しようとした犬養は,何もできませんでした。そして苦悶に歪んでいた久津輪の顔が見る間に安らいでいくのです。しばらくして警察と救急車が到着しますが,久津輪はすでに亡くなり,めぐみは逮捕されました。犬養は見殺しにしたことで,一瞬,刑事ではなく父親に戻ってしまったことに刑事失格であると思うのでした。
本作品の「ドクター・デス」の正体には僕自身も驚きました。さすが大どんでん返しの帝王,中山七里先生です。ヒポクラテスシリーズといい,本当に医療のことを研究されているんだろうなって思います。
そして今回の最大のテーマである「安楽死」について。もし自分が将来,病気に罹り,終末期を迎え,病気の苦痛,精神的な苦痛に耐えられ亡くなったら何を思うのだろうか。本当に考えさせられました。
作中にもこの安楽死について2つの捉え方があり,どちらももっともな意見だと思います。日本では認められていませんが,安楽死,尊厳死を認めている国もあることから,それぞれの国の価値観や考え方でその制度や法律も異なるのだろうなと思います。
本当に難しい問題なのだなと改めて考えさせれました。
● ドクター・デスの意外な正体と遺産の意味
● 安楽死と尊厳死について
● 自分が終末期を迎えた時,どんなことを考えるのか