伊坂幸太郎先生の2019年に出版された作品です。
「クジラアタマの王様」というタイトルが意味深ですよね。
「これ,どういうことなんだろう」と思いながら書店で手にしました。読んでまず思うのが,ストーリーに関係する一部分が「漫画」として挿入されていることです。
いつも驚かされるのは「新しい試み」を作品に織り交ぜるところでしょうか。
時々挿入される漫画を描かれたのは「川口澄子」先生です。
「あとがき」でも書かれていますが,伊坂先生が「これだ!」と,イメージとピッタリ合う絵を描かれる方だったようです。
一体,小説の中に「漫画」が挿入される意図とは何なのか。
ストーリーに入り込めるのはもちろんですが,この「漫画」との微妙なバランスがとても面白い作品になっています。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 菓子メーカーのクレーム対応
3.2 現実と夢がリンクする
3.3 「勇者」となった岸
4. この作品で学べたこと
● 伊坂先生が「チャレンジ」した作品とはどんなものか知りたい
● 時々挿入される「漫画」が何を意味するのかを知りたい
● 本作品の意図と結末を知りたい方
記憶の片隅に残る、しかし、覚えていない「夢」。自分は何かと戦っている?――製菓会社の広報部署で働く岸は、商品への異物混入問い合わせを先輩から引き継いだことを皮切りに様々なトラブルに見舞われる。悪意、非難、罵倒。感情をぶつけられ、疲れ果てる岸だったが、とある議員の登場で状況が変わる。そして、そこには思いもよらぬ「繋がり」があり……。伊坂マジック、鮮やかなる新境地。
-Booksデータベースより-
1⃣ 菓子メーカーのクレーム対応
2⃣ 現実と夢がリンクする
3⃣ 「勇者」となった岸
主人公の岸が勤務するのは菓子メーカー。妻と平凡で幸せに暮らしていました。ある日,その菓子メーカーに事件が起きます。
製造している菓子の中に「画鋲」が入っているというクレームが入ったのです。
ここで「がびょーん!」って書かないところがさすが伊坂先生です。メーカーにとって,この手のクレームは大打撃ですよね。下手をすれば経営もぐらつきそうです。
事実確認を急ぐ岸でしたが,クレームがマスコミにも広まってしまい,会社は大打撃を受けてしまいます。
事実かどうかも定かではない状況でマスコミが動くととんでもないですよね。
事実であることを認めてしまえば叩かれるし,そうでなくてもそんな報道されれば視聴者は信じてしまいますよね。
そしてとうとう「ネット炎上」にまで発展します。ところがこの事件,実は事実ではなかったことが判明します。
クレームをしたのは池野内という女性でした。実は彼女は政治家の池野内議員の妻でした。
自分の子供が誤って画鋲を飲み込んでしまい,とっさに「菓子に混入されていた」とクレームの電話をすることを思いついたというのです。
政治家の妻だけに,夫に怒られるのが怖かったのでしょうか。
岸の精力的な行動のおかげで,クレームは一応終息したようです。それにしても,事実無根でこんな事件にまで発展するから,世の中の多くのメーカーは大変なんでしょうね。
そんな時に,岸の元に意外な人物から連絡が入ります。政治家の池野内でした。クレーム妻の夫が岸と会うことになったのです。
なぜこのタイミングで。。。って思いますよね。
しかしこの池野内,実はかなりの人格者のように映りました。
素直に「画鋲混入事件」のことを詫びます。岸もかなり良い印象を持っているようでした。
ただ突然,思ってもないことを言い始めます。「私は夢の中であなたに会ったことがある」と。
ここで一匹の鳥の話が出てきます。「ハシビロコウ」です。聞いたことありますか? 僕自身は初めて聞きました。ハシビロコウとは,
「ペリカン目 ハシビロコウ科 ハシビロコウ属に分類されるペリカンの仲間」
だそうです。大きな嘴が特長で,何やら恐ろしい雰囲気の鳥です。
時々,漫画が挿入されるという話をしましたが,そこにこのハシビロコウが登場するんです。
岸は何となく「既視感」を感じます。どこかで見たことあるような感覚。
その夢の中に,ハシビロコウだけでなく,岸や池野内議員も登場するのです。
つまり「漫画」自体は,彼らが寝ている間に見る「夢の中」の話だということがわかります。
そしてさらに衝撃的なことが。。。
「以前,ホテルで火事になった時にいませんでしたか?」実は岸も池野内議員もその日,同じホテルに宿泊していたのです。そして避難しました。
池野内議員はもう一人夢に出てくるという話をします。それは意外な人物でした。
夢に登場するもう一人の人物。それはテレビでも登場する人気ダンスグループの小沢ヒジリでした。実は彼はたまたま岸の菓子メーカーのクレームのあった菓子が大好きで,岸の会社もCMに起用してイメージアップを図ろうとしていました。
何と,かつて小沢も同じ日にホテルにいたようなんですね。
何か菓子のクレーム,菓子のイメージアップで繋がるなど,共通項を見つけた三人は急速に仲良くなりました。
人と人とのつながりって,意外とこういうもんなのかもしれないですね。
そして「ハシビロコウ」という鳥にも小沢は反応します。やはりこの三人,たまたま出会っただけではないようです。
夢の中でも,池野内議員は紐で吊るされた「WANTED」のような多くの顔写真の中から,岸と小沢らしき人物を選んでいます。
何やらドラクエの勇者が仲間を連れて敵と戦うような感覚です。「もしかしたら、夢の中でチームを組んでいるのかもしれませんね」
小沢自身もそんなことを話し出します。
岸は小沢のイベントに参加することになりました。
「サンファンランド」という,東北の埋め立て地でのイベントに,新幹線で岸,岸の妻,岸の上司の栩木係長とその息子で向かうことになるのです。
そこではサーカスが行われていました。サーカスと言えば,空中ブランコとかピエロの演技などをイメージしますが,いろんな猛獣をあやつることもありますよね。
楽しんでいた岸たちにとんでもないことが起こります。
急に雷雨が降り出し,落雷が会場を襲うのです。
完全に行き場を失う岸たち。何とか帰ろうとするも,駅にすら辿り着くことができません。
岸たちは空いていたキャンプ場のコテージに泊まることにしました。
そこには取り残された小沢ヒジリも一緒にいました。しばらく安心と思いきや,また大変なことが起こります。
サーカスから逃げ出してきたのか,ツキノワグマやトラが岸たちを襲うのです。
調教師もいない状況で,狂暴な動物たちを相手にしなければならなくなった岸たち一行。
必死で抵抗します。しかし猛獣たちの攻撃にはかないません。万時休すかと思われましたが,ここで心強い味方が現れます。
池野内議員がヘリコプターに乗ってやってきたのです。
これに驚いたツキノワグマやトラたちは撤退していきました。
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ここで一つ気づいたことがあります。夢の話です。
実は「漫画」で挿入されいている夢の部分の結果がそのまま現実となって起こっているのではないかということです。
つまり,夢の世界で敵と戦い,勝たなければ現実も悪い方向へ向かっていくのではないか。
そのために伊坂先生は漫画の挿入を思いついたのかな,と。そして話は15年の歳月が経った後の話に移ります。その時代は,岸に関係する人々に多くの災難が起こっていました。
まず池野内議員。違法献金が疑われ,マスコミの標的になっていました。
そしてさらにインタビュー中に何者かに襲撃され,意識不明の重体になってしまいます。
世の中では「鳥インフルエンザ」が大流行していました。
鳥インフルエンザが人間にも感染するのだという衝撃が走ります。岸の娘も感染してしまいました。そしてあの小沢ヒジリも。
岸の仲間たちが次々と倒れていくのです。
これは「夢漫画」にも現れています。やはり夢と同じようなことが現実でも起こっている様子。
この鳥インフルエンザを終息させなければならないと考えたのは,池野内議員の元妻でした。
製薬会社に掛け合って「ワクチン」と「治療薬」を国民に配布するということ。鳥インフルエンザ vs 日本国民。
あれ? ひょっとして,この鳥インフルエンザの猛威はあの「ハシビロコウ」の企みなのではないか? と思うようになります。
なるほど,ハシビロコウは実は
「自分の天敵を人間たちにやっつけさせて,天敵がいなくなった段階で最後は自分自身が人間を攻撃する」
そんなことを考えていたのだと気づかされます。
ワクチン,治療薬の存在を国民に伝えようとする岸。しかしそれを阻もうとする者。
その悪党たちに,岸は左肩を撃たれてしまいます。
意識が薄れていく中,岸はあの「夢」を見るのです。
確かに敵は「ハシビロコウ」のようです。次々とハシビロコウから攻撃を受ける岸。
しかし最後の最後に力を振り絞ります。そしてとうとうあのハシビロコウを撃退することに成功するのです。というのが夢の中の話。現実でも同様になっていきました。岸を襲った暴漢の意図は
「海外の製薬会社とつながっていて,国内のワクチン・治療薬の貯蔵庫を破壊しよう」
としていたことが明らかになります。
岸という男は,本作品の「勇者」だったのではないかと思います。
ちなみにハシビロコウはラテン語で「クジラアタマの王様」という意味だそうです。
「Whale-head Stork」(Storkはコウノトリという意味)
タイトルの真の意味を知り,納得しました。
本作品では,現実の世界と夢の世界がリンクしていて,夢の世界を「漫画」を使用して表現するという画期的なものでした。
勇者である岸の元に,池野内議員や小沢ヒジリなどが岸をサポートするという,いわゆるロールプレイングゲームの「パーティー」を組んでいたというイメージのように思いました。
読んでみて初めて本作品の奥深さを感じずにはいられませんでした。
伊坂先生の発想力,そして行動力にはいつも感心させられます。
小説を描く側としては誰もやったことがないことにチャレンジするということも大切なのかなと思いました。
例えそれが失敗したとしても,チャレンジするということに意味があると。そして,チャレンジしないと何も変えることができないと。
それが岸のキャラクターとリンクしていて,読んでいて本当に面白かったし,試行錯誤して描いた伊坂先生の力を改めて感じることができた作品でした。
本当の勇者は,本作品のストーリーを描いた伊坂先生なのかもしれませんね。
● 人と人との繋がることで大きなことを成し遂げることができるということ
● 活字と「漫画」という,かつてないアイデアの作品の面白さ
● 鳥インフルエンザだけでなく,コロナ禍をも連想させられる話だった