言わずと知れた,直木賞作家である重松清先生の作品です。かつて2012年に主演が堤真一さん,2013年には主演が内野聖陽さんでドラマ化されています。
そして2022年,阿部寛さんが主演とした映画が公開されました。映像化された回数でもわかるくらいの良作です。
この作品の存在は以前から知っていましたが,ドラマも観たことありませんでしたし,書籍で読む機会がありませんでした。
今回の2022年の映画化されるというのを聞いて読むことにしました。
重松清さんというと,以前「流星ワゴン」でも書きましたが,登場人物がとても人間味の溢れる描き方をされる方です。
時は1960年代,戦後の日本が復興しようとしている時代の話です。主人公はヤス(市川安男)で,今回は堤真一さんをイメージしながら読みました。
何か不器用で無鉄砲なヤスが,いろいろな出来事や事件を乗り越え,成長していく話です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 市川家を襲った不慮の事故
3.2 ヤスは真実を話すのか
3.3 人と人との繋がりを大切に
4. この作品で学べたこと
● ヤスたち家族に起こった不幸な出来事を知りたい
● 不器用ながらも子供を育てる父親の姿を見てみたい
● 不遇な環境でも人間同士のつながりの大切さを考えてみたい
昭和37年、瀬戸内海の小さな街の運送会社に勤めるヤスに息子アキラ誕生。家族に恵まれ幸せの絶頂にいたが、それも長くは続かず……高度経済成長に活気づく時代と街を舞台に描く、父と子の感涙の物語。
-Booksデータベースより-
市川安男・・・主人公。不器用だが人間味のある人物
市川美佐子・・安男の妻。不慮の事故に遭ってしまう
市川旭・・・・市川夫婦の長男。安男とは違って頭脳優秀
たえ子・・・・飲み屋の女将。ヤスを気遣っている
市川旭・・・・ヤスの幼馴染で住職
1⃣ 市川家を襲った不慮の事故
2⃣ ヤスは真実を話すのか
3⃣ 人と人との繋がりを大切に
主人公のヤス。彼は自分思うように生きている人間で,自分の気分次第で大きく喜んだり,時には不機嫌になったり,酒を飲んで荒れたり,本当に自由奔放に生きていました。
ヤスは不遇な環境で育っていました。まずヤスは両親の顔を覚えていません。母親はヤスが生まれて間もなく亡くなり,さらに伯父夫婦の養子として預けられて育ってきたのです。
ヤスには美佐子という妻ができました。美佐子も不遇な境遇で育っていました。広島に投下された原爆のため,一家を失ってしまっていたのです。
そんな二人が出会い,結婚して幸せに暮らしていました。
ある日,美佐子がヤスの子供を宿していることがわかります。不遇な環境で育った二人にとっては,本当の血のつながった大切な子供だったに違いありません。
ただ,何かと気が気ではなく,おろおろする辺りがヤスらしいです。そして無事に息子が生まれました。名前をアキラ(旭)と言いました。
このアキラはヤスと違って,とても賢い人間に育っていきます。まさに「鳶が鷹を生む」と言った方がいいのでしょうか。天才バカボンみたいな感じですよね。だから本作品のタイトルは「とんび」なのでしょうか。
ヤスのわがままは気になりますが,美佐子がそのバランスをとっているような感じで,三人で仲良く過ごしていました。一人息子ができたことで,ヤスも以前にも増して真面目に働くようになりました。子供ができると,何か「責任」みたいなものが出てきたのかもしれないですね。
子供を成長させる責任。真面目に仕事をする姿を,そして背中を子供に見せ,生活を安定させていくため,ヤスは一生懸命に仕事に励んでいるようでした。
そんな三人に,ある日不幸が起きてしまいます。アキラが四歳になった頃でした。
ヤスたち家族は動物園に行こうとしていたんですけど,雨で行けなくなるんですね。残念そうなヤス。しょうがなくヤスは仕事に行こうとします。
そこでヤスの仕事をどうしても一目見たいという美佐子の希望で,トラックに乗って親子三人で移動積み荷をする現場へ向かうことになるのです。
そして,ヤスが荷物の積み下ろしをしようとしていた時でした。ヤスの近くに突然アキラがやってきてしまいます。
その瞬間,積み荷が崩れ,悲劇が起きてしまいました。アキラを守ろうと,美佐子が覆いかぶさります。
美佐子は亡くなってしまうのです。幸せな家庭に一気に訪れた不幸。
ここからヤスはアキラと二人で生活していかなければならなくなるのです。
美佐子を失って取り残されたヤスとアキラ。
しかしヤスには仲間がたくさんいました。ヤスが幼いころからよく知っている「夕なぎ」という飲み屋の女将である「たえ子」,ヤスの幼馴染の照雲,その父親の海雲和尚など,ショックを受けながらも必死で生きようとするヤスを支えようとする人々です。
アキラが成長するにつれ,ヤスはいろいろな壁にぶつかります。アキラは明らかに寂しそうでした。
「なぜ自分にだけ母親がいないのか」
その問いにヤスは答えられない。母親に甘えたい,でもそれができない。ヤス自身も物心ついた時には同じように思っていたでしょう。
それでもヤスの周りの人間はヤスとアキラを一生懸命支えます。まるで家族であるかのように。
寒い海岸沿いにいた時,アキラの前後を温めてくれる二人のうち一人がいない。その時の海雲和尚の言葉が印象的です。
「アキラ、お父さんにもっとしっかり抱いてもらえ。顔と腹は温いだろう。それでも背中は寒い。お母ちゃんがおったら背中を抱いてくれた」
背中の寒さこそが母親がいないこと。しかしそれを周りのみんなで温めてやるから心配するなと。
これが母親を亡くしたアキラの運命であり,しかし同時に父親と二人だけで生きていっているわけではないのだということを和尚は伝えたかったのでしょう。しかし,アキラにはやはり疑問だったのでしょう。なぜ母親がいないのか。
「僕のお母さんは事故で亡くなったというけど,どんな事故だったのか教えてほしい」
そんなことをたえ子はアキラから聞かれるのです。
たえ子だけではありません。周りのいろんな人に聞いて回るアキラ。
アキラの「真実を知りたい」という気持ちはわかるような気がします。みんなお茶を濁すような答えしか返さないわけですから。不信感いっぱいだったと思います。
アキラの気持ちは親だからよくわかる。もうヤスはアキラに話すことにします。
「お母さんは,お父さんを助けてくれた。お母さんはお父さんの身代わりになって,荷物の下敷きになって亡くなった」
ということを伝えるのです。おや? このセリフを聞いて思ったのは,事実と若干異なること。
ヤスは,もしアキラが「自分のせい」で美佐子が亡くなったと知ったらどうなるか,ということを恐れているような気がしました。
本当のことを話してしまえば,アキラは罪の意識を背負ったまま生きていかなければならないのではないか。
ここにヤスの優しさを感じます。僕でも同じこと言うような気がします。
アキラは通っていた中学でも悪さをしたり,そのたびにヤスは自分を責めてしまったり,何かヤスの気持ちにいつの間にか感情移入しているのを感じました。
母親がいない生活。父と子の生活というのは,母子のそれとはかなり違う生活なのではないかと思います。
特にヤスの場合は,事故に巻き込んでしまい美佐子を亡くしたという負い目があるのかなと読んでて感じました。
必死でアキラを育て,護ろうとしているヤスの姿が身に沁みます。
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ヤスとの二人だけの生活で徐々に成長していったアキラ。とうとう大学受験の頃がやってきました。親としては複雑かもしれないですね。もちろん成長してくれた息子の姿には嬉しい気持ちがあると思います。
しかし,これまで二人三脚で歩んできた生活が終わろうとしている。
案の定,ヤスの酒の量は増えていったようでした。それは寂しすぎますよね。
僕も教師として生徒の就職の指導をしていますが,先日も受け持っている親から
「息子が東京に行くので一緒にいってきました。さすがに東京から戻ってくる飛行機に乗る前は寂しさでいっぱいになりました」と。
人の成長って,嬉しさとともに寂しさも感じてしまうものなんだなって改めて思います。
そして,元々能力の高かったアキラは一生懸命勉強し,早稲田の法学部に入学します。
上京しなければならない日にも,ヤスは卑屈になってアキラを見送りできませんでした。相当寂しかったのだと思います。アキラは大学3年生になり,出版社でアルバイトすることになりました。正月も返上で帰ってこれないというのです。ますます酒の量が増えるヤス。。。
しかし,雑誌にアキラの書いた記事が載ったことを知ると,ヤスはその雑誌を買占め,多くの人に配って回るのです。親バカなようですが,その気持ちよくわかります。
小さくなったアキラの存在を,何か別のもので確認したいんでしょうね。
アキラは26歳になりました。その頃,ヤスに由美という婚約者を会わせようと地元に戻ってくるのです。婚約者は3つ上,離婚履歴もあり,しかも連れ子ありです。
これ,ヤスは怒鳴り散らすだろうなって思ってたんです。ところが違いました。
「子連れの女性と結婚なんかさせん」と言うと思ったが,そうではなかった。彼はあっさり受け入れるんですね。
「アキラの女房は,俺の娘だ」とまで言い放つのです。
しかもその連れ子である健介を自分の本当の孫のように接しようとするのです。これには驚きました。あのヤスが。。。
アキラも成長していきましたが,ヤスも成長していたんですね。
そして大人,子ども含め,みんなが手を取り合って,力を合わせて生きていくという微笑ましさを感じるのでした。本作品は,父と子が何度かぶつかりながらも,それぞれが成長していく作品だったように思います。
人は一人では生きていけない。例え一人になっても誰かに手を差し伸べてもらって生きていく方法もあるのだなと。
このヤスの生活に比べれば,僕自身は何と恵まれていることか。普通に生活しているとわからないんですよね,自分は十分幸せであることを。
命あることが幸せなことであることを。
ヤスは自分が生きていることに感謝していたように思います。自分の妻を亡くしましたし,子供に寂しい思いをさせてもきたでしょう。
でもヤスは,普通の人間よりも,そういう不遇な環境にいる人間に対して優しくなれているような気がしました。血がつながっていようがいまいが,関係ない。人と人が何かで繋がるということに大きな幸せを感じているのがヤスなんだと思います。
だから血もつながっていない孫を本当の「孫」として受け入れたのではないでしょうか。
「子供に寂しい思いをさせるな」
その言葉がとても心に響きました。
不器用だったはずのヤスが,人間として成長する,心の温かさに惹かれる作品でした。
● 寂しい思いをしている人を支えようとする人々の温かさ
● 自分の生活している環境がいかに幸せであるか
● 人と人とのつながりの大切さを改めて感じました