みなさんは「エンジェルフライト」という言葉は何を意味するのでしょうか。
フライトは「海外へ旅立つ」などの「flight」ではないです。「貨物」という意味を持ち,「freight」と書きます。
国際霊柩送還士。その名の通り,日本以外で亡くなった方々を受け入れるための仕事です。
その理由は様々です。戦争に巻き込まれてしまう人もいれば,ただ旅行へ行って事故や事件に遭ってしまったという人もいます。
そんな大変な思いをしながら亡くなった人々を海外から受け入れ,家族の元へ送り届ける仕事をこなす人たちがいるということ。
逆もあります。日本で亡くなった外国人を,母国へ送り届けることも。
本作品を読んでいけば,その言葉とは裏腹に,実はとてつもなく過酷な仕事のことであると気づかされます。
2022年には米倉涼子さんが主演でドラマ化されています。
原作は佐々涼子先生のノンフィクション作品です。国際霊柩送還士の仕事のイメージが脳内に強烈に入ってくることでしょう。
世の中には僕自身も知らない,過酷な仕事がまだまだあるのだと考えさせられた一作です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 国際霊柩送還士の仕事
3.2 エアハースへの新入社員
3.3 災害とエアハース
4. この作品で学べたこと
● 「国際霊柩送還士」の仕事を知りたい
● エアハース社の社員が遺族にどう向き合っているのかを知りたい
● 「国際霊柩送還士」の苦悩・過酷さとは何かを知りたい
国境を越えて遺体を家族のもとへ送り届けるのが国際霊柩送還士の仕事。日本初の専門会社で働く人々と遺族の取材を通して、筆者は人が人を弔うことの意味、日本人としての「死」の捉え方を知る。第10回開高健ノンフィクション賞受賞作
-Booksデータベースより-
1⃣ 国際霊柩送還士の仕事
2⃣ エアハースへの新入社員
3⃣ 災害とエアハース
正式には「エアハース・インターナショナル株式会社」という企業で働く木村利恵。
川崎慎太郎という社員と共に,海外で亡くなった日本人を受け入れるところから話は始まります。
作品の冒頭から衝撃的な事実を目の当たりにさせられます。
自分の家族がもし海外で亡くなってしまったら。そんなことを考えたことは全くありませんでした。
もし本当にそれが現実になったら。実はこの国際霊柩送還士という方々が遺族の遺体を受け入れてくれているのです。
しかし,ただ受け入れているわけではないのです。
「エンバーミング」という言葉を聞いたことありますか? 聞いたことあるようなないような。
つまり,受け入れた遺体を保存し,防腐・殺菌・修復することをを目的に,専門の資格を有する「エンバーマー」が行った遺体に対する特殊な処置のことを指すそうです。遺体は適切に処置をしなければ腐敗してしまいます。実際,何の手も施すことなく,ただ海外から遺体が送られてくるケースも多いようです。
また,飛行機で送るとなると,気圧の関係で遺体から腐敗した液体が漏れてくるわけです。
海外で適切な処置が行われて送られる場合もあれば,見るにも耐えない状態で羽田空港へ送られてくる場合もあるのです。
遺体を生前の時のような姿に施し,遺族へ引き渡すこと。それがエンバーミングというわけです。
故人の気持ちや遺族の気持ちは誰にもわからない。でも,何も処置がされない状態で対面するにはあまりにもショックだと思います。
処置を施すということは,本来の姿ではない姿に変えるということですから,そこに対して批判する人々もいるのは事実だと思います。
それでも木村利恵たちエアハースの面々は,最高の形でエンバーミングを行い,遺族へ引き渡す。
その気持ちが遺族に伝わり,遺族から感謝の声をもらえることがこの仕事のやりがいなのかなって思います。
遺族と二度と会うことはない,と話す利恵ですが,かつての遺族とのつながりがあることもあるということがそれを物語っているのではないでしょうか。
葬儀屋のように,遺体を葬儀場へ運び入れ,さらに荼毘に付すという仕事があるのは誰でも知っていると思いますが,利恵たちがやっている仕事はさらに特別なのかなって思います。
1984年に映画化された,伊丹十三氏の「お葬式」もエンバーミングの一種なのでしょうが,利恵自身は「あんなキレイなものではない」と断言しているくらいですから。
ただ利恵が今の仕事をしているというのは,元々は葬儀社で働いた経験があったからのようです。
エンバーミングを行い,遺族に感謝される。そして海外からの遺体のエンバーミングを通して,会社を設立したとのことです。
海外ではすでに行われていたことではありますが,日本で立ち上げようと考えた利恵には頭が下がります。
冒頭で川崎慎太郎という社員の話をしました。彼は有名大学在学中にこの「エアハース」への入社を希望してきたそうです。
利恵は「変わった子だな」と思ったそうです。これまで何人もの若者がエアハースに入社を希望してきたそうなんです。
しかし海外から送られてきた遺体,腐敗していたり,形をとどめていなかったりする遺体を見て,逃げ出す若者の方が多かったようです。
利恵が「この子なら」と期待をして鍛えた若者が3ヶ月も経てば辞めてしまう。
毎晩のように遺体のイメージが夢に出てくるという若者もいたようです。
そのくらいこの仕事は体力的にも精神的にもハードな部分が大きいのです。
単なる「お葬式前の準備」を想像している人にとってはあまりにも過酷だということでしょう。
それでも残った一人が慎太郎なのです。
「ご遺体の処置に興味があるんです!」
これが彼の志望動機ですが,これまで多くの若者がチャレンジしては辞めていったという経験があるので,当然利恵は慎太郎を試します。
「在学中に研修にきてみて,それでもやれそうなら,正社員にします」
確かに仕事に興味があるというのが第一条件ではあると思いますけど,そんな単純ではないというのは先ほど書いた通りです。
慎太郎は利恵の期待に応え,仕事を続けることができたのでした。そんな慎太郎にも衝撃的なものを目にすることになります。
羽田空港や成田空港に貨物として届く遺体。
もちろん「柩」に入れて送られてくるものだと思いますが,ある日,貨物の中に「タッパー」に入った遺体を目にしたのです。
人がタッパーに。。。それは一度や二度ではなく,よくあることらしいのです。
そんなタッパーに入った遺体を車で運ぶときに慎太郎が感じたのは
「死とは『すぐ隣にあるもの』」だということです。
確かに,自分が明日必ず生きているとは限らないですよね。みんな明日があると思って生きている。
「死」とは非日常だという人もいます。しかしそれは幻想なのだと。
いろんな形で送られてくる遺体。最上級のエンバーミングを施すエアハース。
「遺体をこんなにキレイにしていただいて。。。」遺族から感謝の言葉をかけられ,また利恵や同僚に支えられ,だからこそ慎太郎はこの仕事を続けていられるのだろうなと思います。
海外に旅行へ行った人,海外に仕事で行った人。そんな人々が不運な事件や事故で亡くなり,それを受け入れるエアハース。
しかし,エアハースが処置するのはそれだけではありません。
実は「災害」とも無縁ではないということです。
2004年12月26日。スマトラ島沖でマグニチュード9.1の巨大地震が発生した「スマトラ沖地震」です。
死者および行方不明者が約30万人という大災害。
インドネシア,インド,スリランカ,タイ,ミャンマーなど,多くの国が被災しました。
そこには当然多くの日本人もいたのです。40名もの日本人が亡くなった大震災でした。
航空便で次々と送られてくる日本人の遺体を処置するのもエアハースの仕事です。
「風が吹く」と本作品では表現していますが,死者が出てくる時期や地域というのは集中するらしいです。
つまり,ある地域で死者が出れば,なぜかその周辺で死者が続出する。そうなるとエアハースの面々の仕事も増加する。
「死」という現実を受け止められる人,逆に受け止められずに取り乱す人。
そんな人々と直接向き合う利恵率いるエアハースの社員たち。
逆のケースもあります。2011年3月11日。そう「東日本大震災」です。
被災者は日本人だけではない。当然その中には海外から旅行に来ていた人々,東北に住んでいた人々もいたわけです。
例えば宮城県内の体育館に並べられた遺体を搬出する仕事をするのもエアハースです。さらに外国人であれば,海外へ送り返すという仕事もエアハースの仕事なわけです。
「悲しんだり,衝撃を受けたりということはない」
という言葉が印象的です。そんなことを考えている状態ではなかったということでしょうか。
何十年も毎日のように遺体を見つめてきたエアハースの社員にとって,ショックという言葉はないようでした。
まずは目の前の遺体をどういう順番で搬出していくか,どういう手順で作業をしていくのか。そのことで頭がいっぱいだったんですね。
さらに衝撃だったのは,海外の国々が遺体を受け入れない場合があったという事実です。
東日本大震災では,福島原発が津波により被災し,大量の放射能が漏れた事故がありました。つまり「放射能を浴びた遺体は受け入れられない」というのです。
ただでさえ震災で搬出ルートの確保が難しい中,遺体を受け入れられないという事実には本当に衝撃でした。
「死」を迎えた人々,それをエンバーミングという手法によって遺族へ遺体を渡す人々。
遺族がエアハース,国際霊柩送還士に対して感謝の気持ちを述べる姿を思い出しながら,人の最期をどう扱うべきなのかということを考えさせられました。
まだ僕自身の両親は健在ですが,いつ「その日」がやってくるかわからない。
その時,自分は何を考え,何をしてあげることが最善なのか。
今回のエアハース社の仕事を知り,「人を弔うこと」についてどうあるべきなのか,悲しみとどう向き合っていけばよいのかを考えました。
もちろん遺族の考えは千差万別だとは思います。弔い方というのもそれぞれ異なるでしょう。
でも今回の作品を読むことで,
「人の最期をどう送り出してあげるか,しっかり考えなさい」
と言われているようにも思いました。
● 「国際霊柩送還士」の仕事の過酷さについて知ることができた
● 海外で亡くなった人々がどのような形で送られ,処置を施されるのかを知れた
● 「死」とは,実は身近にあるものだと考えさせられた