岬洋介シリーズ第3弾。このシリーズも結構読んだなぁ,って思っていたらまだ読んでいない作品を見つけてしまいました。
というのも先に投稿した「どこかでベートーヴェン」が第4弾で,その後に本作品を読んで,第3弾と気づきました。
とにかく,ただでさえ本シリーズは面白いのに,ストーリーのバリエーションはとても豊富。
改めて中山七里先生のレパートリーの多彩さ,深さを思い知らされます。
音楽モノだけではなく,弁護士モノ,連続殺人事件モノ,法医学モノ。
これだけのレパートリーを短期間で描くなんて,中山先生の頭の中はどう整理されているのだろうと,毎回感心してしまいます。
岬洋介はもちろん天才ピアニスト。突発性難聴を持っているが,その音楽性のすごさだけではありません。
父親が検察官であるせいか,事件を推理する力が恐ろしく強い。大谷翔平選手ではないけど,まさに「二刀流」です。
今回の舞台は初の海外。ポーランドで開かれるコンテストが舞台となっています。ショパンの出身地であるポーランドが舞台に何が起こるのか。
本作品も一気読み間違いなしです。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 世界最高峰のコンテスト
3.2 互いに影響を与え合う参加者たち
3.3 <ピアニスト>の正体
4. この作品で学べたこと
● 「どこかでベートーヴェン」を読んだことある方
● 世界最高峰のコンテストでの岬の活躍を読んでみたい
● モデルになった意外な人物を知りたい
映画化された大人気の音楽ミステリー『さよならドビュッシー』シリーズ最新刊! 難聴をかかえながらも、世界的なピアノ演奏コンクール、ショパン・コンクールに出場するため、ポーランドに向かったピアニスト・岬洋介。しかし、ショパン・コンクールの会場で殺人事件が発生。遺体は手の指10本がすべて切り取られるという奇怪なものだった。岬は鋭い洞察力で殺害現場を密かに検証していく! 『このミステリーがすごい! 』大賞シリーズ。
-Booksデータベースより-
岬洋介・・・・主人公。天才ピアニスト
ヤン・ステファンス・・・コンテストに参加するポーランド人
榊場隆平・・・コンテストに参加する盲目のピアニスト
カミンスキー・・・ヤンの指導者で,コンテストの主催者
1⃣ 世界最高峰のコンテスト
2⃣ 互いに影響を与え合う参加者たち
3⃣ <ピアニスト>の正体
冒頭では,ある事件が起こります。ポーランド大統領の乗った航空機のエンジンに,何者かが爆弾を仕掛けていました。
ゴーラウンドを繰り返し着陸を試みますが,状況は良くならず,乗客合わせて96人全員が亡くなるのでした。そんな状況の中で開催されるショパン・コンクール。
ここで,世界の大きなコンクールを紹介します。
今回の舞台であるポーランドはショパンの出身地であり,今回のショパン・コンクールは世界3大コンクールの一つに数えられているようです。
世界3大コンクール
● エリザベート王妃国際音楽コンクール(ベルギー)
● チャイコフスキー国際コンクール(ロシア)
● ショパン国際ピアノコンクール(ポーランド)
ここに岬洋介が参加するのです。一体,どんな演奏を披露するのか。コンクールで優勝することができるのかが一つのポイントとなります。
世界最高峰のコンクールにおいて,多くの国々のピアニストたちが参加していました。
岬を始めとする日本人だけでなく,ロシア,フランス,アメリカなどなど。
そこにはポーランド人であるヤン・ステファンスの姿もありました。今回のストーリーは,岬洋介の視点ではないようです。
主人公はポーランド人のヤン・ステファンスと思われます。
彼は厳しい父の元,そしてカミンスキーという音楽家に師事していていました。
特に父は厳しいことを言います。
「1つのミスもしてはならない。1つまでを良しとすれば2つ,それが3つになってしまうのだ」と。
いや,確かにそうなんだろうけど,コンクールにかける思いは,ヤン本人よりも親の方が圧倒的に大きいようです。
日本をはじめとしたアジア系の台頭もあり,他のコンテスタントの演奏にも影響を与えます。
ポーランド国内では爆弾テロが起こっていました。そんな国勢でもコンクールを実施するのは,師であるカミンスキーに言わせれば,
「ショパン自身の持つ曲が,ポーランド人の不屈の精神の礎になっている」からだそう。
極限の精神論を訴えるのです。確かにそういう部分もあるのはわかりますけど。。。
とても厳しい環境で育ったヤン。父だけでなく,カミンスキーに対しても何かしら不満を抱えているようです。多くの演奏を素直に認めるヤン。そんなプレッシャーの中,ヤンの演奏が始まります。
高い緊張感の中,ヤンはすばらしい演奏をします。
観客からは「ブラヴォー!」の声が。まさに「ポーランドにヤンここにあり」という感じです。
そんなヤンの前に岬洋介が現れます。「あなたの演奏はすばらしかった」と。
ヤンは疑問に思います。コンクールに出場するためには音楽関係者2名の推薦が必要なのです。
そのうちの一人が「柘植彰良」です。あの「おやすみラフマニノフ」で登場した学長です。
その名前を聞いたヤンは唖然とします。ピアニストで柘植の名前を知らない者はいないからです。
強者揃いのコンクール参加者。
そんな状況下で,コンクール中に殺人事件が発生したのです。ピオトルという刑事が殺害されてしまうのです。
遺体には一発の銃弾が撃ち込まれていました。しかも何と10本の指が切断されていたのです。全部の指は持ち去られていました。
指ということは,ピアノを弾く人間の仕業なのか。
捜査が進展していく中,犯人はどうやら出場しているコンテスタントである,という流れになってきます。
その犯人は<ピアニスト>と呼ばれるようになります。
第一発見者は「サカキバ」という日本人ピアニストでした。彼は目が見えないピアニストです。
モデルはおそらく「辻井伸行」さんだと思いました。盲目のピアニストで観客を魅了するという場面を思い浮かべれば,すぐにそうだと思った読者も多いのではないでしょうか。
だから「発見」というよりは「異様な匂いがした」というのが正確かもしれません。
第一発見者が一番怪しいというのが殺人事件のセオリーらしいですが,サカキバにそれができたとは思えない。
岬もここに登場し「サカキバだけでなく,自分も容疑者の一人である」とサカキバを庇うのです。次の日,サカキバの演奏が始まります。ヤンが他のコンテスタントに翻弄される姿も描かれていますが,岬だけでなく,サカキバなど,コンクールの参加者の演奏を聴きます。
ヤンは完敗したと感じているようでした。素直にライバルの実力を認めるヤンは素直な人間だと思います。
ポーランド人として,ショパンの冠がついたコンクールで勝たなければならないという大きなプレッシャーに押しつぶされそうになるヤン。
それでも,他のコンテスタントを認める姿は好感が持てました。
決勝に進んだのは,ガガリロフ(ロシア),岬洋介(日本),エリアーヌ(フランス),オルソン(アメリカ),サカキバ,そしてヤンなどでした。
この中から優勝者が決まるのです。
コンテストに参加したピアニストが,別のピアニストに大きな影響を与えるということも描かれています。
岬が弾いた後の何人かが連続して残れなかったり,有望なピアニストがミスをしてしまったり,コンクールには魔物が潜んでいるようです。
決勝に残ったもの同士の争いもありました。
優勝が絶対条件であるヤンに対し,アメリカ代表のオルソンが「俺は別に優勝しなくても家に帰れるさ」と言ってみたり,「岬やサカキバは今回のコンクールは不利だ」と言う人間がいたり。
オルソンは軍人の家系のようです。音楽一家で育ったヤンとは対照的です。岬自身も親は検察官ですしね。
ここで気になることが出てきました。岬は審査員だけでなく,他のコンテスタントと進んで握手をして回っているということなのです。
岬は何か掴んだのか。握手することで何がわかるのだろう。
何か意図がありそうですね。
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そもそもショパンとはどういう人物なのか。
もちろんポーランドの誇りではあると思うのですが,ショパンの演奏とはどういうものだったのでしょう。
音楽というのは聴き手によって捉え方はひとそれぞれだとは思います。
今回のコンクールの審査委員長であるカミンスキは
「ヴィルトゥーゾ(名人演奏家)をきどらない,過度な誇張もない,自然でエレガントなものである。川のせせらぎのように優雅である」
おそらく今回のコンテストの評価のポイントでもあるのでしょう。
そんな時,ポーランドのラクチンスキー宮殿で爆弾テロが起きます。
もはやコンテストを続行することはできないと誰もが思っていましたが,ショパン協会,いやカミンスキは違いました。
「他人の生命を蔑ろにしてまで押し通す正義は虚構であって,それを音楽で表現した人物こそがショパンである」
そう言い,コンテストは続行されるのです。
捜査が進展し,ヴァインベルグという刑事が<ピアニスト>の前に現れます。まだこの<ピアニスト>が誰かは明かされていません。
どうやらヴァインベルグは決定的な証拠でもって<ピアニスト>を追及しようとしたときでした。
実は<ピアニスト>は罠を仕掛けていたのです。ドアのノブなどに神経毒を仕掛け,ヴァインベルグは徐々に意識を失いつつありました。
そしてヴァインベルグは亡くなってしまうのです。コンクールも大詰めを迎えます。ヤン・ステファンスは素晴らしい演奏をしました。
岬も登場します。日本では何と「どこかでベートーヴェン」で登場した人物たちが岬を応援していました。
こういう作品を越えた繋がりは読んでいて楽しいですよね。
しかし今回の岬はおかしかった。何か悲しい,慟哭のような,不安定な演奏をしてしまうのです。
一体,岬に何が起こったのか。突発性難聴の再発か?
いや,実は岬の演奏はコンテストなどどうでもよかったのです。
闘争に巻き込まれた人々のために岬はピアノを弾いていました。しかし,最後の最後に岬の演奏は称賛されました。
そしてとうとう真犯人<ピアニスト>が判明します。
<ピアニスト>はピオトル刑事が向けた銃を抑えようとしたため,ピオトルの爪に<
ピアニスト>のDNAが残されてしまったのです。
だから10本の指全部を切り落としたのでした。つまり証拠隠滅です。
<ピアニスト>の正体は,カミンスキでした。唖然とするヤン・ステファンス。カミンスキの一人息子,ルドルフ・カミンスキを殺害したのが,ポーランド軍の兵士だった。
だからその元首であるポーランド大統領を航空機もろとも爆破させたのでした。
悲しい結末でした。。。
そして,コンクールの結果が発表されます。
優勝はヤン・ステファンスでした。2位にサカキバが入りました。主人公はやはりヤンだったんですね。岬からも声を掛けられます。
岬は,半ば自暴自棄になりつつも,最後にすばらしい演奏をしたヤンを称えるのでした。
岬はというと,途中で何が起こったのかわからなかったが,一時的におかしな状態になり,演奏を中断してしまいました。
そして,なぜか彼の演奏がそのホール内だけでなく,ホール外にも流された。だから敵が撤退したのです。
「岬の演奏が敵を躊躇させた」と。
その放送を聞いたヤンは考えるのです。
「優勝したのは自分だが,真の評価を与えられるのは岬であるべきだった」と。ホール内の観客の心に残る演奏なのか,それともテロで闘っている人間たちの心に響く演奏なのか。その答えは出ているとヤンは思ったのです。
人の心に響く演奏ではないが,人の心に響く言葉。
岬の奥深さを感じたヤンでした。
今回の作品は,恩田陸先生の「蜜蜂と遠雷」をも思い出しました。
音楽コンクールの舞台において,相当高いレベルの演奏を「文章で表現」しなければならないというのは相当キツいのではないかと思います。
あの恩田陸先生も悩みながら,逃げ出したくなりながら描いて直木賞を受賞したわけです。
しかし,中山七里先生はそれをはるかに凌駕しているように思います。
僕自身は専門家ではないからわかりませんが,作品の三分の二は音楽の表現で構成されています。
これは音楽に相当精通している人にしかわからないだろうと思うし,それを描くとなれば相当リサーチも必要になると思います。もちろん苦労しながら描かれているとは思いますけど,そのシリーズを何作も出すということは,ある意味他の追随を許していない「音楽小説の絶対王者」であるようにも思います。
本作品の他にもまだ続編が存在します。
どの作品にも深みがあり,真っ先に買って読んでしまうのは,作者の力と,その力によって生み出された「岬洋介」の力でもあると思います。
まだまだこのシリーズを読んでみたいですね。
● 岬の音楽性の奥深さを知ることができた
● 相も変らぬ岬洋介の事件に対する洞察力はすごい
● コンテストでは、コンテスタントの演奏が多大な影響を与えることがある