本作品は「第7回本格ミステリ大賞」を受賞しています。道尾秀介さんの初期の頃の作品です。
「シャドウ」という言葉を聞くと,まずは「影」という言葉を思い出します。
しかしこの「シャドウ」には深い意味がありました。それは核心に触れる部分なのでここでは書きませんが。。。
本作品の裏表紙には「人は死んだらどうなるの? いなくなって,それだけ。。。」と言う言葉が書かれています。これは作中でのある人物のセリフでもあります。
ある一人の人物の「死」により,次々と不幸が訪れます。まるでバランスを取っていたものが一気に崩れてしまうように。
このバランスがどのように崩れていったのか,そしてタイトルの「シャドウ」とは何を表すものなのか。シャドウの意味が深い作品で,最後の結末には驚かされます。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 バランスが狂った人間関係
3.2 我茂と水城の秘密
3.3 衝撃の真実「シャドウ」
4. この作品で学べたこと
● 2人の父親の秘密を知りたい
● 「シャドウ」とは何かを知りたい
● 最後の最後の大どんでん返しを読んでみたい
人は、死んだらどうなるの?――いなくなるのよ――いなくなって、どうなるの?――いなくなって、それだけなの――。その会話から三年後、凰介の母は病死した。父と二人だけの生活が始まって数日後、幼馴染みの亜紀の母親が自殺を遂げる。そして亜紀が交通事故に遭い、洋一郎までもが……。父とのささやかな幸せを願う小学五年生の少年が、苦悩の果てに辿り着いた驚愕の真実とは? いま最も注目される俊英が放つ、巧緻に描かれた傑作。第七回本格ミステリ大賞受賞作。
-Booksデータベースより-
我茂凰介・・・小学5年生。母を亡くし,父と二人で生活する
我茂洋一郎・・凰介の父。妻を亡くす。大学病院勤務
我茂咲枝・・・凰介の母で,病気で亡くなる
水城徹・・・・洋一郎の同級生で,大学病院に勤務
水城恵・・・・徹の妻。咲枝と同級生だが。。。
水城亜紀・・・徹の娘。凰介と同級生
田地宗平・・・洋一郎と水城の大学時代の恩師
1⃣ バランスが狂った人間関係
2⃣ 我茂と水城の秘密
3⃣ 衝撃の真実「シャドウ」
我茂洋一郎の妻である咲枝が,癌によって亡くなってしまいます。その葬儀でのシーンから話は始まります。
一人息子の我茂凰介は荼毘に付されて灰になった自分の母親をどのように受け止めているのか。「お父さんこれからどうなるの?」小学生の凰介にとって,母の死は覚悟はしていたものの,何かピンときていないのか,冷静なのか。
同級生の亜紀が「大丈夫?」と聞いても「大丈夫」と答える凰介。
ここから父と息子の2人だけの生活が始まりました。一方,水城亜紀は父である徹と母の恵と生活していました。ただ読んでいくとこの一家,何かありそうな感じなんです。
どうやら父親の徹は,亜紀が本当の娘でないと疑っているのです。つまり恵が不倫をしてできた子供であると。
恵が遅く帰ってくれば,徹は亜紀に平気で「男のとこだろ」って言うし。恵はそんなことをしているようには見えないんですね。
徹の方が一方的なバイアス(先入観)に囚われているようにも感じました。
おそらくその原因は,ゴミ箱に精液が付着したディッシュを徹が見つけたからのようです。
その日から徹は不信感を持つようになったようですね。
そんなある日,「恵が水城の勤務場所の屋上から飛び降り自殺した」という一報が入ります。
「徹さんへ もう疲れてしまいました あなたを許しません」
という遺書をテーブルに置いて。そもそも我茂と水城は大学時代からの同級生で,咲枝と恵はその後輩。それぞれが結婚し,子供ができたのです。
仲がよかった我茂家と水城家は,咲枝の死で徐々にバランスが崩れてしまうようでした。
ただ,亜紀は以前から父親に対して不信感を持っているようでもありました。この水城徹だけでなく,我茂洋一郎には何かしら秘密があるような気がします。
我茂洋一郎は「ハルシオン」という睡眠薬を服用しています。
水城も「クロルプロマジン」という,精神を落ち着かせ,手の震えや身体のふらつきを抑える薬を飲んでいます。
飲み始めたのは「幻覚」を見るようになったかららしいですね。
ん~,彼らには何か秘密がありそうな気がするんですよね。
最近のことなのか,それともずっと過去のことなのか。。。
ここで田地という教授が登場します。彼は我茂と水城の大学時代の恩師です。現在でも上司と部下の関係のようです。
この田地も二人のことを心配しているようにも思えます。田地が何か二人の秘密を知っているようです。それが何かはまだ明かされません。
ある日,凰介は「Capgras syndrome」カプグラ・シンドロームという紙が父親の机に置かれているのを見つけます。
カプグラ・シンドロームとは,「近親者が瓜二つの偽物と入れ替わってしまう妄想」のことらしいです。
ここで凰介は何かを感じたようです。「また父親は以前のようになってしまったのか」と。
そして上司である田地に相談することにするのです。大学病院へ田地に会いに行く凰介。
「やはり,以前のようになってしまったのか。。。」という言葉を発する田地。やはり田地は何か知っているようです。過去に何があったのか。
凰介は田地から父親を連れてくるように言われるのです。
田地は洋一郎にも伝えます。「私のところに来るように」と。
凰介が父がいない時にパソコンを操作していると,衝撃のものを発見します。
遺書と同じ文章を洋一郎のパソコンの中から見つけたのです。
なぜ,遺書の原稿がここに打ち込まれているのか。洋一郎の病気と関係しているのか。洋一郎は田地のカウンセリングを受けることになります。そこで洋一郎は訴えます。
「私は医者である。自分の精神状態くらいは自分で把握していて,おかしなところはない」
さらに「おかしいのはあんただ!」と田地に言うのです。
しかし田地は衝撃の事実を伝えます。
「君はこの大学のただの清掃員だ。医者でもなんでもない」
えっ? 医者じゃない?これまで医者だと思っていた洋一郎はただの大学病院の清掃員だったのです。
この妄想こそが洋一郎の病気だったのでしょうか。
そしてさらに洋一郎は水城と会って話をします。洋一郎は水城にこう言うのです。
「お前は研究員ではない。お前は大学の清掃員なんだ」
一体,彼らは過去にどんなことがあったのか。
自分が精神科医であることを信じる洋一郎は水城と向かい合うのです。
もう,訳が分からなくなってきました。一体何が本当で偽りなのか。
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真実はこうです。実は田地は16年前,担当していた患者が退院後に人を殺害してしまったらしいのです。
精神科医として歩み続けたことを後悔し,一人悩み続けていたのです。
その姿を見た洋一郎は精神科医となる道を断念したのです。洋一郎は強い恐怖を感じていたようです。
洋一郎は機械メーカーに就職し,そこで咲枝と結婚します。
しかし三年前,洋一郎は心の病に罹り,会社を辞め大学の清掃員として働いていたのです。これには僕自身も先入観で「洋一郎は医者である」とばかり思っていました。
ここで「シャドウ」が出てきます。
つまり洋一郎は三年前の状況が再び自分に起き,現実逃避したくて,その姿を友人の水城に投影したのです。
この投影こそが「シャドウ」です。しかし後述しますが,これが本当のシャドウではありませんでした。
一方,凰介は亜紀とともに,恵の自殺現場へ向かいます。
実は亜紀は母親と一緒に自殺つもりでした。しかし途中で「生きたい」と思った亜紀は屋上の柵を握りしめます。
片手で柵を握りしめ,もう片方の手でかろうじてハチマキで繋がって宙に浮いている状態の母親恵。
しかし恵から「切りなさい」と言われます。そしてとうとう切ってしまうのです。遺書は亜紀が父親へ向けて打ったものでした。警察にバレないために,洋一郎のパソコンを使用したのでした。
そして衝撃の告白をするのです。実は亜紀は田地に性的な暴力を受けていたようです。
「田地先生を殺す」そう話す亜紀に凰介は衝撃を受けます。
そこに田地がやってきます。恵が亡くなった現場に。
亜紀を護りたいという凰介は田地を突き落とそうとします。
その時でした。何と洋一郎が現れるのです。驚く凰介。
「生きなさい」と言う洋一郎。
田地を突き落とす洋一郎。なぜ洋一郎は田地を殺したのか。
最初は病気が再発したことを知られたくない,それを知っている田地を殺害しようとしたのだとばかり思っていました。違いました。
洋一郎にはどうしても許せないことがあったのです。それは死の床にあった咲枝のことです。
実はこの田地,大学病院で何もできない死の床の咲枝を性的に襲ったのです。
そう,全ての悪の根源はこの田地だったのです。洋一郎はこの時を待っていたようでした。
「必ず,恵の事件現場にやってくる」と。
では洋一郎はどうやって性的暴力の事実を知ったのか。
それは咲枝が告白したからです。その時の洋一郎の気持ちを想像すると。。。想像を絶します。
田地自身も不遇な環境で育っていたのです。両親が傷害事件を起こし離婚し,普通の家庭環境で育たなかったということです。
男女間の愛情というものを理解できぬまま育った田地。だとしても許せないことです。
そして最後の衝撃の事実。
実は洋一郎は,病気が再発したように装っていたのです。
つまり洋一郎は,自分自身に偽りの姿を投影「シャドウ」していたのでした。
は~,なるほど,そういうことか。。。。これが本当のシャドウだったとは。。。
仮に逮捕されたとしても,精神鑑定で無罪になる。いや裁判すらないかもしれない。
洋一郎はそこまで考え,田地殺害を計画していたのでした。
これが義理の姉に宛てた,洋一郎最後の「手記」でした。現在の日本では,精神に障害があると判断された犯罪者に対して裁判が行われるのは15%ほどだそうです。
残りの85%は不起訴となり,裁判さえも行われない。
責任能力の有無を判断する裁判官,そして起訴する検察官に精神医学の知識があるわけではない。
この85%はそういう意味なんだそうです。つまり有罪にはできないということ。
それにしても,一人の人間の私利私欲のために周囲の人間の人生をも翻弄した真犯人を許すことはできないです。
今回登場した我茂父子と水城父娘が,これから新しい人生を送ってくれることを期待したいと思います。
● 「シャドウ」の意味がとても深かった
● 最後の洋一郎の「手記」で明かされる真相に驚いた