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【カインの傲慢】中山七里|臓器移植をテーマにした作品

カインの傲慢

本作品は以前ブログでも書いた「犬養隼人」シリーズです。あの時の「平成の切り裂きジャック」と恐れられた犯人の目的は「臓器移植」に関することでした。今回は少年や青年たちの遺体から臓器が抜き取られているという,また恐ろしい話。やはりテーマは「臓器移植」です。

シリーズの2作目の「ドクターデスの遺産」は2020年に刑事の犬養役が綾野剛さん,高千穂役に北川景子さんで映画化されましたが,本作品の映像化はまだのようです。作者の中山七里先生は本当にいろんな話を作り出すんだなと感心します。

一体,今回の犯人は誰で,何が目的なのか。一気読みでした。是非,読んでみてほしいと思います。

こんな方にオススメ

● 本作品の連続殺人事件の真の目的が知りたい

● 臓器移植,貧困について考えてみたい方

作品概要

臓器を抜き取られ傷口を雑に縫合された死体が、都内で相次いで発見された。司法解剖と捜査の結果、被害者はみな貧しい環境で育った少年で、最初に見つかった一人は中国からやってきたばかりだと判明する。彼らの身にいったい何が起こったのか。
臓器売買、貧困家庭、非行少年……。いくつもの社会問題が複雑に絡み合う事件に、孤高の敏腕刑事・犬養隼人と相棒の高千穂明日香が挑む。社会派×どんでん返しの人気警察医療ミステリシリーズ第5弾!
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

犬養隼人・・・主人公。警視庁捜査一課の刑事

高千穂明日香・・・犬養の部下で,女性刑事

長束・・石神井署の強行班係の警察官

本作品 3つのポイント

1⃣ 事件の特徴とは

2⃣ 連続殺人事件の共通点

3⃣ 真犯人とその目的とは

事件の共通点とは

ある雑木林の近くで犬の散歩をしていた一人の老人。愛犬が急に走り出し,その方へ向かっていくとそこにはとんでもないものが。。。何と遺体があったのです。しかも腹部から臓器が抜き取られていました。

これ,シリーズを読んでいる方は「あの切り裂きジャック復活?」って思ってしまうかもしれませんね。臓器はなくなっていましたが,その後,かなり雑な縫合がされています。この辺りが切り裂きジャックの時と違うところでしょうか。

ここから犬養とその相棒である高千穂という女性警官が担当します。遺体の近くには石神井署の強行班の長束という警官が来ていました。さらに調べていくと意外なことがわかります。臓器は全摘出ではなく,肝臓が半分だけ持ち去られていたのです。

肝臓の摘出

肝臓は肝機能が良好の場合、全体の70%を切除しても残りの30%があれば、元の大きさまで再生します。

肝がん(肝細胞がん)の治療で肝切除術を行う場合、どこを、どのくらい切除するかということが、術後の予後に大きく影響します。

-先進医療.NETサイトより-

なるほど,半分摘出しても,長い時間を経過して肝臓は元に戻るというわけですね。しかし,今回の事件の被害者は,摘出されてしばらくしてから亡くなっているようです。その後に雑木林に埋められたと。

犬養たちは長束とともに捜査を始めます。長束はある非行グループのいる場所へ行きます。
何か心当たりがあるのでしょうか。この非行グループたちが事件に関わっている? 犬養は「臓器移植が動機なのではないか」と考えます。やはりあの<平成の切り裂きジャック>のことが頭から離れない様子。

臓器移植には,臓器を提供する「ドナー」と,その臓器移植を望む「レシピエント」がいます。犬養はこの「レシピエント」,つまり臓器を提供される側に犯人がいるのではないかと疑っているようです。ということは,殺害された少年がドナーだったと。でも何か違和感あります。

犬養のパートナーの高千穂は,少年がとても痩せていることを気にしていました。
親から虐待を受けていたのか,それとも家が貧しかったのか。高千穂は多くの学校やフリースクールから聞き込みを行いますが「行方がわからなくなっている少年」が誰なのか,たどり着けません。

高千穂はある場所にも調査を依頼していました。それは「出入国在留管理局」です。それが功を奏します。ある少年の顔写真がここで管理されていました。

出入国在留管理局とは

外国人や日本人の出入国審査を始め、日本に在留する外国人の管理、外国人の退去強制、難民の認定及び外国人登録に関する事務を行っています。

-男女共同参画局サイトより-

そうなんです。遺体の少年は日本人ではなかったのです。何と,王建順という中国人でした。そりゃいくら探してもなかなか見つからないわけです。管理局の男性が,この少年と一緒にいた男がいることを教えてくれました。

この男,一体何者なのでしょうか。

連続殺人事件の共通点

高千穂は,殺害された王(ワン)という少年の故郷である中国の長沙市へ向かいます。そして王の母親に「息子が亡くなったこと」を告げます。当然母親は悲しみに暮れるのです。しかし,高千穂が問い詰めていくと,話は思わぬ方へと向かいます。母親は息子を養子縁組出していました。それは家が貧しいからという理由です。その時に仲介したのが馬瀬賢市という男性で,日本には周明倫という名前で入国しています。

少年の母親は彼の名刺も持っていました。高千穂が「養子縁組に出して,いくらもらったんですか」と単刀直入に言うと,母親は掴みかからんばかりの勢いで怒り出します。そう,母親はこの取引が「臓器移植」に繋がるものだと,母親は知った上で建前上「養子縁組」に出したと言っているわけです。養子縁組のサポーターではなく「臓器ブローカー」なる者が存在するわけです。

臓器移植のドナー数

アメリカでは、人口3億3200万人に対して年間約1万4000人が死後に臓器提供しており、臓器移植件数は約4万件です。

一方、日本では人口1億2000万人に対して、死後に臓器提供する人は年間100人前後(臓器移植件数は600件程度)となり、アメリカやヨーロッパの諸外国等と比較しても格段に少ないのが現状です。

-日本臓器移植ネットワークサイトより-

アメリカの次にドナーの数が多いのが中国だそうです。つまり中国はアメリカとともに臓器移植大国であると言えるのです。日本は死刑囚になる割合がかなり低いですが,中国は日本では考えられない犯罪で死刑の判決を受けることが多いとのこと。つまり,その死刑囚が亡くなる前に臓器を提供させるということなのです。国が違えば,法律や考えや価値観が異なるわけですね。

そんな中,新たな事件が発生します。日本人の小塩雅人という少年が,肝臓を半分抜き取られ,殺害されていたのです。これは「肝臓ドナー」を狙った連続殺人事件なのか。。。

雅人少年の母親はそのことを知り,悲しみに暮れます。しかし,この母親,そして離婚した父親とともに借金をして自己破産までしていたようなんですね。何か王少年の事件と同じ匂いがします。

またさらに同様の事件が発生します。与那嶺照生という少年が遺体となって発見されたのです。実はこの照生は,警官である長束の知り合いでもありました。照生の親も借金を抱えていました。この一連の流れを見ると共通点は臓器を抜き取られているということですが,その原因になっているものがあるような気がします。

それは「貧困」です。つまり,貧困層と言われる人たちはたくさんいて,人身売買に入り込んでしまう人々が存在するということです。いくら貧しいからといって,自分たちの生活のために自分の子供をそんなことに巻き込むなんて。。。ちょっと信じられません。

そして,さらに事件は続きます。救急車で東朋大学附属病院へ運ばれた少年が,忽然と姿を消します。どうやらストレッチャーごと別の場所へ運ばれたようです。
そしてある住宅街で,新聞配達員によってこの少年の遺体が発見されるのでした。

一体この事件,真犯人は誰で,どんな動機があるのでしょうか。

真犯人の真の目的とは

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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東朋大学附属病院には,劉浩宇という中国人が在籍していました。劉は,照生の葬儀の時に,近くから様子を伺っていた人物です。葬儀に潜入し,犯人が現れないかと監視していた犬養は,この劉の存在を知ります。彼は何かを隠している様子でした。ところがこの劉が何者かに殺害されたのです。

この東朋大には何かがありそうです。そして犬養たちは,あることを突き止めます。劉は,ある人物の推薦によってこの大学へ入学することになったのです。その人物は大学病院の医学部長の座間昇平でした。犬養は大学の事務局長である田神という男から事情を聞きだそうとしますが,この田神がなかなか真実を言おうとしません。

やはり,この座間という医学部長がキーとなりそうな予感がします。犬養はあの手この手で田神を追い詰め,とうとう座間と対面することに成功します。犬養は座間と5分間だけという約束で会います。座間は何かを隠していると感じる犬養ですが,座間もただものではないわけです。大学病院の医学部長ですから。そう簡単には犬養の脅しには乗らないわけです。

もう話すことはないと思った分けれ間際に犬養は切り札を出します。実はこの座間には息子がいて,かつて飲酒運転で逮捕歴があったことを伝えます。ところがこの事件が「不起訴」になったらしいのです。表情が一変する座間。

検察をも動かす力がこの座間にあるとは思えないので,もっと大きな存在がバックにあるのではないか。犬養には心当たりがあるようです。おそらくそれは東朋大学の理事長である陣野荘平です。東朋大学自体は「東朋グループ」というコングロマリットの一部です。そのグループを統括する人物が陣野でした。

コングロマリットとは

異なる業種や産業に属する複数の企業が経営統合を行い、1つの大きな企業グループを形成することを指します。さまざまな事業分野に展開することで、リスクを分散し、収益の安定化を図ることができます。

また、異なる業種や産業の企業が経営統合を行うことで、相乗効果を生み出し、競争力を高めることも期待されます。

-日本M&Aセンターサイトより-

以前,新潟の大きな学校法人グループの見学へ行ったことがありました。そこには幼稚園,小学校,中学校,高校,大学,専門学校,そして多くの業種を持つ企業など,生まれてから定年退職するまで同じグループに属するという人も世の中にはいるということを知ったことを思い出しました。

取り次いでもらえない犬養は,陣野が通っている歯医者に張り込んで,直接アプローチしようと試みるわけです。そして現れた陣野。さすがコングロマリットの統帥は老獪でした。犬養は臓器移植の話を持ち出しますが,ことごとく跳ね返されます。さすがは統帥と言われるだけのことはあります。生きている世界観んが全く違いますから。

さらに陣野は「カイン」の話を持ち出します。

アベルとカインとは

エバは長男カインと次男のアベルを産みました。カインは農作を仕事とし、アベルは羊飼いになりました。カインとアベルはそれぞれに神に献げ物をしました。カインは農作物を、アベルは肥えた羊の初子を献げました。しかし、神はアベルの献げ物しか受け取りませんでした。その事に激怒したカインは、アベルを殺してしまいます。神はカインにアベルの居所を聞きましたが、カインは知らないと嘘をついてしまいます。

神は言いました「お前は呪われる者となった、アベルの血をすった大地は二度とお前のために実りをもたらすことはないだろう」

カインは言います「神よ私の罪は重すぎて背負いきれません、人は皆、私を殺しに来るでしょう」

神は言いました「殺させはしない、お前を殺そうとするものは、7倍の復讐を受けるであろう」

エデンの園の東にあるノド(さすらい)の地に追放されたカインは、ノドの地で子孫を増やしていきました。

-画家楽生活サイトより-

なるほど,カインとは旧約聖書に登場する人物だったんですね。臓器移植を受けているのは陣野なのでしょうか。彼は不老はある意味祝福である,というような意味深な発言をします。まるでカインの末裔であるかのような陣野。今回の事件を起こしたのは彼なのか。

犬養たちは,王少年を連れてきたとされる周明倫を捕まえました。犬養は周に「王少年を連れてきたのはお前か」と詰め寄りますが,周は否定します。ところが周の指紋と,中国で高千穂が受け取った馬瀬賢市の名刺に残っていた指紋が一致したことを告げられ,周は動揺します。

それでも白を切る周に,犬養は最終通告をします。周の身柄を中国へ引き渡すというのです。こうなると日本で裁かれる以上に厄介なことになると判断した周は,今回の事件に関わったことを認めます。

そして誰からの依頼で彼は臓器ブローカーとして動いたのか,白状します。その人物とは,あの座間でした。少年たちの肝臓を摘出したのは座間でした。その後それがバレないように,劉に縫合させていたわけです。何とも恐ろしい座間医師。

警察に関わってしまった劉は,何者かに殺害されました。それは座間ではありません。劉を絞め殺した時に,劉の爪には,あるジャンバーの繊維が付着していました。しかもそのジャンバーは,警察官が着用する特殊な物でした。ということは。。。

それは何と警察官の長束でした。彼と座間にはつながりがあったのです。やはりここでも大どんでん返しがあったか。。。臓器を取り出すために,何も罪もない少年たちを身勝手な大人たちが犯罪を犯すという悲しい結末でした。

臓器移植というテーマの作品って,結構あるような気がします。これまでその類の作品を何冊か読んできました。

一番覚えているのは東野圭吾先生の「人魚の眠る家」でしょうか。あの話で思い出すのは,難病を患う自分の娘を助けたい母親が,娘の命ある限り,懸命に介護するシーンです。特に最後のシーンは考えさせられるものがありました。この作品も是非読んでほしいと思いますが。。。

今回の作品は,多くの大人たちの都合で少年たちに魔の手が及ぶという話でした。臓器ブローカー,手術した医師,彼らに情報を提供した者など,傲慢な大人たちの私利私欲のために少年たちが犠牲になるという,本当に考えさせられる作品でした。

この作品で考えさせられたこと

● 日本での「臓器移植」の現状について考えさせられた

● 貧困というものが意外なところに波及するということ

● 事件に関係する人物は,それぞれ自身の意図があって動いているということ

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