岬洋介シリーズの第一弾です。
岬洋介は類まれな才能を持つピアニストですが,父親が検事であり,その影響を受けてからか司法試験も受験したことのある,とても能力の高い人物です。音楽,特に今回はピアノの演奏に関して独特の表現で描かれた中山七里先生の渾身の作品で,同作家最大のシリーズにもなっています。
今回の作品は,二人の少女とその祖父が火事にあってしまい,一人の少女だけが生き残ってしまいます。
その少女のピアノのレッスンに岬洋介が関わるという話ですが,本作品には重大な秘密があって,音楽だけでなく,ミステリー要素もかなり強い,面白い作品となっています。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 ピアニスト岬洋介登場
3.2 遥への献身的なレッスン
3.3 ルシア,しばしのお別れ
4. この作品で学べたこと
● 岬洋介というピアニストの人物像を知りたい
● 音楽とミステリーが融合した作品を読んでみたい
● 二人の命を奪った火事の裏に隠された真相を知りたい
祖父と従姉妹とともに火事に遭い、全身大火傷の大怪我を負いながらも、ピアニストになることを誓う遥。コンクール優勝を目指して猛レッスンに励むが、不吉な出来事が次々と起こり、ついに殺人事件まで発生する……。ドビュッシーの調べも美しい、第8回『このミス』大賞大賞受賞作。
-Booksデータベースより-
岬洋介・・・・検事を父に持つ,ピアニスト。遥の指導をする
香月遥・・・・高校の音楽科へ進学が決まっている少女
片桐ルシア・・遥の従妹。遥と瓜二つの少女。インドネシア国籍
香月玄太郎・・遥の祖父。遥,ルシアとともに火事に遭ってしまう
1⃣ ピアニスト岬洋介登場
2⃣ 遥への献身的なレッスン
3⃣ ルシア,しばしのお別れ
遥という少女は,音楽を学ぶため,高校へ進学するためピアノを学んでいました。
彼女にはルシアという,容姿も似ているインドネシア国籍のいとこがいました。
2004年のスマトラ島沖地震により両親を亡くしたルシア。遥ととても仲がよかったのですが,ある日突然彼女たちに不幸が訪れます
遥たちがいた家が火事になってしまったのです。生き残ったのは遥だけでした。遥の祖父の玄太郎とルシアは亡くなってしまいます。
そして遥も全身に大やけどを負ってしまいました。
母親の皮膚の移植を受け徐々に回復していきますが,玄太郎の多額の遺産を相続することになっていた遥とその親族との間に,徐々に亀裂が入っていきます。
遺産が絡むとどうしてこうも人間関係がおかしくなっていくのでしょうか。
遥が「もうピアニストにはなれない」と悲観していたところに,岬というピアニストが現れます。ここで本シリーズの主役である岬洋介の登場です!
彼は遥を励まし,彼女がコンクールに出場できるように指導を始めるのです。ここからがいよいよ岬洋介シリーズの始まりですね。
彼はその類まれな能力を生かして,音楽科へ進もうとしている遥へピアノの指導を献身的に行います。
ただ,遥は皮膚の移植をしていたため,動きがぎこちなくなっていたようです。
それでも岬は指導を続けるのです。ところが,遥の命を狙うものもいたのです。
毎日懸命にピアノの練習に励む遥。彼女の周りでいろいろな事件が起こります。
遥が階段を踏み外す細工がしてあったり,歩道で誰かに背中を押され車にひかれそうになったこともありました。
近くで見守っている岬は,この香月家に遥のことをよく思っていない人間がいることを知るのです。
それでも岬は遥のレッスンをやめません。逆に,何かに突き動かされるように岬は遥香の指導を続けるのです。
実は,岬自身は「突発性難聴」でした。いつピアノをひけなくなるかわからない状況です。
かつて,ベートーヴェンが難聴でありながらも,多くの曲を作ったということを聞いたことがあります。音の「振動」を頼りに作曲していたと。僕は専門家ではないので詳しいことはわかりませんが,それはそれは大変な作業だったのではと想像します。
岬自身は「司法試験」を受けています。父である岬恭介が検事であり,その影響も受けていたのでしょう。大きな試練も乗り越えてきた感があります。
多くの困難な壁を乗り越えようとしてきた岬だからこそ,その経験を生かして遥への指導が続けられたのではないかと思います。
そしてついに,衝撃の事実が明かされるのです!
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遥が,どうやって不自由になってしまった体を克服し,コンクールで優勝できるのかどうか,というところが話のテーマかなと思ってました。
しかし,実際にはまさにミステリーでした。
衝撃の事実が最後の最後に判明します。実は遥は「ルシア」だったのです。正直「えっ?」ってなりました。
母親の皮膚の移植を受け,親から期待されている遥の気持ちを思ってしまい,ルシアは正直に打ち明けることができなかったのですね。
今思えばその伏線になるようなことは書いてありました。特に,体が不自由になったとは言え,まるでピアノに初めて触るような,遥らしくない姿はこれが理由だったんですね。
祖父から大金を相続する遥を貶めようとしていた人間は家政婦で,遥の母親を殺害した犯人は実は意外な人物でした。
しかも岬はその全ての真実を,早い段階で気づいていたのです。ルシアはその部分を問い詰められます。それでも岬はルシアの指導をしてきたのです。
「事件の真相と,ピアノのレッスンは別物である」と。
コンクールで「ドビュッシー」の音楽を弾き優勝したルシア。
彼女は香月遥ではなく「片桐ルシア」として生きていくことを誓うのです。
彼女は裁かれるでしょうが,おそらく少年法に護られると思います。
それまで「しばしのお別れ」,それが本作品のタイトルにもなっているということです。
この岬洋介シリーズは本当に面白いです。
最初は音楽がテーマで,恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」のような,コンサートを舞台にした音楽の表現や音楽の影響力などを力強く表現している作品かと思いきや,終わってみれば「これぞミステリー」というものでした。
中山七里先生のピアノ演奏の表現の多彩には圧倒されました。
現在僕が知っている作家さんの中で,音楽とミステリーの両方を同時に描かれる方っていないと思います。それだけに「オンリーワン」の存在なのではないでしょうか。
音楽,特にピアノを志している方々にはきっと突き刺さる作品なのではないかと思うので,興味のある方は是非ご一読を!
● やけどを負った少女を指導する主人公岬洋介の指導力
● 音楽小説と思いきや,ミステリー要素の強い作品であること
● 事件の真相を一早く見抜き,何が大切なのかを判断する岬洋介の能力の高さ