先日,「ひと」の投稿を書いたのは,この「まち」を読んだことがきっかけです。
「何かほのぼのする話を読みたい」と思って手に取った作品。
作者の小野寺先生の作品は「ひと」「まち」以外読んでいませんが,とても読みやすいです。
「ひと」では「主人公の人間性」について描かれた作品でした。
本作品も同じようなタイプの主人公が,田舎の村から都会へ飛び込んでいくという作品になっています。
主人公が住み始めた「まち」での多くの出会いや出来事、そして成長するする姿が描かれた作品となっています。
主人公の気持ちになって「人間的に成長したい!」と思っている方にはオススメの一冊です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 新しい「まち」に住む瞬一
3.2 瞬一の人柄に惹かれる人々
3.3 祖父と瞬一
4. この作品で学べたこと
● 「ひと」の続編とも言うべき「まち」を読んでみたい
● 主人公が慕う祖父の存在を知りたい
● 新しい「まち」に住み,成長していく主人公の姿をみてみたい
「東京に出ろ。人を守れる人間になれ――」
じいちゃんの言葉に背中を押され、単身上京した僕、江藤瞬一。誰ひとり知り合いのいない街は、僕を受け入れてくれるのか?
両親を亡くし、尾瀬の荷運び・歩荷を営む祖父に育てられた江藤瞬一は、後を継ぎたいと相談した高三の春、意外にも「東京に出ろ」と諭された。よその世界を知れ。知って、人と交われ――。それから四年、瞬一は荒川沿いのアパートに暮らし、隣人と助け合い、バイト仲間と苦楽を共にしていた。そんなある日、祖父が突然東京にやってきて……。孤独な青年が強く優しく成長していく物語。
-Booksデータベースより-
江藤瞬一・・・主人公。火事で両親を亡くした青年
江藤紀介・・・瞬一の祖父。瞬一のことをいつも気にかけている
野崎万勇・・・引っ越しのバイトの同僚
君島敦美・・・東京のアパートの瞬一の隣人
1⃣ 新しい「まち」に住む瞬一
2⃣ 瞬一の人柄に惹かれる人々
3⃣ 祖父と瞬一
場所は群馬県利根郡片品村。主人公の江藤瞬一が住んでいるところです。
江藤瞬一が祖父に連れられ「歩荷(ぼっか)」という仕事を手伝っているところから始まります。
祖父は「えとうや」という民宿を経営していました。
歩荷とは
運搬形態および運送形態の一種で山岳のような体力的もしくは地勢的の難所において人間が背中に荷物を背負って徒歩で運搬すること
– 日本青年歩荷隊サイトより-
登山をする人が,山の何合目かにある山小屋で休憩をするという場面を読んだりしたことがありますけど,その時の食料とかってどうやって運んでいるのだろうかと疑問でした。
やはり,山小屋で必要な荷物を背負って,小屋まで運ぶということで生計を立てている人がいたんですね。
本作品でも描かれていますが,思い時には100kgくらいの荷物を背負ってひたすら登るということもあるようです。瞬一の両親は,瞬一が小さい頃に亡くなっています。
瞬一が小学校三年生の頃,家が火事になり,父親が瞬一が逃げ遅れたと思って家に飛び込んだのですね。
実際には瞬一は家の中にはいなかったのです。瞬一がいないのに、火の中に飛び込んで行ってしまったんですね。
そのことを火を見るたびに思い出す,瞬一。何か自分自身を責めてしまう瞬一でした。
それからずっと瞬一の面倒は祖父が看てきたということです。そんな瞬一にも,故郷を離れる日がやってきました。
「一度は村以外の知らない『まち』を見てこい」
それが祖父の願いでした。瞬一は東京で一人暮らしを始めることになるのです。
しかし定職に就かず,引っ越しのアルバイトで生計を立てていました。
瞬一の身長は187cm,75kgという恵まれた体格です。歩荷で鍛えられたのか,瞬一自身はこの引っ越しのバイトが性に合っていると感じているようでした。
引っ越し業者の社員や同じバイト生からも一目置かれる存在の瞬一。
ずっとこの仕事を続けていくわけにもいかないでしょう。しかし、瞬一は真面目で誠実ではあるのですが,何か強い「欲」も感じない人物に映りました。
そんな平凡な一人暮らしをしている江戸川区にあるアパート,筧ハイツ。
ある日,君島敦美と彩美が隣で悲鳴を上げます。驚いた瞬一でしたが,どうやらこの母娘は,家に出てきたゴキブリに困っているようでした。それをあっさりと退治した瞬一。少しずつこの隣人とも仲良くなっていきます。
それだけではなく,この筧ハイツに住む人たちからも慕われているようになっていきます。
瞬一が住んでいた筧ハイツの中に,笠木得三という人がいました。
この得三さんがとてもいい人で,瞬一のことも気にかけているようでした。
ある日,瞬一がアパートの周辺をジョギングしていた時のこと,バッタリ得三さんに会います。そこで瞬一は得三さんと話をするんですけど,バイトの話だけでなく,過去の「両親を亡くした時の話」をも打ち明けるのです。
得三は瞬一の人柄を一瞬で見抜いたようでした。アルバイトをしている瞬一に,
「江藤くんなら,会社はほしがると思うけどね」
と話したりします。
実は得三には弟がいて,「湯本紙業」という会社を経営していました。その会社に入らないかと得三は瞬一を誘うのです。瞬一の体格,性格,さまざまな要素が仕事に向いているというのです。
「中型や,フォークリフトの免許が必要」
と言われ,徐々に瞬一に変化が現れそうな予感がします。
瞬一は得三から誘いを受け,とても喜んでいる様子でした。ひょっとしたら、瞬一はとうとう定職に就くのかな。
そんな時,アルバイト先の引っ越し会社で事件が起こります。
あの野崎万勇が,同じアルバイト生と揉めていたのです。しかも万勇は馬乗りになってます。「ダメだよ,万勇!」
正義感の強い瞬一は止めようとしますが,すでに頭に血が上り切っている様子の万勇には効かないようでした。もちろん社員も止めに入ります。
少し冷静になったのか,万勇は落ち着きます。そして瞬一といろいろな話をします。瞬一には両親がいないこと、これまで祖父に育てられてきたこと。
万勇は「まだ自分は恵まれている方だな」って思うのです。
「お前が止めてくれたから犯罪者にならなくて済んだ」万勇はこの事件で引っ越し会社をクビになりますが,何かしら得たものはあったようです。
そんな時,瞬一の元に連絡が入るのです。瞬一の祖父でした。
瞬一の住んでいるアパートに何日か泊めてくれと言うのです。とうとう祖父が村以外で生活している瞬一の姿を見ることになるのでした。
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祖父の紀介は「二晩泊めてくれ」と言ってきました。
群馬から高速バスに乗って新宿まで。そこで瞬一は待っていました。
初めての東京,そして人の多さに驚く紀介。
東京だから,スカイツリーや東京タワーなどを案内しそうですが,祖父はそんなところには行きたくないようです。
瞬一の住んでいる場所に近いところ。荒川の河川敷や江戸川。そして遠くに見えるのは首都高速環状線。
「車が豆より小さいな。道からこぼれてきそうだ」
祖父らしい言葉ですよね。そして,
「東京に来て,人と交われたか」
どんな観光地に行くわけでもなく,祖父は瞬一が東京で元気に暮らしているかを見に来たようです。そして,
「じいちゃんな,知枝子さんと紀一はやっぱりお前を助けに行ったんだと思うよ」
あの忘れたくても忘れられない,火事の時の両親の思いを代弁する祖父。
やはり、自分の孫が過去の重荷を抱えているのではないかと心配していたんですね。
そして,アパートに戻ります。同じアパートに住む人たちに挨拶して回る祖父の姿がとても微笑ましかったです。本当に瞬一の祖父は「人を大事にする」人なんだなと思います。
東京に来た祖父ともお別れの時がきていました。
「人を守れる人間になれ!」
実はそれが瞬一に大切なことを告げる,祖父の最期の言葉でした。
後日,祖父が亡くなったのです。幸い連絡がきて,瞬一を祖父の最期を見届けることができました。
自分を親の代わりに育ててくれた祖父の存在。
どうやら祖父が東京に来た時には「余命宣告」を受けていたようです。本当に最後だと思って,体がキツいのも我慢して東京へやってきたんですね。
瞬一の祖父らしいと思いました。祖父は、瞬一に心配をかけないように気を張って東京へ来たのでしょう。
ある日,アパートで事件が起こります。隣人の君島家に一人の男がやってきたのです。
どうもこの男は離婚した敦美の元夫のようです。
「江藤です。大丈夫ですか?」瞬一は何のためらいもなく君島家のインターホンを押すのです。
男は里村照士といいました。この男と瞬一は真っ向から言い合います。
瞬一を脅す里村。それに全く怯むことなく言い返す瞬一。
そして里村は「火」をつけます。一瞬,過去の両親の事故が頭をよぎる瞬一でしたが,彼は勇気を持って里村を押し倒します。
「僕は怒っています。今度同じことをしたら,僕はもう抑えないと思います」瞬一は隣人である敦美と彩美に対して好意を持っているようでした。
その覚悟の一言だったのだと思います。
最後に,瞬一は湯本紙業には入社しませんでした。実はアルバイトの同僚だった野崎万勇に譲ったのです。
そっか,本当に瞬一は人を大事にする人間なんだな。
では当の瞬一は何を目指すのか。意外にもそれは「消防士」だったのです。遠い過去の「トラウマ」を持ちつつも,彼はこの職業を目指のでした。
前作の「ひと」に負けず劣らない今回の「まち」という作品。
舞台は主人公である瞬一の住んでいる「まち」でした。そこで多くの人々と出会い,いろんな出来事に遭遇しました。
でも根本的には「ひと」を大事にしているのではないかと思います。
祖父が上京した際に言った「人を守れるような人間になれ」という言葉にそれは集約されているのではないかと思います。
そしてその言葉通り,瞬一は自分の人生の一つの目標を定めました。
過去のトラウマがあるにも関わらず,勇気と覚悟を持って「多くの人を守る」決意をした瞬一の姿に,僕自身も勇気をもらえたような気がします。
タイトルは「まち」でしたが,人と人との繋がりを大切にしたいと思わせられる、前作「ひと」を思い出させられる作品です。
● 主人公の人柄によって,多くの人々に信頼されているということ
● 過去の苦しい出来事を乗り越え,成長する主人公の姿
● 瞬一を遠くからいつも心配していた祖父の思い