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【ひと】小野寺史宜|不遇な環境で成長する主人公

ひと

2019年の本屋大賞で2位になった作品ということで手に取った作品です。本屋大賞主人公である一人の心優しい青年が,亡き父親の仕事だった調理師を目指すという話です。

作者の小野寺史宜(ふみのり)先生の作品は2000代から出版されているんですけど,読むのは今回が初めてでした。

本屋大賞ですから、きっといい作品であることは間違いないと思います。

小野寺先生の他の作品がどんなものか、全部を読んでいないのでわかりませんが,この後に描かれた「まち」を読む限り,とても素直で,真面目な主人公が成長していく作品を中心に描かれているように思います。

ひと」と「まち」の主人公に共通するのはどちらも「主人公の両親が亡くなってしまう」ということです。

不遇な環境で多くの壁にぶつかりながらも成長していく作品で、本当に良作です。

こんな方にオススメ

● 両親を亡くした主人公がどんな人生を歩み、どう成長していくのかを知りたい

● 「ひと」とは何を意味するのかを考えたい

作品概要

「東京に出ろ。人を守れる人間になれ――」
女手ひとつで僕を東京の私大に進ませてくれた母が、急死した。僕、柏木聖輔は二十歳の秋、たった独りになった。大学は中退を選び、就職先のあてもない。そんなある日、空腹に負けて吸い寄せられた砂町銀座商店街の惣菜屋で、最後に残った五十円のコロッケを見知らぬお婆さんに譲ったことから、不思議な縁が生まれていく。
本屋大賞から生まれたベストセラー、待望の文庫化。
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

柏木聖輔・・・主人公。両親を亡くし,調理師を目指す

井崎青葉・・・柏木と高校時代の同級生。

高瀬涼・・・・青葉の元彼氏。

田野倉督次・・「おかずの田野倉」の主人

本作品 3つのポイント

1⃣ 惣菜屋での初バイト

2⃣ 聖輔の周囲の人々

3⃣ 聖輔の目指すもの

惣菜屋での初バイト

主人公の柏木聖輔は鳥取県出身で,高校時代に父親を亡くし,母親の女手一つで育てられてきました。柏木聖輔そんな聖輔は東京の大学を目指し,見事合格します。そして一人暮らしを始めるのです。
しかし,ここで思ってもいない出来事が起こります。大学二年生の頃,母親も亡くなってしまうのです。

父親だけでなく,母親をも失ってショックを受ける聖輔。

大学時代から奨学金を受けていましたが,返還する自信がない聖輔はこのタイミングで大学をも中退してしまうのです。

途方に暮れていた聖輔。仕事を探しますが見つからず,「おかずの田野倉」という惣菜屋でコロッケを買っている時でした。

見つけたのが時給950円の惣菜屋の「バイト募集」の貼り紙が目に留まります。チラシすぐに店頭でバイト交渉を始める聖輔。まるで店のカウンターで面接が始まります。

「いつでも入れるの?」

両親もいないため生活費も稼がなくてはならない聖輔のバイト交渉はあっさり決まります。

「おかずの田野倉」でアルバイトを始めたある日,ある男女が店にやってきます。惣菜屋の田野倉「やっぱりだ。柏木君だよね?」

一人の女性が声をかけます。彼女は井崎青葉で,聖輔の高校時代の同級生でした。一緒にいるのは元カレの高瀬涼といいました。井崎青葉お互い連絡先を交換した2人は,ここから時々会うようになります。

待ち合わせは東京駅の八重洲口。カフェに入った2人は昔話で盛り上がります。

青葉は,かつては園青葉という名前,そして親が離婚し高校時代では八重樫青葉という名前で,高校三年生の時はクラスメイトでした。

聖輔は高校時代にバンドをやっていたようです。クラスが文化祭で模擬店をやっていた時,聖輔は模擬店そっちのけでバンドの練習をしていました。バンド活動それを注意したのが青葉。「バンドやってるならちゃんと言ってよね!」

聖輔のバンド活動に興味を持った青葉は,バンドのライブにもかけつけます。鳥取時代の懐かしい話で盛り上がった2人。

この後,2人はさらに急接近するのです。

聖輔の周囲の人々

そんな聖輔にも唯一と言っていい親戚がしました。船津基志と言いました。

彼は聖輔の母親の従兄で鳥取に住んでおり,母親の葬儀ではいろいろと手を尽くしてくれた人物でした。

しかし意外にもこの船津という男,実は曲者だったのです。

かつて母親から50万円貸していたから返してくれと言ってくるのです。親戚が金を借りるもちろんそんな事実があるかどうかも聖輔にはわからないんですけど,お人よしな聖輔は母親が遺してくれた貯金から50万を渡します。

「また来る」と言う船津。ん~,何かイヤな予感がしますね。

案の定,船津はまた聖輔の元にやってくるのです。今度は30万円です。

こういうのって,一度金を渡してしまうと調子に乗って何度も繰り返してくるという典型ですよね。

やはり聖輔は「これ以上は出せません」と最後のつもりで10万円を渡してしまうのです。と言いながらも,きっとまた来るなという予感がプンプンしますカネを借りられる読んでいてとても歯がゆかい。きっぱり断れと言いたくなります。

そんな頃,聖輔はふと自分の父親が料理人だったことを思い出します。

そして彼は「調理師になる!」という目標を立てます。

父親は鳥取で店をやっていましたが,かつては東京で修行をしていたはずです。

記憶をたどり,聖輔は「やましろ」という名前の店を思い出します。「やましろ」へ行くことにした聖輔。

しかし,かつて「やましろ」があった場所には別の店が立っていました。諦めそうになりますが,聖輔は「昔ここに『やましろ』という店がなかったか」を聞きます。やましろ実は現在の店は,修行中に父親が世話になっていた先輩がやっている店でした。丸初男という人物。

そこで聖輔は「元オーナーが銀座で店をやっている」ことを知ります。「鶏蘭」という店でした。

元オーナーの名前は山城時子と言いました。そこで食事をいただきながら,修業時代の父親の話を聞く聖輔。聖輔の父父親の修行時代,先に書いた先輩以外にももう一人先輩がいたようです。板垣三郎という人でした。

彼は当時,やってくるお客さんにあいさつもしないような職人でした。そのことで何度も聖輔の父親と揉めていたようです。そしてとうとう殴られることも。

やましろの当時の主人が亡くなり「後継者を」となった際,店を続けるには誰か一人を辞めさせなければならない。悩む聖輔の父聖輔の父親は察したようでした。腕の良かった板垣を後継者として選ぶように,自分は辞めていき,鳥取で店を開くことにしたのでした。

当時のことを聖輔に謝る時子。でもしょうがないですよね。

「困ったことがあったら何でも言って」そう言って,時子は聖輔を送り出すのでした。

辛いこともありながらも家族の前ではそんな姿を見せなかったことに柏木は心を揺さぶられます。

彼はその話を聞き,さらに調理師になりたいと強く思うのでした。

聖輔の目指すもの

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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自分への厳しさ,他人への厳しさ。それは同じであるべきか,どうなのか

父親の辛い過去を知って,そんなことを考えている様子の聖輔でした。

しかし、田野倉に戻ってからも一生懸命仕事に励んでいます。田野倉店員同じバイトの先輩である映樹からむやみに仕事を振られてしまったりするんだけど,人に支えられて生きる姿が微笑ましいです。

実は聖輔は田野倉の主人から

お前,店を継ぐ気はないか?店主と言われていました。調理師免許を目指していた聖輔にとっては願ってもない話のように思えます。

しかしこの時は,まだ自分は未熟だということで話は保留となります。

そんなある日,またあの親戚がやってきました。基志です。今度は10万円せびりにきました。

もう渡せないと言い張る聖輔。「聖輔がんばれ!」と言いたくなります。

それでもしつこく迫る基志。どうやら定職に就いていないから聖輔を頼っているようです。

そのやり取りを聞いていたのが,同じバイトの先輩である映樹でした。

「聖輔はウチの従業員ですよ。その従業員が理不尽なことされたら,相手がお客さんでも許さないですよ」怒る先輩聖輔に仕事を無茶ぶりして楽をしていた映樹は,心の中では感謝していたのでしょうか。
何と,基志を追い返しました。

映樹を見直しました。というか、聖輔の人間性がそうさせているのかな、とも思いました。

話は変わって、聖輔は何となく青葉に惹かれているようです。しかし,以前青葉と一緒にいた高瀬が聖輔の前に現れます。どうやら彼は聖輔と青葉が仲良くなっていることに嫉妬していたようです。

「これ以上,かき乱さないでくれないか」

暗に青葉と会わないように仕向ける高瀬。この時の聖輔の態度は意外でした。あのお人よしの聖輔も怒っているようでした。

この三角関係、どうなるんだろう?三角関係恋愛,親戚,調理師免許など,いろいろなことが起こる聖輔でした。

そして聖輔はある決断をします。何と惣菜屋の主人から店を継ぐことを依頼されていたことに対して,断るのです。聖輔はちゃんと考えていたようです。

惣菜屋だけでなく,それ以外の多くの店で修行をしたいと。かつての父親になりたいと思っていたのかもしれません。店を継ぐことを断る聖輔は映樹にその店を継いでほしいとも思っていたようですね。本当に思いやりのある人間です。

お前が辞めるのは残念だが,もし何かあったら必ず頼れ

と田野倉の主人は聖輔を送り出すのです。涙が止まらない聖輔。

そしてラスト。聖輔には勇気がみなぎっているいるようでした。

調理師の免許を取り,どこかでの店で修行できるようになったら,思い切って告白しよう。おれは青葉が好きだ」と。

柏木聖輔という人間がなぜここまで人に救われるのかは,彼自身の「ひと」つまり人間性なんだと思います。

大昔「人という字は。。。」って大昔のドラマでよく聞いたことがあったけど,おそらくこの作品もそういうことを言いたかったのではないでしょうか。

自分のことしか考えない人間だったり,人のことを貶めようとしたり,そういう人間を誰も救おうとは思わない。

特に聖輔は本当にお人よしで優しい人間だから,悪意を持って近づく人間もいるんですよね。

しかし,聖輔の誠実な姿を知っている人の中には彼を救おうとする人もいるのです。

読みながら柏木みたいな人格者のような人って,実際いると思いました。

そういう人って,悪いことを決して言わないし,周りからも悪いことを言われたりもしない。

だからその人には人が集まるし,困った時には親身になって相談を受けるし,逆に親身になってアドバイスしようとする人も出てくる

ちょっとした恋愛も描かれているけど,この作品はそれよりもやはり柏木の人柄。聖輔の人間性タイトルの「ひと」とはそういう作品だったのではないかと思います。

この作品で考えさせられたこと

● 主人公の人間性が,周囲の人が彼を助けようとさせるのではないか

● 両親を亡くしながらも,多くの人に支えられる主人公の姿

● 自分の道を切り拓こうとする勇気に感動しました

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