シャーロック・ホームズ。誰もが一度は聞いたことがある名前だと思います。彼は実在の人物ではなく,かの有名な作家,コナン・ドイルが作り出した架空の人物です。ホームズのファンにとってはたまらない作品だと思います。
ただ、これまで僕自身はアガサ・クリスティーの作品は何冊か読みましたが,コナン・ドイルの作品を読んだことがありませんでした。きっと,読んでいれば,本作品の登場人物のことがよくわかって,とても面白い作品なのだろうと思います。
伊藤博文はもちろん実在の人物であり,初代内閣総理大臣として大日本帝国憲法を作った偉人であることはよく知っていますが,この実在の人物と架空の人物が交わるというのも本作品の面白さであり,作家の松岡圭祐先生もいろいろ試行錯誤しながら描かれたのではないかと思います。
ここで語りたいことはまだまだありますが,アメリカでもベストセラーになったすごい作品なので,是非読んでほしいと思います!
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 伊藤とホームズの出会い
3.2 伊藤とホームズの共闘
3.3 本作品の考察
4. この作品で学べたこと
● シャーロック・ホームズと伊藤博文の架空の物語を読んでみたい
● 日本の歴史に興味がある方
● ホームズの圧倒的な推理力
ライヘンバッハの滝でモリアーティ教授と戦ったシャーロック・ホームズは、兄マイクロフトの助けを借りて日本へ向かった。イギリスに来ていた際に面識をもった伊藤博文のもとで世話になっていると、日本を訪問していたロシアのニコライ皇太子が、警備中の巡査に斬りつけられ負傷をした。日露の関係を揺るがす一大事件に、ホームズは伊藤博文とともに巻き込まれていく――。全米ベストセラー、正典の矛盾を解消した名編、改訂完全版で登場!
-Booksデータベースより-
シャーロック・ホームズ・・言わずと知れたイギリスの探偵
伊藤博文・・・初代内閣総理大臣。ホームズと出会う
ニコライ皇太子・・・ロシア帝国の皇太子
チェーホフ・・ニコライに仕える公使
アンナ・・・・ニコライに仕える女史
1⃣ 伊藤とホームズの出会い
2⃣ 伊藤とホームズの共闘
3⃣ 本作品の考察
本作品は,いきなり恐ろしいシーンから始まります。シャーロック・ホームズは,モリアーティ教授からライヘンバッハの滝へ呼び出されます。
モリアーティ教授とは
21歳という若さで二項定理に関する論文を書いたのがきっかけで大学の数学教授となり、のちに悪い噂で大学を追われたものの、ロンドンにやってきて再度教師の職に就いた──とホームズは説明します。
そして、教師の仕事を隠れ蓑に、巨大な犯罪組織の黒幕として暗躍している。シャーロックホームズの宿敵である。
-小説丸サイトより-
ライヘンバッハの滝とは
マイリンゲンのローゼンラウイ氷河とブラウ氷河から流れ出る水が谷沿いに集まり、7つの滝となって流れ落ちるライヒェンバッハ滝。その力強い流れと風景の美しさで古くから知られてきた名瀑のひとつです。
この地を訪れ、荒々しい滝に感銘を受けたコナン・ドイルが、この滝をホームズの終焉の舞台として選び、小説『シャーロックホームズ最後の事件』に書いたことで有名です。
-スイス政府観光局サイトより-
なるほど,この滝での出来事がホームズにとっての一つのターニングポイントなんですね。
モリアーティの殺意に気づいているホームズは,彼との駆け引きに出ます。
ホームズが柔術に精通しているとは思いませんでした。ホームズはモリアーティの企みを交わし,何と滝つぼへ彼を突き落としてしまうのです。
えっ? ホームズが殺人を犯したの? この件を読んだときは驚きました。『最後の事件』のストーリーを読みたくなりますね。辛うじて助かったホームズ。警察や助手のワトソン博士は,ホームズとモリアーティー教授の二人とも亡くなったと断定します。
密かに生きていて,そこまで仲がよくない兄のマイクロフトとともに生活するホームズ。ここに一人の日本人がやってきていました。そう,かの伊藤博文です。かつては薩英戦争など,日本と関りのあったイギリスの質の高い社会,法律,産業,技術などを取り入れ,日本は発展していきました。
会話もなかなか通じない中,英語を勉強し,さまざまなものを短期間に吸収していった日本。ホームズが言うには,イギリスが100年かかって作り上げたものを,日本はわずか20年ほどで作ってきたという表現があるほど,昔の日本人の意欲は相当高いものだったのでしょう。
伊藤博文とは
言わずと知れた,初代内閣総理大臣。明治維新後,伊藤は明治政府のさまざまな役職,外国事務局判事,初代兵庫県知事などに就き,殖産興業などを推進してきた。
ビスマルク憲法を参考に,あの大日本帝国憲法を起案,制定した。
-本文より-
その後,イギリスへ渡り,ここでホームズと出会うのである。実は伊藤が22歳という若かりし頃に,当時幼かったホームズと出会っているという設定なのです。だたホームズは日本人が野蛮な人種であるという先入観を持っていました。イギリスも世界各地を植民地にしていましたが,当時の日本も清国を制圧するなど,国外へと進出していたのです。
ホームズと伊藤博文。この二人には価値観や,それぞれの独特な性格の違いでなかなか交わることができないのでした。キツい言葉で伊藤を罵るようなことも平気で言いました。しかし,お互いがぶつかり合う中で,少しずつ二人の距離は徐々に縮まっていっているように思いました。
本作品のタイトルで,二人が対決をするものだとばかり思っていましたが(確かに小さないざこざはありましたが),何か大きな対決をするようなふうには思えません。伊藤と関わっていくうちに,ホームズは伊藤に対し,いや日本に対し,心の変化が見られます。伊藤にあまりいい印象を持っていなかったホームズも,思いやりの心を持つ伊藤のことを理解しくようでした。
そして伊藤は日本へ戻ります。イギリスでは亡くなったことになっているホームズは兄の勧めもあって,ついに日本へ渡航することになるのです。
伊藤の自宅の前に,やせ細ってしまった男が横たわっています。それを伊藤の娘が見つけます。実はこの男こそがホームズでした。彼は長い長い船旅の中で,疲れ果てながらも,伊藤の自宅へたどり着いたのでした。この姿に唖然とした伊藤はホームズを自宅へ入れます。徐々に回復していくホームズ。
日本では大事件が起こっていました。あのロシア帝国のニコライ皇太子が来日中の話です。
ニコライは人力車で滋賀県大津市を散策していましたが,警護に当たっていたはずの巡査,津田三蔵がいきなりニコライを切りつけたのです。これが大きな問題になります。巨大な帝国ロシアが日本をいつ狙ってくるか戦々恐々としたいた時期に,この事件が起こったわけですから。
伊藤はこの問題に正面から関わっていきます。ニコライは頭蓋骨を損傷するくらいの大怪我でしたが,何とか命は取り留めます。これをロシアの皇帝が聞きつければ,必ず日本を攻撃してくるに違いない。日本の上層部はそう考えていました。その後,日本に九艘の船がやってきていました。とうとう日本攻撃か?
この九艘のどこかにニコライがいると思われます。どの船にいるのか。ここでホームズは漁師から,船の一部に小さく書かれている文字をヒアリングします。何人かの漁師に聞いたホームズは,船の名前を推理します。そしてどこにニコライがいるかも推理します。
伊藤はニコライの側近と思われる人物と会うことになります。チェーホフ公使とアンナという女史です。しかし側近と言っても,彼らはニコライ皇太子の弟の方でした。そしていろいろ話を聞きます。実はニコライは大怪我をしましたが,日本の各地で自分を歓迎してくれたことに感謝していたようでした。
少し安心していた伊藤でしたが,そのニコライがここにきて「日本を猿呼ばわりしている」という事実を知り,驚くのです。一体,どういうことなのか。日本がロシアと敵対したくない理由はいろいろありますが,その一つに『ロシア自然科学大全』という書籍を手に入れることでした。
当時の農商務大臣であった陸奥宗光が欲しがっているこの書籍。気象学,地質学,物理学,生物学,地球化学,天文学など,当時の日本にはない知識が詰め込まれた大変貴重な書籍だったのです。こうやって,アメリカやヨーロッパなどに遅れをとりたくないと,日本の過去の偉人たちは懸命にいろんな学問を吸収しようとしていたのですね。
まずはニコライと会わなければならない。さもなくばロシアとの大戦が起こってしまう可能性がある。チェーホフやアンナは,ニコライが,九艘の船群の中心の「ラスカー」という船に乗っていることを伝えていました。
ところがホームズは推理していました。実はそれはフェイクであると。実はニコライは上陸し,日本の「ロシア大使館」内にいると言うのです。この鋭い推理にチェーホフとアンナは何を言えません。確かに大使館に入り込めば,治外法権で守られます。
治外法権とは
外国人がその居住する国家の法律に従わなくてもよいという国際上の権利。
治外法権を有するのは元首や外交官であり,国家を代表する彼らが特別な権利を持つのは当然だが,問題になるのは不平等条約による領事裁判権である。
外国人の裁判を,その外国の領事が裁く領事裁判権は,居住国の主権を侵すことになる。
-Gakkenキッズネット サイトより-
なるほど,当時不平等条約を結んでいた日本は,この権利により日本の法律で裁くことができなかったんですね。それをニコライは利用し,密かに日本に上陸していたということ。そして伊藤やホームズたちは,ロシア大使館へ入って,ニコライと会うことになるのです。
伊藤は気づきます。確か,ニコライ皇太子には竜の刺青があったはずだが,このニコライにはそれがない。ん? ということは,このニコライは別人? そう,ニコライは,あの大怪我を負ったニコライ兄ではなく,ニコライ弟だったのです。
なるほど,だからニコライの日本に対する意見がある時を境に180度変わってしまっていたんですね。ここにいるニコライは,日本を憎む者であるわけです。
そうなると,日本とロシアの関係が悪化していると想像できます。
ロシアの中心人物はこのニコライ弟だったのか。
しかし,事態はここから意外な方向へ向かっていくのでした。
日本はどうなってしまうのか。ロシアとの大戦が勃発してしまうのか。
ここから先は,実際に作品を読んでほしいと思います。
架空の人物であるシャーロック・ホームズですが,設定的には冒頭にあるモリアーティー教授との激闘の末,滝つぼにモリアーティーを突き落とした後,コナン・ドイルは作品を描かなくなったようです。その理由はわかりません。
ただ,読者や編集者がこの続きを何とか描いてほしいという強い要望もあり,約10年後にシャーロック・ホームズの話が復活したそうです。つまりホームズには「空白の10年間」というものがあるようです。
この10年の間,ホームズはどこで何をしていたのか。いろいろな人が空想するわけですそこに目を付けた松岡先生は,その間,ホームズは実は日本にいたのではないか,かの伊藤博文と交流があったのではないか,という架空の設定を考え出したわけです。そういう経緯を知りつつ本作品を読んでいれば,より深みも増したのかなって思います。
それにしても,空白の10年を日本の時代と照らし合わせ,そこに伊藤博文を絡めようとするのは相当勇気のいることではなかったのかなって思います。伊藤博文という人物像が,本作品で表現されることで,賛否両論ありそうですから。
でも,こうやって伊藤博文の人生の中に,ホームズとの関係があったという,架空ではありますが,とても面白い設定だったと思います。
どうやら本作品には「続編」があるようなので,そちらも是非読んでみたいです。本作品も是非読んでみてください!
● ホームズと伊藤博文が共に闘うストーリーに最後までヒヤヒヤした
● 日本の歴史の一部に,架空の人物であるホームズが絡む面白さがある
● 本作品を創った作者の構成力に感服しました