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【アルルカンと道化師】池井戸潤|半沢直樹の過去の「倍返し」

本作品の背表紙に「半沢直樹」と書いてあるのを見て驚きました。「とうとう半沢直樹の続編が出たか」と。即,購入しました。

読んでいくうちにいろいろと知っている名前が出てきます。東京中央銀行の大阪西支店や,浅野支店長などなど。あの時のトラウマが戻ってきそうな名前です。

つまり本作品は,2013年に放映された「半沢直樹」の原作,「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」の前の話だということです。

半沢が大阪西支店に配属になって数ヶ月,そこには半沢の敵である浅野支店長も健在なのです。一体,どんなストーリーが待ち受けているのか。。。

テーマは「M&A」,つまり企業の合併・買収の話です。

頭取を筆頭にM&Aを推進する東京中央銀行の上層部に対し,それを阻止しようという半沢の対決。読みながら「半沢直樹は昔から変わらないんだな」って思いました。

半沢直樹ファンであれば,その原点に近い本作品を是非読んでほしいと思います!

こんな方にオススメ

● 半沢直樹シリーズの原点を知りたい

● 銀行員の使命とは何かを知りたい

● 悪意のある合併・買収のストーリーを読んでみたい

作品概要

東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとにとある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版社・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とは――。
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

半沢直樹・・・主人公。東京中央銀行大阪西支店の融資課長

渡真利忍・・・東京中央銀行調査役。半沢の心強い味方

浅野匡・・・・大阪西支店長

宝田信介・・・業務統括部長

仙波友之・・・仙波工藝社の社長

田沼時矢・・・IT企業であるジャッカルの社長

堂島政子・・・仙波友之の伯父

仁科譲・・・・有名な日本人画家

佐伯陽彦・・・仁科の同僚

本作品 3つのポイント

1⃣ 仙波工藝社への融資

2⃣ アルルカンとピエロの絵

3⃣ 半沢 vs 宝田

仙波工藝社への融資

何と今回の舞台は東京中央銀行の大阪西支店が舞台です。大阪西支店と言えば「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」という,いわゆる半沢直樹が世に知られた作品の時代。しかも,あの浅野が支店長ということは,その前の時代を描いた作品です。何やらいきなりイヤな予感がしますね。半沢直樹半沢直樹は大阪西支店の融資課長です。半沢は大きな悩みを抱えていました。大阪営業本部(の伴野に頼まれて、取引先の一つである仙波工藝社には「ある企業」からM&Aの提案がされていました。この仙波工藝社にそれの説得に行けと命令されたのです。

仙波工藝社は100年の歴史を持つ老舗の美術系出版社です。ところが最近ではその経営状況が悪化していました。半沢としては,何とか追加の融資を仙波工藝社に行い,倒産を防ぎたい思いです。当然M&Aにも反対。仙波工藝社の仙波社長も全く乗り気ではありません。それでも伴野は浅野支店長に根回しをするなど,何とか仙波社長を説得しようとします。

ここで仙波工藝社を買収しようとしている企業が判明します。「ジャッカル」という企業でした。このジャッカルはIT企業のベンチャーで,ジャッカルの田沼社長は誰もが知る有名人。半沢は「なぜジャッカルが。。。」という思いです。腑に落ちない感じの半沢。M&A伴野がM&Aを進めようとしているのは浅野の命令ではなく,業務統括部長の宝田の狙いでした。宝田というのは,半沢が本部にいた時にやり合ったライバル,というか敵でもあります。かつて半沢に論破された屈辱が宝田には遺恨として残っているようなんですね。

そのせいで,仙波工藝社への融資は,上層部からの反対に遭います。ある日,浅野たちは,仙波工藝社が5年前に計画倒産に関与した疑いがあるという事実を掴みます。

計画倒産とは

会社を計画的に倒産させることを意味するものの、取引先や従業員などに迷惑をかけ、犯罪となり得るような倒産の仕方を指します。

たとえば、整理前に資産を個人に移動して隠ぺいしたり、不動産を売却処分してしまうなど、債務や支払いなどを踏み倒して倒産する行為を指します。

-ベンチャーサポート法律事務所サイトより-

どうしても融資の稟議を通したい半沢は、本当に計画倒産に関与したのか調査を開始します。調査していくと,仙波工藝社は,かつて先代の頃に経営危機に陥ったことがありました。その時に資金援助をしてくれたのが、母親の実家の堂島商店という企業でした。

ところが支援した結果、仙波工藝社は持ち直しますが,今度は堂島が傾くという状況に陥ってしまいます。堂島が倒産寸前まで追い込まれた時、今度は仙波がかつての借りを返す形で3億円を援助しました。3億円融資しかしその援助も空しく、堂島は倒産してしまいます。この時の倒産が、計画倒産だったのではないかと疑われているわけです。そして仙波工藝社自体も計画倒産に関与していると疑われたわけなんです。当然仙波側には落ち度はありません。

半沢らの調査の結果、仙波工藝社に過失はないと判断しその旨を融資部にも報告するのです。それでも融資の承認が下りないのです。やはり浅野は,本部の宝田辺りから融資させるなと言われているような気がします。

ただ,ここで融資に対する条件が出てきました。『担保があれば承認する』というものです。仙波工藝社には担保にする資産は全くありません。何か考えなければ,仙波工藝社は宝田たちの想う通りに買収されてしまいます。

果たして,半沢はこの買収攻撃から仙波工藝社を守ることができるのでしょうか。

アルルカンとピエロの絵

大阪西支店では定期的に「稲荷祭り」と呼ばれるものをやっていました。支店の屋上には稲荷神社があって,そこに支店のメンバーや顧客の面々が集まり,交流を深めるのです。稲荷祭り「祭り」と言いながらも,実は銀行と顧客を結ぶ重要なイベントだったんですね。これは支店代々引き継がれてきていて,必ず支店長をはじめとした人物は出席しなければならなかったのです。

ところが現支店長の浅野はこのイベントを軽視していて,全く出席しなかったんです。代わりに出席していたのは半沢。委員会では「なぜ支店長が来ないんだ」と顧客から責められる始末です。

本部で仕事をしていた浅野には,この顧客とのつながりの重要性があまり理解できていないようです。浅野の欠席は一度ではなく,二度,三度続きました。これには委員長である,立売堀製鉄の会長の本居竹清も憤慨していました。

あまりにもそれが続いたため,とうとう竹清の怒りは頂点に達します。東京中央銀行から受けている融資を返還するというのです。これには支店長の浅野も大慌て。困る半沢ところが浅野は,委員会のメンバーが怒っているということを報告していなかったとして,本部に泣きつきます。半沢はしっかり報告していたんですけどね。ただ,半沢に敵対心を持っている本部の宝田は浅野の肩を持ちます。

顧客とのつながりこそが銀行の生命線なわけですから,半沢も苦しんでいるようでした。しかし竹清はどこから聞きつけたか,本部と半沢の対立を知っていました。竹清は半沢が顧客のためにどれだけ懸命に動いてくれているか,しっかりと理解していました。半沢が自分たちのメインバンクである東京中央銀行の中でも守るべき存在であると。

そして竹清は半沢にある書類を渡します。それは,稲荷祭りの日に,浅野がゴルフをしているという証拠でした。ゴルフ一方,堂島政子は仙波工藝社を訪ねます。仙波の社長室にある「アルルカン」のリトグラフを懐かしんでいるようでした。ここに半沢も同席します。

アルルカンとピエロ

アルルカンのもとになった「アルレッキーノ」は、人を騙したりするのが得意なペテン師で,登場する時は必ず黒っぽい仮面をかぶって顔を隠しており、偶像的な印象を与えます。

アルルカンは、ずる賢く貪欲で食い意地が張っており、物語を引っ掻き回すキャラクターです。必ず仮面をつけ、派手な衣装を着ています。

これに対して道化師(ピエロ)は「ペドロリーノ」という名前で登場し、とにかくいじられキャラの役回りです。

-団塊世代の我楽多帳サイトより-

堂島政子の夫だった芳治は,仙波に何かを伝えようとしていた。それが何なのかを推理するのです。そのヒントは芳治が政子に頼んで見せてもらったアルバムの中にありました。よく見ると,かつて仙波工藝社にいた二人の画家,仁科譲と佐伯陽彦の姿が。

問題はそこに映っている「絵」でした。壁に描かれたと思われる一枚の絵。それは「アルルカンとピエロ」の絵でした。生前の芳治はどうしてもこのことを仙波に伝えたかったのですが,その前に亡くなってしまったのでした。アルルカンとピエロそして,倉庫の中と思われる場所にあの「絵」がないか,全員で探し始めます。そして見つけたのです。まさに「アルルカンとピエロ」の絵。そこにはサインが書いてあります。しかし仁科の名前ではありませんでした。

「H S A E K I」つまり「ハルヒコ サエキ」,佐伯陽彦のサインだったのです。一体これはどういうことなのか。考えられるのは以下の3パターン。

① 仁科が描いた絵の上に,佐伯が自分の名前を書いてしまった

② 絵を真似て描き,サインも佐伯が書いた

③ 絵もサインも佐伯のオリジナルである

なにやらここに大きな秘密があるようです。逆にそれが分かれば,今回のM&Aの意図も判明するような気がします。そのヒントは,佐伯陽彦の弟である恒彦が持っていた,仁科と佐伯陽彦との手紙のやり取りです。仁科は画家の修行ということでパリにいました。その往復書簡が残っていたのです。二人の画家この往復書簡の内容とはどんなもので,半沢は劣勢を挽回できるのでしょうか。

半沢 vs 宝田

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仁科はパリで修行するも,絵を描いても売れない,アイデアもあまり湧かないという日々を過ごしていたようです。仁科が渾身の力で描いた絵が,見向きもされない。画家として有名になるためには作品が賞を受け,世に知られないといけないわけですね。何か小説などに通じるものがあるような気もします。徐々に仁科の生活も困窮していったようです。

逆に,陽彦も体調を崩し,なかなか絵を描ける状況ではなかったようでした。病気が悪化し,とうとう仙波工藝社を退職して入院することになってしまいました。

ところがある日,パリにいる仁科から陽彦の元へ吉報が舞い込みます。何と,仁科が展示会で入選を果たしたというのです。しかし,この入選作品が問題でした。実は仁科が描いた絵は,佐伯が描いた「アルルカンとピエロ」だと言うのです。仁科えっ? アルルカンは仁科のオリジナルじゃなかったの? そうなんです。アルルカンの絵を最初に描いたのは佐伯陽彦で,仁科はそのアイデアを元に作品を作り上げたのでした。

これって,盗作ということになるんでしょうか。仁科は素直に陽彦に謝ります。しかし,陽彦はむしろ仁科の成功を喜ぶんですね。陽彦は自分の命が短いということ,自分のアイデアが世の中に認められたこと。だから陽彦は嬉しかったのでしょうか。

そして,恒彦の元を訪ねていた人物がいました。それがあの「宝田」でした。宝田がなぜ?
しかも宝田はこの「往復書簡」の中身も知っていました。

これが最大の秘密だったんですね。そうなると,少しずつM&Aの意図もわかってきました。ジャッカルの田沼社長が,仙波工藝社を買収しようとしたのは,仙波工藝社の壁に描かれた絵の存在を知っていたからなんですね。宝田の企みつまり,この絵の存在と,絵自体が仁科ではなく佐伯のものであると判明してしまえば,仁科の絵のコレクターである田沼としてはまずい。仁科の絵が盗作であると断定されてしまえば,仁科の絵の価値が大暴落するわけですから。

目的は,仙波工藝社ではなく,仙波工藝社の壁にある「絵」だったんですね。なるほど。。。そしてM&Aを強靭に進めていた宝田にとっても大打撃。田沼は宝田を信用して買収しようとしたわけですから。

この話を聞いた堂島政子も,自分の資産である「堂島ヒルズ」を担保として仙波工藝社に提供することになるのです。少しずつ,半沢側に風向きが変わっている感じでしたけど,仙波工藝社への融資の稟議が認められないんですね。

担保があれば認められるはずだったのに。はやり宝田は半沢の行動を阻止し,何としてでも買収を成功させたいのです。何か意図があってか,半沢は本部の伴野に「宝田にこの写真を渡せ」と言います。実際に写真を見せられた宝田は凍り付きます。おそらくあの仙波工藝社の壁画でしょう。

そして半沢と宝田の直接対決。半沢は宝田がやってきた「真実」を明らかにしようとします。それに対し,宝田は「権力」を武器に半沢に対抗しようとします。半沢は「人事が怖くて,サラリーマンは務まりません」と言い放ちます。「正義」か「権力」か。ジャッカル社長の田沼の運命は。そして,M&Aを推進する岸本頭取の判断はどうなるのか。

半沢は田沼社長に「真実」を伝えます。田沼は白を切りますが,半沢は証拠を武器に,アルルカンの絵がまさに「佐伯陽彦オリジナル」であることを伝えます。これに対し,田沼は沈黙。半沢の言い分を認めたのと同じでした。

田沼は今度は宝田に怒りをぶつけます。このまま「真実」が明かされれば,田沼自身が大損害となってしまうと。それでも宝田は強行しようとするのです。どこまでも強気な宝田。やはり過去の半沢への復讐心でいっぱいなのでしょう。

そして,岸本頭取も出席する「全店会議」が行われます。一番のテーマは「大阪西支店によるM&A」の報告でした。支店の報告をするのは浅野ではなく半沢です。完全に浅野は半沢には物が言えない状態の様子。

全店会議半沢は「M&Aが成立しなかった」ことを報告すると,会議室全体がざわめきます。これには岸本頭取も意外だという反応。しかし半沢が「真実」を述べた時,さらに大きなどよめきが起こります。宝田の悪意が公にさらされた瞬間でした。

そして意外だったのは,あの「田沼美術館」を本居竹清の財団が買収したことです。これにより,田沼は大損害を受けることにならず,さらに竹清は「仁科譲と佐伯陽彦のストーリー」をも含めた美術館を再建することになったのでした。

半沢のすごいところはまさに言わずと知れた「倍返し」です。半沢と敵対する人物を論理的に,そして勇気と覚悟を持って追及すること。例え,そのことによって自分が不利益な処分を受けたとしても。

ただ大事なのはここからです。顧客にとって不利益を被らないように,さらに最良の提案をする。これが半沢の倍返しなのです。決して悪をたたきのめすだけではない。

理想だけを追い求めるだけでなく,理想を目指してそれをいかに現実にするということ。半沢の言葉が身に沁みます。果たして自分にはそれができているのかと。

この作品で考えさせられたこと

● 企業の合併には,意外な思惑がある可能性がある

● 企業を倒産させずに再生させようとする半沢の力

● 銀行内にはびこる悪意

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