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【いつかの人質】芦沢央|過去と現在をつなぐ誘拐事件

芦沢央先生と言えば,最後に残す後味の悪い作品が印象的です。それでも読んでしまうのは,本作品の中に引き込まれてしまう所以かもしれません。

「いつかの人質」って「きっと誘拐の話だろうな」と思って読んでいました。確かにそれは当たってるんだけど,「いつかの」という言葉がとても意味深でした。これまで以上に怖い話なのか,と手に取った本作品。

話はある「事件」から始まります。それは「誘拐」です。子を持つ親としては,自分がもしこうなってしまったらどういう行動をとるだろう,って考えるのではないでしょうか。しかも子供が女の子であればなおさら。

芦沢先生の作品はだいたいがそうですけど,先入観に陥っていることすら気づかせないんですよね。最後になって「えっ?」となってしまうことが本当に多いです。

登場人物だけでなく,自分の意識が囚われているのか。それまでの伏線が見事に取り払われる瞬間を味わえる作品だと思います。

こんな方にオススメ

● 二度も起こってしまった誘拐事件を知りたい

● 誘拐を起こした犯人の正体と動機を知りたい

作品概要

宮下愛子は幼いころ、ショッピングモールで母親が目を離したわずかなすきに連れ去られる。それは偶発的に起きた事件だったが、両親の元に戻ってきた愛子は失明していた。12年後、彼女は再び何者かによって誘拐される。一体誰が? 何の目的で? 一方、人気漫画家の江間礼遠は突然失踪した妻、優奈の行方を必死に探していた。優奈は12年前に起きた事件の加害者の娘だった。長い歳月を経て再び起きた、「被害者」と「加害者」の事件。偶然か、それとも二度目の誘拐に優奈は関わっているのか。急展開する圧巻のラスト35P!
-Booksデータベースより-


主な登場人物

宮下愛子・・・かつて誘拐事件に巻き込まれ,失明した少女

江間優奈・・・漫画家の夫を持つ主婦

江間礼遠・・・売れっ子漫画家。優奈の夫

宮下麻紀美・・愛子の母親

宮下陽介・・・愛子の父親

本作品 3つのポイント

1⃣ 誘拐事件発生

2⃣ 誘拐事件ふたたび

3⃣ 真犯人の正体とは

誘拐事件発生

一人の女の子が行方不明になるところから話は始まります。あるアミューズメント施設に来ていた母娘。母親の麻紀美がトイレに行きたくなり,少しの間だけ子供と離れてしまいました。戻ってきた時には,娘の姿がなかったわけです。迷子迷子になった女の子の名前は宮下愛子と言いました。母親の麻紀美はスタッフに詰め寄ります。そしてすぐに迷子のアナウンスが流れます。スタッフから「すぐ見つかりますよ」と言われてホッとするも,なかなか見つからないことに焦る麻紀美。

実は,麻紀美がトイレに行っていた間に,ある母娘が愛子を見つけます。娘の優奈が愛子に話しかけます。そして母親の典子も。

愛子はビンゴゲームに当たるも,最後のじゃんけんで負けてしまい,大好きなローズちゃん人形をもらい損ねていました。

典子たちは一人になった愛子に別の人形を渡そうと,一旦自分の車に戻って人形を取り,引き返そうとした時でした。すぐそばまで愛子がついてきてしまっていたんですね。これに典子は大慌て。

ところが典子の元に急に電話がかかってきます。どうやら大事な仕事の取引先が,その取引をやめたいと言ってきたらしいのです。

これにも典子は大慌てして,すぐに取引先のところへ行こうと車に乗り,移動します。そして一緒に乗っていた優奈が「お母さん!」と言った瞬間目に入ったのは愛子でした。

「この子。。。」唖然とする典子。完全に取引先の件で頭がいっぱいになってしまっていたようです。自宅に着いて,とりあえず二階にある優奈の部屋に愛子を上げます。驚くところが何やら物音が。愛子が二階から階段で一階まで落ちてきたのです。頭を打った愛子は気を失ったのか,それとも亡くなったのか。

警察にも通報されていたようです。次の日にはテレビからはまさにニュースが流れてきます。

昨日の十四時ごろ,浜松市の屋内アミューズメント施設<ミラクルキッズパーク>で三歳の女の子,宮下愛子ちゃんの行方がわからなくなりました。

店内のカメラには,愛子を抱え上げる典子の姿がありました。すでに指名手配されている典子。一体,典子はこの事態をどうしようと考えているのか。

警察は防犯カメラから,愛子を連れ去った母娘を特定していました。典子は「五千万を用意しろ」と,愛子の父親である陽介に電話をかけます。

陽介が取引場所へ行った時,そこには横たわった愛子の姿が。愛子は無事でした。しかし彼女は「失明」してしまっていたのです。これはおそらく優奈の家で,二階から落ちた時の衝撃が原因だったようです。誘拐犯として指名手配された尾崎典子は逮捕されました。逮捕そして話は十二年後へ飛びます。元々静岡県浜松市に住んでいた宮下一家は,事件後,千葉県船橋市へ引っ越していました。そこには陽介,麻紀美,そして目が見えなくなってしまった愛子も一緒です。

娘の事件で大変な思いをしてきた宮下一家でしたが,娘も白い杖をつきながらも,普通に学校に通っているようです。

そんなある日,愛子は学校の5人くらいの友人とともにコンサートへ行きたいと言い出します。麻紀美はかなり心配しているのか,反対しますが,陽介は賛成します。

何かあったら,と思う母親と,もう一人の大人として成長してほしいと思う陽介。結局,コンサートへ行くことになりました。但し,事前に下見をすることにしました。

麻紀美はやはり不安らしく,愛子が座る席と出口やトイレの位置を確認させるのです。そしてコンサートの日。愛子は会場にやってきます。しかしここで思わぬことが起こります。

愛子の席は良い席らしく,突然,唯という友人と席を替わることになってしまいました。
愛子のやさしさがそうさせたのですが,席が変わったということは,事前の下見がムダになってしまいます。

コンサートホール愛子はトイレに行きたくなり,焦ります。周りの観客に「すみません」と言いながらトイレを目指す愛子。迷子になってしまった様子の愛子にスタッフらしき人物が声をかけます。

どうしたの? トイレですか?

あなたから見て十時の方向にスタッフ用のトイレがありますから,使いますか?

その声に安心する愛子。トイレに着いたと思いきや「バタッ」と扉が閉まる音がします。スタッフに案内されて辿り着いた場所はトイレではありませんでした。扉が歪曲している。愛子はそれが「車の扉」だと確信したのです。そして車の中で四つん這いになり,自分が漏らしてしまったことを悟ります。

えっ? 誘拐? また? 同じことを愛子も考えたようです。この人は誰なのか? 愛子は想像を膨らませます。十二年前のことを。

嫌だ。死にたくない。これ以上痛い思いをするのは嫌だ。

誰か,誰か。。。ママ,助けて。

果たして,愛子は無事に解放されるのか。

誘拐事件ふたたび

ここで一人の男性が登場します。江間礼遠(れおん)という人物です。彼は漫画家らしく,実はあの誘拐に関わったあの優奈の夫です。優奈の原作で礼遠が絵を描き,これが当たったのです。

優奈との出会いは四年前。合コンでした。そこで優奈が漫画が好きであることで盛り上がります。実は礼遠の父親は漫画家だったらしいです。礼遠締め切りがあったり,常に新しいモノを生み出さなければならないプレッシャーなど,いろいろあったのでしょうか。ある日,礼遠の父親は首を吊って亡くなってしまったのです。それを最初に見つけたのが当時九歳だった礼遠だったのです。

だから母親は当然,礼遠が漫画家になりたいと言った時には大反対します。しかし礼遠は漫画家になります。そして『コミット・ライダー』という作品で有名になるのです。

ところがその優奈が家を出て行ってしまいました。離婚届を置いて。家を出て行ったことに礼遠はショックを受けます。同時に世間ではある事件が話題になっていました。

「船橋市女子中学生営利誘拐事件」報道愛子の誘拐事件のことです。そして宮下陽介の携帯にも「脅迫メール」が送られてきます。

娘は預かった。返してほしければ今すぐ六百万円用意しろ。

今から三十分後に稲毛海浜公園球技場裏のゴミ箱の横に金を入れた鞄を置け

宮下家からすれば,十二年前のことが頭に思い浮かんだでしょう。一時的にメールを発信した中継局が西葛西。どうやらこの辺りに犯人がいるのでしょう。そして愛子も。

警察も当然動いています。コンサート会場内で愛子の姿は防犯カメラでとらえていましたが,肝心の犯人がわかりません。この時間帯に駐車場から出た車は18台。ナンバーを「Nシステム」で追跡しています。

一台だけ,西葛西の野球場裏の車がヒットし,そこには「失禁」の跡があります。愛子のものでしょうか。

警察は,行方不明になっている江間優奈を怪しんでいるようです。そして千田という刑事が礼遠の元へやってくるのです。礼遠から「優奈は五百万円の借金をしていた」と知らされます。どうやら優奈はホストクラブに行っていたようです。

だから身代金が六百万円なのでしょうか。何か少ない気がするなとは思っていました。礼遠は実は小型のGPS装置を優奈の鞄の中に仕込んでいました。何か異常な気がします。

そして行先がわかりました。「漫画喫茶ダッシュ」に優奈はいたようです。警察が聞き込みをした後に,礼遠もこの漫画喫茶へ行き,店長に話を聞きます。彼女は「ブラックパス」という煙草を購入して吸っていた様子。ブラック・パス警察は,優奈が通っていたというホストクラブへ行きます。優奈が指名していたのは須原リョウという人物。優奈は「橋野あおい」という偽名で通っていたようです。須原が言うには,優奈は普通の客と一風違ったようです。

高級なものを身につけているわけでもないし,金遣いが荒い感じでもない。「子供がいれば,こんなところに来ることもないのに」とも話していた様子。ところがしばらくすると,ホストクラブへも来なくなったようです。

そんな時,礼遠の元に優奈の母親,つまり典子から電話を受けます。典子の元にも警察が来ました。『優奈が誘拐事件の容疑者になっている』と。

典子は自分を責めます。かつて大きな過ちを犯してしまい,夫とも離婚し,不遇な家庭環境で育ててしまったと。そしてさらに礼遠は優奈を探します。礼遠礼遠は喫煙スペースで煙草を吸っている女性と会います。礼遠も優奈を思いながらブラックパスを吸っていました。

ここで礼遠が「この女性に見覚えないか」と尋ねたところ,会ったことがあると言います。しかも一度しか会ったことないのに,優奈はこの女性にいろいろなことを話していたのです。離婚届の話とか。。。

ずっと一緒にいた礼遠には言わず,たかが一度しか会ったことのない人には身の上話を話していることに礼遠は不信感を持ちます。

一方,監禁されている愛子。どうやらスタンガンを撃たれ,猿ぐつわを噛まされ,身動きできない状態の愛子。愛子は何とか逃げ出したいと強く思っていました。絶対に生きて帰ってやると。

愛子は風呂場にいるようです。目が見えない愛子は,近くに何があるかを探ります。シャンプーやリンス,そして石鹸など。湯を沸かして湯気を立てれば「火災報知器」が作動することもあるということを思い出し,必死で行動します。

風呂場そんな中,誰かが帰ってきたようです。煙草の匂いがします。そしてまた口に布を詰め込まれ,暴力を奮われます。強い気持ちで逃げ出したいと思っていた愛子も,望みを絶たれたかのように絶望感に浸っています。

陽介の耳に「犯人からの連絡があった」という声が入りました。犯人は「水元公園」で身代金の受け渡しを要求しているようです。

警察はすぐさま動きます。そして水元公園へ。ところが指定場所が変更されます。「あざみ野へ向かえ」

結局,犯人との取引には失敗してしまいます。うなだれる陽介でした。

真犯人の正体とは

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その頃,愛子は必死に助けを求めていました。どうやったらこの場所から抜け出せるのか。愛子は考えます。「排水口をつまらせてしまえばいいのではないか」

愛子は自分の髪を引き抜き,排水口が詰まれば何か起こるのではないかと考えます。必死に必死に何とかしようとする愛子。少しずつ,排水口の水の音が小さくなる。

うまくいっているのではないか。水が漏れて誰かが気づいてくれているのではないか。その時「コン,コン,コン」と扉をノックする音が聞こえます。

ドアをノック愛子はまた必死に頭を窓に打ち付けます。「何とか気づいて。。。」

お客様,申し訳ありません。開けさせていただきます!

どういうことだ,これは。フロントに連絡しろ!

愛子の叫びが誰かに伝わった瞬間,愛子は泣き崩れてしまいました。愛子が助かった瞬間でした。

礼遠はようやく優奈を探し出しました。礼遠の姿を見た優奈は唖然とします。

「大丈夫だよ,もう心配いらないから」

そんなことを言う礼遠へ向かって,優奈は激怒します。

「いいかげん,現実を見てよ!」

優奈は逃げ出します。それを追う礼遠。そして鉄骨のある場所で揉みあいになり,転倒する礼遠。どうやら頭を打って動けない様子。それでも礼遠は優奈に問います。

「何がいけなかったんだ。。。」

礼遠は気づくのです。優奈の願いは作品が売れることではなく「その夢が完全に閉ざされること」だったんです。意識が遠のく礼遠。

そして宮下陽介の元に吉報が舞い込みます。「愛子ちゃんが無事に保護されました」保護された場所は荻窪のビジネスホテルだったようです。警察保護保護された愛子は,警察から事情聴取を受けるように要請されます。しかし麻紀美は反対します。精神的にダメージを受けている愛子には酷であると。ところが愛子はこれを受けようとするのです。

「私は直接犯人と接していたんだから,私に話を聞かなきゃというのは当たり前だと思う」
何か一回り大きくなったように感じる陽介と麻紀美。「愛子は変わった」と感じているようです。

そして,愛子は刑事の千田から事情聴取を受けます。誘拐時の状況をいろいろと聞き出す千田。愛子はある「煙草」の匂いを嗅ぐように言われます。確かにあの時嗅いだ煙草に間違いない。あの「ブラックパス」でした。

やはり,優奈が誘拐犯か。千田は「その誘拐犯の女が。。。」と続けますが,愛子が意外なことを言います。

「私の会った人は男の人ですけど」

男性とはな,なんと。。。ということはブラックパスを吸っていた男性はあと一人しかいない。そうなんです。実は誘拐犯は礼遠だったのです。

シャンプーが2セットあったこと,誘拐時に「十時の方向に」という,障碍を持つ人へアドバイスする際の言葉。礼遠はかつて自閉症の施設で働いていたことがありました。

千田は驚きます。未成年の,しかも盲目の一人の少女がここまで堂々と状況を整理して話ができるのかと。

礼遠の誘拐の動機は「いなくなった優奈を警察が見つけてくれる」というものでした。かつて誘拐された宮下愛子がまた誘拐され,優奈がその容疑者になれば探してもらえると。

礼遠は気づかなかったのです。優奈の悩みに。彼の才能がどんどん開花され,優奈は認めてもらえない。そんな生活から逃げ出したかった。しかしある意味潔癖症で鈍感な礼遠は,必死で追いかけた。

優奈の母親である典子が「頑張れ」と励ますこともプレッシャーになっていたのかもしれません。しかし,優奈は何とか自分の力で道を切り拓こうと,また漫画を描いて応募するのでした。優奈本作品を読んで,世の中の人々は異なる環境でいろいろな経験をしているわけですけど,今も昔もこうやって人間関係に悩まされることは尽きないのだなって思います。

もちろん冒頭の誘拐事件の部分では,その境遇になったことがある人にしかわからない辛さや悲しさもわるわけですけど,故意ではない事件もあるのだなと。

そしていろいろな要素が絡み合って,運よく同じ屋根の下で暮らすことができたかと思えば,実はそれは不運だったと後になって思ったり。少しのこじれが重なって,大きな事件を生み出してしまうこともあるのだなと思いました。

それにしても,二回の誘拐を経験した一人の少女。こんな不運なことが続くこともあるのかと驚きました。しかし事件後,社会的役割を堂々とこなそうと一生懸命警察に状況を説明しようとする少女に感銘を受けました。

彼女なりにこれまで一生懸命生きて,そして多くのことを考え,一人の「大人」としての役割を果たそうとするその姿が印象的でした。

この作品で考えさせられたこと

● 誘拐事件に遭った家族の思い

● 少しの人間関係のこじれが大事件を起こすこともあるということ

● 二度の誘拐に遭った少女の成長

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