呉勝浩先生の作品を初めて読みました。
まず経歴を見て驚きました。2015年にデビュー作「道徳の時間」でいきなり「江戸川乱歩賞」,2018年には「白い衝動」で「大藪春彦賞」を受賞されています。
そして2020年,本作品で「吉川英治新人賞」と「日本推理作家大賞」のダブル受賞です。
この5年間の間にこれだけ知名度の高い賞を受賞されている方ってそうはいないのではないでしょうか。どんな作品を描くのか,興味を持ったのが本作品「スワン」でした。
読んでいけばわかりますが,冒頭から圧倒的なシーンで始まります。「これから一体何が行われるのだ」最初の数ページで惹きつけられるのです。
話は,あるグループが大型ショッピングモールで大量殺人を行うというところから始まります。もう,とにかく衝撃的です。
ただ,読みながら,想像していた展開とは違いました。犯人が誰かを推理するでもない,犯人の動機を考えるでもない。
主人公はもう少しで被害者になってしまうところだった5人の人々でした。
彼らは何を話し,何を隠そうとしているのかがポイントとなっています。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 大量無差別殺人事件
3.2 5人の生存者と徳下弁護士
3.3 5人それぞれのストーリー
4. この作品で学べたこと
● 冒頭の前代未聞の大事件がどんなものか知りたい
● 生死を分ける究極の状況で,人はどんな行動をとるのかを考えてみたい
● とにかく事件の真相を知りたい
ショッピングモール「スワン」で無差別銃撃事件が発生した。死傷者40名に迫る大惨事を生き延びた高校生のいずみは、同じ事件の被害者で同級生の小梢から、保身のために人質を見捨てたことを暴露される。被害者から一転して非難の的になったいずみのもとに、ある日一通の招待状が届いた。5人の事件関係者が集められた「お茶会」の目的は、残された謎の解明だというが……。文学賞2冠を果たした、慟哭必至のミステリ。
-Booksデータベースより-
片岡いずみ・・主人公。バレエ教室に通う女子高生
古舘小梢・・・いずみとは同級生だが,仲が悪い。バレエ教室に通う
波多野・・・・事件に巻き込まれた一人。お茶会のメンバー
道 山・・・・事件に巻き込まれた一人。お茶会のメンバー
生 田・・・・事件に巻き込まれた一人。お茶会のメンバー
保坂伸継・・・事件に巻き込まれた一人。お茶会のメンバー
徳下宗平・・・吉村秀樹が企画したお茶会のまとめ役
1⃣ 大量無差別殺人事件
2⃣ 5人の生存者と徳下弁護士
3⃣ 5人それぞれのストーリー
大型ショッピングモール「スワン」の駐車場の車内で会話をする怪しい3人組が登場します。
「ヴァン」こと丹羽佑月と,ガス,サントという3人はどうやらショッピングモールを舞台にした「大量無差別殺人」を実行しようとしていました。
ネットの世界で出会った3人。お互いの素性も知らないようでしたが,役割分担はしっかりやっていたようです。ガスは,2発のみ発射の使い切り用の模造銃を作っていました。
サントという男が一番若いような感じでしたが,減らず口ばかりたたくのに気に入らなかったのか,いきなりガスは車内でサントを撃ってしまいます。
冒頭からいきなり仲間割れ。リーダー格のヴァンは冷静で,ガスはどちらかというと情緒不安定にも映ります。
この二人はカメラ付きのゴーグルをはめ,ガスはショッピングモールの左端の黒鳥広場,通称「オディールの泉」から,ヴァンは右端の白鳥広場である「オデットの泉」の両端からお互いが中央へ向け,銃を乱射しながら大量殺人を行っていくのです。とにかく描写が衝撃です。大人だろうが,女性だろうが,子供だろうが,自分が見つけた目の前の人間をどんどん撃っていく二人。無慈悲な犯罪者という感じです。
逃げる人々,あまりの恐怖に動けなくなってしまう人々,助け出そうとする人々,この緊急事態に人というのはいろいろな行動に出るのだと考えさせられます。
ここで重要なポイントをいくつか。
まずは,たまたまこの日,片岡いずみという女子高生が,古館小梢から「スワン」に呼び出されていました。この二人は同じバレエ教室に通っていました。
どちらの技術が上なのかを競おうとしているようです。「いざとなったらぶっとばせ」と友人からメールで励まされるいずみでした。
スカイラウンジには吉村菊乃という老女がいました。毎週日曜日にスワンのスカイラウンジにやってきて食事をするのが習慣になっていました。
ただスカイラウンジのウェイトレスの態度にはいつも腹が立っている様子です。
警備員の小田嶋は,そのウェイトレスから「日曜日のおばあちゃん」という話を聞いているようでした。
いつも来ている愛想のないおばあさん,というようなことを話していたのでしょうか。
そんな彼女たちに悲劇が訪れたのはその後でした。とうとう丹羽たちは殺戮行動を開始したのです。
そして本作品の最大のポイントとも呼べる,スカイラウンジである出来事が起こります。
ガスこと大竹安和は誰かに捕まれ,持っていた日本刀で自分自身を刺してしまっていました。残っていたのは丹羽だけです。丹羽は行き止まりのスカイラウンジにたまっている人々をどんどん撃ちます。
丹羽はいずみを見つけてこう言ったのです。
「君は心のきれいな子だね。だから傷つけない,汚い人間を選ぶんだ」いずみは混乱する中,周囲の人々に視線を送ります。そして丹羽はその人間を撃っていきました。
その場には古館小梢もいました。小さな子供と一緒にいます。しかし丹羽は子供も,そして小梢も撃つのです。小梢は右目を撃たれていました。
丹羽は最期にいずみに対して
「がんばりなよ。負けちゃ駄目だよ。逃げちゃ駄目だよ。ちゃんと生きて,ちゃんと幸せになるんだよ」と言います。
ん~,犯人の意図がわからないです。
しかしその直後,丹羽は自分自身を撃つのでした。
そもそもこの事件の犯人の意図はなんだったのでしょうか。丹羽の言葉があります。
「おれは,この国の体制と治安に一石を投じたかったのだ。簡単に銃器を密造できる時代に平和を壊すことはたやすいのだとわからせたかったのだ」
先に書いたような事件など日本で起こるはずがない,とは確かに言い切れないですよね。
銃を密輸できるでしょうし,3Dプリンターがあれば模造銃などは簡単に作れてしまうでしょう。
実際,地下鉄サリン事件のような考えるだけでも恐ろしい事件も現に起こっているのですから。
いずれにしても,丹羽たち犯人グループが全員亡くなったため,真相は闇の中という状況です。
ある日,弁護士である徳下が「スワン事件」の生存者5人を集め「お茶会」を開きます。集まったのは,いずみ,道山(偽名),波多野(偽名),生田(偽名),保坂の5人です。
集められた理由は,物流会社社長である吉村秀樹が,自分の母親である吉村菊乃がなぜ殺害されなければならなかったのかを知るのが目的でした。それを依頼されたのが徳下。
ん~,なんでこの5人なんだろう。それは読んでいけばわかってきます。お茶会と言いながら,事件の真相を探り出すための「取り調べ」の様相を感じます。
弁護士の徳下は,犯人のカメラの映像,つまりNO動画を何度も何度も観ているようです。
「丹羽」のNと大竹のOを併せて「NO動画」と呼んでいました。徳下が掴んでいる内容と,お茶会の5人が話す内容に矛盾がないかどうかを探っている様子があります。
5人は明らかに何かを隠している様子です。徳下が呼んだ5人なのですから,何かあるのでしょう。それは話の終盤にならないとわからないです。
ところで,いずみはバッシングを受けていました。事件当初は警備員である山路という男性が対応の甘さから世間に非難されていました。
しかし右目を失った小梢の母親が
「A子(いずみ)が自分の命を守るために,他人(小梢)を犠牲にした」
と発言してしまった辺りから流れが一変。いずみが非難されるようになったのです。そんな中で行われたお茶会という集まり。
菊乃が亡くなった真相を暴きたいというのは建前なのか本音なのか,徳下の真意が見えません。
集まった5人を含め,お互いが不信感いっぱいな様子です。
お茶会の一番の目的は,
「事件の当初はスカイラウンジにいたはずの菊乃が,被害に遭ったのがなぜ一階のエレベーター付近だったのか」この真実を掴むためのヒントとなるのが5人の生き延びた人物なのでしょう。
無差別乱射されている状況,精神的にもパニックになっている状況で真相が掴めるのか,読んでいて疑問も持ちました。
しかしお茶会が何度か開催されるにつれ,徐々に真相が掴めてきます。
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ある少年の存在が一つのポイントになります。少年(幸雄)は母親とはぐれて迷子になっていました。それを見つけたのがいずみです。
警備員の男が,もう一人の犯人である大竹を羽交い絞めにしていました。お陰でいずみは鉢合わせした大竹から逃げることができたのでした。
そこでいずみは「園子」という女性に会います。実は彼女はスカイラウンジのあのウェイトレスでした。
彼女は防災センターの方が気になっていました。防災センターには付き合っている男性がいたのです。それは道山でした。いや正しくは小田嶋という名前でした。小田嶋はある告白をします。
犯人の大竹はかつて小田嶋と同じ防災センターに勤務していました。そこでいざこざがあったんですね。おそらく大竹はそれを恨んで復讐を誓ったのでしょう。
しかし事件当時,小田嶋は大竹を羽交い絞めにします。それが先ほど書いたシーンです。
いずみはスライラウンジへ向かいます。そこには小梢もいました。
お茶会の後,小田嶋は行方不明になってしまいます。誰かが連れ去ったのか。お茶会のメンバーか。それとも善人だと思い込んでいた徳下なのか。
ここで,重要な真実を知ろうと考えていた人物が一人いました。それは波多野でした。
波多野はいずみを誘って家に連れていきます。行方不明の小田嶋もそこにいると言って。
ところがその波多野が豹変します。いずみを殴って,拉致してしまいました。波多野の目的は何なのでしょうか。
波多野は事件の間,ずっと車の中で寝ていたと証言しています。そんな人物がお茶会に呼ばれるでしょうか。
実は波多野には大きな秘密があったのです。いや,波多野自身も真実を知りたかったというべきでしょうか。
波多野はやはり偽名でした。本当の名前は「双海」そう,幸雄の父親です。母親の佳代とともに,二人がなぜ殺害されたのか。その真相を知ろうとお茶会に潜り込んだのです。
「なぜ,俺の子供だけが2発撃たれていたのか」
それをいずみに追及します。しかし,いずみは語ろうとしません。何かを隠しているのは明らかですが,絶対に話さないんですね。何を護ろうとしているのか。。。
「2発撃たれた理由」が衝撃でした。1発は丹羽に後頭部を撃たれた時で,その瞬間,小梢が幸雄の肩を掴みます。
そしてもう一発は,小梢が「幸雄を盾にした」瞬間でした。双海に知られないようにしたかったのか,それとも小梢を護りたかったのか。
そして最後の謎,お茶会の目的でもあった「菊乃の真実」です。
彼女は撃たれた園子を助けようとしていました。ところがそこである人物が
「おい,何をしているんだ。全然応急措置になっていないじゃないか」と脅したのです。
それが保坂でした。保坂に恫喝された菊乃は慌てて走り出します。きっと80歳の体で階段を下りるのは苦しかったことでしょう。そして,一階のエレベーター前に倒れ込み,撃たれてしまった。
これがすべての真実でした。
全てを告白し,お茶会の面々の行動の意図を知ったいずみは,何か憑き物が取れたような感じでした。
これだけの大量無差別殺人事件に対して,誰が善で誰が悪なんて決められるのでしょうか。
本作品で思うのは,それは誰の主観で考えるかだと思います。
ある人にとってはどうでもいいことが,ある人にとってはとても重要な事実である。
もし自分自身が当事者であれば,誰が自分の親を,誰が自分の子供を。。。こんなことを確かに考えるのではないかと思います。
今回の「お茶会」に関しても,全員が真実を述べるとは限らず,真実を正しく伝えるという人もいれば,都合の悪いことは隠したくなるという人もいると思います。
自分の「死」が直前まで迫るという状況で,まともな判断などできないのではないでしょうか。
何でもそうですが,一つの物事に対して,人によって考え方や価値観,意見が違ってしまうのと同じように,これだけの大事件などで,何が一番尤もなのかなんてわからない。
わかるのは,自分の目の前の事実を素直に伝えるだけ。究極の現場の心理状況を正直に伝えるだけではないでしょうか。
本作品からは,人間の本性ではなく,これだけ生死を分ける究極の事件が起きた時,人というのは真っ当な判断や行動はできなくなる,ということを改めて考えさせられたような気がします。
● 冒頭の大事件の裏には,人それぞれのストーリーがあった
● 生死を分ける究極の状況で,人は冷静な判断や行動はできないのではないか
● そんな状況で誰かを責めるというのはどうなのだろう