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【ぼくのメジャースプーン】辻村深月|主人公が持つ特殊能力

ぼくのメジャースプーン

最近,何人かの作家さんの作品を読み漁っています。辻村先生の作品もその一人です。

ネットでもよく話題に上がっていた作品で,今回ようやく読むことができました。

話は,親友を傷つけた人物に対して,特殊能力を持つ主人公が最後の最後にどんな言葉で犯人を追い詰めるのかというものです。

事件発生から,特殊能力のレクチャー,そしてラストのシーンまで,よく構成された作品でわかりやすかったです。

ネットで調べてわかったんですが,辻村先生の他の作品にも登場する人物が出てくるようで,より一層辻村ワールドを満喫したくなりました。

まだ映像化はされていないようですが,舞台化はされているようですね。

とてもいい作品なので,ご一読を!

こんな方にオススメ

● 「ぼく」が持つ特殊能力が何かを知りたい

● 「ぼく」が最後の最後に放つ言葉が何かを知りたい

● 言葉の持つ力に興味がある方

作品概要

ぼくらを襲った事件はテレビのニュースよりもっとずっとどうしようもなくひどかった――。ある日、学校で起きた陰惨な事件。ぼくの幼なじみ、ふみちゃんはショックのあまり心を閉ざし、言葉を失った。彼女のため、犯人に対してぼくだけにできることがある。チャンスは本当に1度だけ。これはぼくの闘いだ。
-Booksデータベースより-


主な登場人物

ぼく・・・主人公。言葉で相手を縛るという『力』を持つ

ふみちゃん・・「ぼく」の幼馴染。大人びている少女

秋山・・・「ぼく」の母親の叔父にあたる。『力』を持っている。

市川雄太・・小学校で飼育していたうさぎを惨殺した犯人

本作品 3つのポイント

1⃣ 特殊能力を持つ主人公

2⃣ 『力』をレクチャーする人物

3⃣ 『力』を使った主人公の結末

特殊能力を持つ主人公

主人公の「ぼく」は小学生。彼には幼馴染のふみちゃんと仲がいい。ふみちゃんはどことなく大人じみていて,誰と群れるということもせず,誰とでも仲良くできる少女です。ぼくだからクラスメイトも困った時はふみちゃんと仲良くするなど,何か一目置かれている存在なんです。ふみちゃんそれに対して「ぼく」はごく普通の平凡な少年でした。でも彼はふみちゃんのことが好きだったようです。

ある日「ぼく」は自分にある「特殊能力」があることに気づきます。

ふみちゃんはピアノをやっていて,その発表会を観に行くことになった「ぼく」。しかし,さっきまで一緒にいたはずのふみちゃんが突然いなくなってしまうのです。

もうすぐふみちゃんの出番だったので,ぼくだけでなく,ぼくの母親やふみちゃんの母親も一緒にホール内を探します。ふみちゃんはある一室にうずくまっているのを「ぼく」が見つけます。

ふみちゃんは,自分の前の順番だったはずのチエちゃんが出られなくなったため、ピアノがかなり上手な松永くんの後弾かなくてはいけなくなってました。ピアノ発表会要するに,うまい人の後には弾きたくなかったんですね。わかるなぁ,その気持ち。比較されてしまいますから。

一見堂々としているように思えたふみちゃんですが,実際には繊細なところもあったんですね。どうしても戻ろうとしないふみちゃんに対して「ぼく」はあることを伝えます。

戻って、みんなの前できちんとピアノを弾こう。そうじゃないと、この先,一生いつまでも思い出して嫌な思いをするよ

ふみちゃんのことを想ってこんな言葉をかけるのです。この言葉が効いたのか,ふみちゃんはすくっと立ち上がり、会場に戻ります。

ところが,この二人の様子を陰から見ていた「ぼく」の母親は怒り出します。えっ? なんで? って思いますよね。怒る母親実はこれが「ぼく」の特殊能力だと言うのです。つまり,うまく弾けたのは「ぼく」の特殊能力のお陰だと。低いトーンでふみちゃんを説得したこの言葉がそうらしいんです。

そして母親は「その『力』をもう二度と使ってはいけない」と厳しく言うのです。と言われても「ぼく」にとっては半信半疑ですよね。

お母さん自身にはその力はないと言うのですが,同じ血筋にその『力』を持っている人がどうやらいるようなんです。一応「ぼく」は母親の言う通りにその『力』を使わないことにします。

そして時は経ち「ぼく」とふみちゃんは小学4年生になっていました。通っている小学校ではうさぎを飼っていました。ただ一匹だけ足を骨折して歩けないうさぎがいました。うさぎ小屋かわいそうなうさぎを見て,ふみちゃんのアイデアでうさぎ用の車椅子を作りました。これが噂になり,テレビ局が取材にくることになります。これで小学校は有名になります。ただ,このことが最悪の事態を呼び寄せてしまうのです。

ある日「ぼく」はうさぎ当番の日,風邪を引いて学校を休むことになり、ふみちゃんに当番を代わってもらいます。ところが「ぼく」の家に一本の電話がかかってきます。母親が出ますが,彼女は血相を変えて驚くことを話し出します。

「学校のうさぎが、誰かにバラバラにされて殺されてるって。。。」

それを見つけたのは、ふみちゃんでした。10匹いたうさぎのうち、7匹は死んでしまい、2匹は重傷。車椅子のうさぎは図工室で飼われていたため無事でしたが,衝撃があまりにも大きい。

犯人はすぐに特定されます。二十歳のK大学医学部の学生である市川雄太が容疑者となります。市川「ぼく」はふみちゃんの家に行きます。ふみちゃんに話しかける「ぼく」。しかし,ふみちゃんは事件のショックなのか,何も話そうとしません。

そして「ぼく」は禁断のあの『力』を使おうとします。しかし、どんな言葉をかけていいか分かりません。それは,自分のかけた言葉でふみちゃんの様子が悪化したらまずいからです。

悩む「ぼく」はある日,ある人物と会うことになるのです。

『力』をレクチャーする人物

ふみちゃんが学校に来なくなって3ヶ月が経ちました。ニュースでは市川雄太が犯人であると結論づけています。そして3年の執行猶予がつくと言われていました。

彼の家は医者の家系なので,父親が大金を支払って彼を守っていると噂されていました。市川は弁護士を雇っていました。市川は反省していると何度も訴えます。弁護士「ぼく」は思うのです。彼は結局何も失っていないし,ふみちゃんは全く回復の兆しがない。そして小学校に市川の弁護士がやってきます。生徒たちに謝罪したいと伝えに。

教師たちは反対します。まだ小学生の生徒たちに謝罪なんてしても,生徒の心がどうなるか心配ですもんね。それをこそっと隠れて聞いていた「ぼく」。話をしていた教師に見つかります。そして「ぼく」はこう話し出すのです。

『先生、ぼくと市川雄太をどうにかして会わせて。そうしなければ、先生は一生うさぎを見るたび、嫌な思いをする』ぼく怒るもしかして,ここでもあの『力』を使ったのか?

その証拠に,教師はクラス代表として「ぼく」に謝罪してもらうのはどうかと提案します。「ぼく」の母親は混乱します。事件のこともそうですが,あの『力』を使ってしまったわけですから。

もう後には戻れないと考えた母親は,あることを「ぼく」に伝えます。

あさって,月曜日の夕方に,一人でそこまで来てほしいって。

犯人と会うまでの一週間,その『先生』のところに通ってほしいの

先生? ひょっとして,この人があの『力』の血筋にあたる人なのでしょうか。

その先生とは,D大学教育学部児童心理学科教授、秋山一樹という人物です。秋山はどうやら「ぼく」の母親の叔父にあたる人のようで,『力』のことを教えてくれます。秋山こうして約一週間「ぼく」は秋山という先生の元で『力』について勉強することになるのです。この力は『条件ゲーム提示能力』というもののようです。

つまり『Aという条件をクリアできなければ、Bという結果が起こる』という,Bで脅迫してAを強制するものです。「周りをよく見て歩かないと,大怪我するよ」と同じことですかね。

さらに『殺される』など,相手に決定権のない結果では脅迫として弱い。『死ぬ』や『自殺』するなどの言い回しが良いというアドバイスをもらいます。ちょっと怖いですね。

つまり『空を飛ぶ』などの絶対に無理な事柄を置くことも効果があるのでしょう。今回は,市川に心から反省させる,後悔させるものがよい。ではどんな言葉が効くのか。悩むぼく相手は無慈悲な心を持ったモンスターだから,どういうことを言うかには慎重にならないといけません。そして他にも注意しないといけないことがありました。

「一度力を使った相手には二度と力を使えない」ということです。

なるほど,それならばより一層慎重になりますよね。こんな感じで「ぼく」は毎日秋山の元を訪ねるわけです。

ある日,突然ふみちゃんが教室に現れます。しかし,相変わらず目には力がない。どうやら母親に無断で家を飛び出してきたようです。

教室ふみちゃんのことを心配していたクラスメイトでしたが、トモという少年が彼女を馬鹿にするのです。「ぼく」はトモに飛び掛かりました。そして二人はケンカになります。そしてあの『禁じ手』を思わず口に出してしまうのです。

『もう二度と学校に来るな。そうしなければ、お前はもう二度とふみちゃんと口がきけない』

でもこれは「ふみちゃんと話がしたいなら,学校へ来れる」ということですよね。案の定,トモはその後も登校してくるのです。

「ぼく」はその後も「市川にとって何が一番効果があるのか」を考えているようでした。
きっと,寝る前とかにも考えたりしていたことでしょう。

心の底から反省して自分のした行いを後悔しなさい。

そうしなければ、この先一生、人間以外の全ての生き物の姿が見えなくなる

でも,もし市川が反省しているのならば、この効果は発揮しないわけです。う~ん,これは難しい問題だ。相手の考えていることなんてわかるわけないですから。悩むぼく秋山は意外なことを話し出します。実はかつて自分も『力』を使ったことがあると。自分の好きだった女性に暴力を奮っていた元彼に対してのものです。

自分の命を投げ出せるぐらい愛せる存在を一年以内に作りなさい。

そうしなければ、あなたはここから消える

この言葉を秋山が発した後,元彼はいなくなったようです。

果たして「ぼく」はどんな言葉を考え出すのでしょうか。

『力』を使った主人公の結末

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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秋山の提案で「ぼく」はふみちゃんを連れて動物園に行くことになりました。また秋山たちは様々な動物を見て回ります。動物園秋山は「ぼく」に,過去に数回『力』を使ったことを話します。最後に使ったのは二年前で,その『力』に絶望したと言います。

結果的に,自分が思ったようにならなかったことも数回あるような感じです。どれだけこちらが願っても、それが届かないこともある。

ふと「ぼく」はふみちゃんに「メジャースプーン」を明日まで貸してほしいと言います。そして市川に罰を与えること、それを許してほしいと伝えるのでした。

いよいよ「ぼく」がその『力』を使う時がやってきます。

約束の当日「ぼく」と秋山は教師の案内で,市川がいる学校の会議室に入ります。しかし、彼は一目二人を睨み,さらにはガムを噛んでいて、反省していないことは一目瞭然です。

そして「ぼく」はここで『力』を使います。それは意外な言葉でした。

今すぐここで、ぼくの首を絞めろ。

そうしなければ、お前はもう二度と医学部に戻れない

秋山に事前に打ち合わせしていた言葉はフェイクで,実は「ぼく」は別の言葉を考えていたのです。市川が医学部に戻りたいためにここにきたことを知っていました。

市川は言われた通りに「ぼく」の首を絞めだします。慌てる秋山。首をしめる「ぼく」の意識が薄れていきます。そして秋山は市川に『力』を使います。その声は聞こえませんでした。

「ぼく」は病室で目を覚ましました。どうやら命は助かったようです。目の前には秋山がいました。しかし当然ながら,秋山は怒っていました。

「ぼく」は市川が医学部に戻りたがっていることを知っていた上であの『力』を使いました。完全に自殺行為ですよね。しかし「ぼく」には考えていたことがあったのです。

首を絞めた市川がもし「ぼく」を殺害したとしても,市川は罪を償うことになり、医学部には戻れないと考えたのです。

しかし、秋山はたった一人の家族であるお母さんを巻き込んだことを強く非難します。

そう,今回「ぼく」に決定的に欠けていたのは,周囲の人間のことです。誰よりも「ぼく」を心配していた母親のことを考えていなかった。母親のことただ「ぼく」にも言い分がありました。あの日「ぼく」が当番に行っていれば、ふみちゃんはこんな目に合わなかったと言うのです。

「ぼく」にとって,ふみちゃんがおかしくなったことに対する罪悪感の方が「ぼく」を一番苦しめていたんですね。そんな「ぼく」に対し,秋山はある言葉をかけます。

ふみちゃんに何があったのか、あの子の痛みを忘れることなく、覚えていなさい。

そうでなければ、あなたはふみちゃんのそばにいられなくなる

おそらくこれは,そう言われなくても「ぼく」が永遠に考えていることなのだと思います。秋山は言うのです。何もかも縛る必要はないと。素直な自分の気持ちを大事にすればいいのだと。秋山ふみちゃんは少しずつ回復してきたようでした。「ぼく」が眠っている間もずっと傍にいたのだと。彼女にとって「ぼく」は恩人であったのです。あの発表会にかけられた力がそうです。

秋山は「ぼく」の意思の強さに感心します。そして秋山はふみちゃんと二人で話をします。彼はふみちゃんに力を使うつもりはなく、代わりにふみちゃんのために「ぼく」がどれだけ頑張ったかを聞かせるのです。

秋山はふみちゃんに3本のメジャースプーンを渡します。しかしふみちゃんは「ぼく」に返してほしいと言います。ふみちゃんは「ひとりで、だいじょうぶです」とついに声を出して話します。メジャースプーンそして「ぼく」のいる病室に向かって歩き始めるのでした。

ふみちゃんが持っていたメジャースプーン。これは二人をつなぐ大切なものとなりました。

主人公の「ぼく」にとってそれはふみちゃんそのもの。秋山が言うように『愛』を感じるものでした。僕自身は教師をしているので,学生たちに「こうしないと,こうなるぞ」みたいなことをよく言います。それに対して素直に従う者もいれば,そうでない者もいます。

今回の話では,それが本当の『力』となって相手に多大な影響を与える『呪文』のようなものでした。でも言葉って,かけかたによっては本当に相手に響くことがあるんですよね。

こうやって小説を読んでいてもそうです。言葉には他人に影響を与える『力』があるのだと思います。『言霊』という言葉があるくらいですから。

そういえば,ふみちゃんの前にピアノを演奏した松永くんですが,どうやら『凍りのくじら』に登場した松永郁也のことのようです。それはふみちゃんも後に弾くのは嫌がるはずです。

秋山も他の作品に登場しているようなので,辻村先生の作品をどんどん読んでいこうと思います。

これまで生きてきた中で,誰かに発した言葉がその人の心に残っていればいいなと思いますし,また今後も相手に一生影響を与えられるような『言葉』を言えたら本望だなとも思います。

この作品で考えさせられたこと

● 二人をつなぐ「メジャースプーン」の存在

● もし主人公と同じ『力』を持っていたらどう使うか

● 言葉を伝えることの難しさ

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