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【ひとつむぎの手】知念実希人|研修医を指導する外科医の苦悩

ひとつむぎの手

ひとつむぎの手」というタイトル。これが何を意味しているんだろうと思いながら読みました。

本作品の作者である知念実希人先生は,東京慈恵会医科大学の医学部を卒業された方です,やはり医師をしながら執筆活動もされているすごい方です。

僕の尊敬してやまない「中山祐次郎」先生も外科医をされながら小説もお描きになりますが,そんな二足の草鞋を履くということは大変だろうな,と思いながらお二人の作品をいつも読んでいます。 外科医と作家の二足の草鞋を履く話は,大学病院に勤務する平良という外科医が3人の研修医を担当することになるところから始まります。

研修医を指導しつつも,研修医の平良に対して言動がとても痛烈で,指導する立場の厳しさを痛感する作品です。

その中でも平良の強さに徐々に惹かれていく研修医の姿がとても痛快で,結末は思っていもない展開に驚く,そんな作品になっています。

こんな方にオススメ

● 研修医を指導する主人公の平良の苦悩を知りたい

● 徐々に平良に惹かれていく研修医の姿を見たい

● 「ひとつむぎ」とは何を意味するのかを知りたい

作品概要

大学病院で激務に耐えている平良祐介は、医局の最高権力者・赤石教授に、三人の研修医の指導を指示される。彼らを入局させれば、念願の心臓外科医への道が開けるが、失敗すれば……。キャリアの不安が膨らむなかで疼く、致命的な古傷。そして緊急オペ、患者に寄り添う日々。心臓外科医の真の使命とは、原点とは何か。リアルな現場で、命を縫い、患者の人生を紡ぐ熱いドラマ。傑作医療小説。
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

平良祐介・・・主人公。心臓外科学講座の医師

郷野司・・・・研修医の一人。気の強い人物

牧宗太・・・・研修医の一人。比較的穏やか

宇佐美麗子・・研修医の一人。周囲に目を配れる女性

赤石源一郎・・心臓血管外科の主任教授

本作品 3つのポイント

1⃣ 研修医を指導する大変さ

2⃣ 平良に心酔する研修医たち

3⃣ 怪文書の真実

研修医を指導する大変さ

純正医大大学病院に勤務する心臓外科医の平良は,経験を積み一流の心臓外科医になるため,心臓冠動脈バイパス手術で有名な富士第一総合病院への出向を目標に修行していました。心臓外科手術ある日,平良の元に3人の研修医が配属されました。郷野宇佐美です。

3人のうち,2人を入局させることができれば目標を叶えてもらえる

平良はそれを目標に3人を指導します。これがそう簡単にはいきませんでした。研修医を指導する平良まず,平良にはライバルがいました。針谷という男です。彼は赤石教授の甥で,同じ病院への出向を希望していました。

そして,3人の研修医は研修とはいえ,かなり辛辣にモノを言う人間もいました。特に郷野。

新入社員って,だいたいは素直に上司の言う通りに仕事する人がほとんどだと思いますけど,外科医ともなると違うのでしょうか。

何となく,平良を試している感じがしたんですよね。その一つ一つにモノを言うわけです。

医者の卵というのは頭脳も明晰でしょうから,細かいところでぶつかるのかもしれないですね。

確かに最初は平良も研修医になめられていたように思います。でもそれは研修医に問題があるのではなく,平良自身の立ち振る舞いにあったような気がします。彼は何となく自信なさげなんですね。自信のない平良手術中に手が震えたり,研修医の質問への答えも躊躇したりするんです。それに加えて研修医も生意気に見えてしまいました。

心臓外科という,命に直結する重要な仕事に対して,平良は研修医を育てるという任務を負っているわけです。

考え方の違い,価値観の違い,これまでの医学部経験や学んできたこと,育った環境,本当にいろいろな要素が絡んでくるのだと思います。だから研修医もそれだけのプライドがあるからぶつかってしまうのかなと思います。

人を育てるというのは大変なんですよね。僕も一応教育者なのでよくわかります。自分に反抗してくる生徒もいるし,不満をぶつけてくる者もいるし。プライドがある研修医ただ,平良はそんな研修医たちにしっかりと向き合っているようでした。

とても苦悩している様子の平良でしたが,徐々に変化が表れてきます。

平良に心酔する研修医

平良に対して,何かしらの指摘をしようとする3人の研修医。意見を出すのはいいことではあると思いますが,どうも何か別の思惑があるようにも思えました。やはり平良は「試されている」感じがするんですよね。

しかし,ここから徐々に平良のすごさが引き立つようになります。

まず,について。平良は牧から「症例のカンファレンスのプレゼンをやりたい」ということを言われます。実際に牧がすることになりますが。。。

カンファレンスもちろんそこには先輩医師もいるわけで,いろんな方向から指摘が入るわけです。タジタジになる牧。

しかし指導担当である平良は牧をフォローします。それが的確なんですね。

ある意味「恩を売られた」感のある牧。徐々に平良に心酔していきます。

宇佐美は,自分の妹をかつて亡くしていました。その経験からか,自分が看ている患者と重ね合わせてしまい,良くない意味で感傷的になってしまいます。

それをフォローしたのが平良でした。宇佐美は平良の思いやり,優しさに惹かれているようでした。宇佐美も平良のことを一目置くようになりました。

そして郷野です。彼が一番の曲者だったかもしれません。最初から何か敵対心みたいなものを平良に持っているようなんですよね。

ところがある日,緊急でオペを担当することになるのです。オペの迅速な状況把握や決断力が必要な状況で,郷野に迷いが出ます。それを救ったのもやはり平良でした。

ここぞというときの平良は実は頼もしかったです。郷野も次第に平良のことを信頼するようになってきました。

手術の際の決断力や指示の出し方,集中したときの彼は本当に頼りになります。ただ経験を積んだだけではない,周囲の状況や他人の心理も掴み,的確に行動するのです。

この話にも書いてありますが,

変にいいところを見せようとせず,普段通りの自分を出すこと

とても響く言葉です。そして勇気を持って決断して行動すること。わかっていても,なかなかできることではないと思います。

そんな中,病院内に「怪文書」が送られてきました。怪文書それは病院の経営に影響するものでした。一体,どんな内容だったのか。

怪文書の真実

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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病院内に「怪文書」が出回ります。その内容は,

赤石教授の論文は捏造である

というものです。これは事実なのか,それとも赤石教授を陥れる罠なのか。

ここで平良は赤石から頼まれます。「怪文書を書いた人間を探ってほしい」と。

平良は調査します。密かに他人の研究室に忍び込んで証拠を探ろうとします。

大学病院なので,他の教授だったり,医局長だったり,赤石が失職すれば得をする人間が何人もいます。

しかし,平良は一人の人物を特定します。それが針谷でした。針谷にとって明石教授は伯父にあたります。

ただ,赤石教授は甥だからと言って針谷を特別扱いするようには思えませんでした。でも平良にとっては不信感があったようでした。平良と針谷のライバル関係自分の異動したい病院に行くためには,針谷を超えないといけないわけですから。

しかし針谷はなぜか赤石の文書を改ざんしてしまいました。赤石を失脚させようと目論んでいたのです。それがなぜなのか。

でも逆に針谷は特別扱いを決してしない伯父は,平良を選ぶと思っていたようです。

針谷は赤石教授が失脚したとしても,自分だけは赤石教授の味方だということをアピールする目論見があったからです。つまり,針谷も富士第一総合病院への異動にこだわったんですね。

怪文書を書いたのが針谷だと突き止めたのは平良でした。平良の気持ちは複雑だったでしょう。公にすればもちろん針谷が叩かれてしまう。

そしてクライマックスは,平良が仕える外科医のトップである赤石教授への手術の場面。動脈硬化を起こした赤石の部下が心臓バイパスの手術を行います。

ひとつむぎ」というのは,バイパスを血管につなげることだったんですね。そのつむいだバイパスに異常があったのです。ひとつむぎここで平良は確信しました。赤石教授は針谷が甥だからという贔屓目で見ていたわけではなかったのです。明らかに針谷と平良には技術の差がありました。

それを「つむいだ血管」を見て思ったのです。これで平良は自分の望む富士第一総合病院への異動を諦めたようでした。

しかし平良にとって予想外だったのは,3人の研修医が心臓外科医を目指すと宣言したことでした。平良にとってはこんなに嬉しいことはなかったのではないのでしょうか。

平良がここまでいろいろなことを調査したり,研修医を指導したりしたのには平良の熱い思いがありました。最後の平良の言葉が印象的です。

自分がこれまで指導してきたのは,これから心臓外科医として夢を追っていく,大切な後輩たちのため。そして患者の命を紡ぐことができる医者を目指しているから

心臓外科医の道を選んだ研修医の3人は,そんな平良の姿に惹かれたからなのだろうと思います。

病院というのところは封建的なところがあって,上に気に入られなければ出世できないということもあるようです。

以前「白い巨塔」を読みましたが,そこには強烈は封建制度のようなものが病院内に存在することを感じました。あの感覚に似ています。実際はどうなのかわかりませんが。。。

封建的な病院平良は最初から自分の望んだ病院へ出向できないとわかっていて,自暴自棄になっていた様子でした。しかし,最後は自分の技術の足りなさを素直に認め,また一段と成長したようにも見えました。

もちろん技術は必要だと思います。でも「信頼」「信用」という意味ではやはり最後は人間性が重要になってくるのかなって思います。

まずは目の前のことに集中すること,そして結果次第で臨機応変に対応できる人間がこの平良でした。本当に人間的に尊敬できる人物です。

本作品は,私利私欲のない,高い技術を持ちつつ,優れた人間性も併せ持った人間になりたいと思わせてくれるような作品でした。

この作品で考えさせられたこと

● 大学病院という場所は,現在も封建的な組織なのだろうか

● 主人公の平良は,ありのままの自分を隠さず,他人とも素直に接することができる人間である

● 「ひとつむぎ」という言葉には深い意味があった

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