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【終わった人】内館牧子|退職後,余生をどう生きるか

終わった人

内館牧子先生の作品を初めて読みました。内館先生といえば,僕の場合,横綱審議委員会を思い出しましたが,脚本家であり,作詞家でもあり,マルチで活躍されている方なんですね。

定年になったら自分はどうするのか。まず思ったのは「これは他人事ではない」ということでしょうか。いつか僕自身にもやってくる「定年」というシステム。

今の仕事をずっと続けているのか,それとも何か新しいビジネスをしているのか。まずは健康で過ごしていられるのかという問題はありますが。。。

ずっと続けてきた仕事から離れ,通勤しなくてもいいという日がやってきた時,男は一体何を生きがいにして生きていくのか,とても考えさせながら読みました。

2018年に映画化されています。主人公を舘ひろしさん,妻役を黒木瞳さん。

なるほど,ぴったりな配役かもしれないですね。

本作品は自分の将来を本気で考えたい方には本当にオススメの作品です。

こんな方にオススメ

● 自分の定年後のことを考えてみたい

● 主人公を襲った悲劇を知りたい

● 定年後のパートナーとの関係を考えてみたい

作品概要

大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられそのまま定年を迎えた田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れた。生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、あがき続ける男に再生の時は訪れるのか?シニア世代の今日的問題であり、現役世代にとっても将来避けられない普遍的テーマを描いた、大反響ベストセラー「定年」小説。
-Booksデータベースより-




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主な登場人物

田代壮介・・・主人公。長年銀行に勤務。63歳で定年退職する

田代千草・・・壮介の妻。現在美容師で,将来は自分の店を持ちたい

浜田久里・・・童話教室へ通う女性。壮介が恋をしてしまう

山崎道子・・・壮介と千草の娘。千草とはツーカー

青山敏弘・・・千草の従弟で一流のデザイナー。トシと呼ばれている

本作品 3つのポイント

1⃣ 定年を迎えた壮介

2⃣ 壮介,社長になる

3⃣ 壮介の大ピンチ

壮介の定年後

定年って,生前葬だな

こんな言葉で始まるストーリー。63歳で定年を迎えた男の物語です。壮介東大法学部を卒業し,万邦銀行に入行した田代壮介は,エリート街道を歩いていくイメージを持っていました。銀行の三大店舗と言われる日本橋支店に配属になり,そして史上最年少の39歳で支店長になります。

ここまではよかったんですけど,思わぬ人事を経験します。銀行は吸収合併を行い「たちばな銀行」へ。そして何と「たちばなシステム株式会社」に出向となります。

銀行で出向って言うと,やはり「半沢直樹」を思い出してしまいますが,行員にとっては良いことではないですよね。そして出向どころか「転籍」,つまり「たちばなシステム」の正式な社員となってしまうのです。

最後は「専務取締役」までいきますが,63歳で雇用延長せずに退職したのです。「残る桜も散る桜」壮介の言葉が身に沁みます。退職会社の社員から見送られ,自宅に帰りつく壮介。家に帰るとテーブルにはご馳走が並べられていました。妻の千草や,娘の道子の4歳と2歳の子供も,「ご苦労様でした。」とねぎらわれます。

岩手県にいる壮介の母親や千草の義母からのDVDのビデオレターも用意されてました。「長い間、ご苦労様でした」とのメッセージをもらう壮介。ただ,明日からどうやって過ごしていこうか考えているようでした。

途中で千草の従弟の「トシ」と呼ばれる一流デザイナーも登場します。DVDと作製したのはトシでした。そんなトシでも「三十代,四十代のようにはいかないよ」と話します。ビデオレターサラリーマンと違って,手に職がある人たちには定年もなく羨ましい気もしますが,そうとも限らないのですね。

「これからは時間の流れが変わってきて,会社時代とは違う価値観で時間を見ればいいよ」

明日からは有り余る時間をどうやって過ごしていくか,死ぬまでどうやって生きるかを考えていかないといけないわけです。

妻の千草は,働いている美容室の仕事で頭がいっぱいのようでした。千草の気持ちになってみれば,夫が家にいるということは「鬱陶しさ」を感じている様子。

壮介が何かをしようと声をかけても「今,忙しいからまた今度」という返事。よく聞く話ではありますけど「夫元気で留守がいい」というのは当たっているのかもしれませんね。

そんな壮介はスポーツジムに通うことにします。そこでジジババと話すようになります。自分もジジババのような気もしますが。。。スポーツジム確かに平日のジムに行ったことありますけど,かなり年配の老人の方が一生懸命柔軟したり,走ったりしているのを見たことあります。健康でいるためにジムに通うというのは,定年後の「あるある」なのかもしれません。

そのジジババの中には若い男性もいました。鈴木という,IT系の企業の社長で38歳です。壮介は生き生きと話し,そして現役でやりがいのある仕事をしている鈴木のことを羨ましがっているようでした。

そんな鈴木を見ながら,壮介はハローワークへ行きます。暇を持て余し,できる仕事を探そうとします。「山下メディカル」という企業の経理担当を受けることになりました。しかしそこの社長から断られます。

「東大法学部は困ります。。。」それは,あまりにも高い学歴のため,社員が委縮してしまうということのようです。面接ん~,学歴がよければいいわけではないんですね。その人にあった居場所みたいなものがあるんでしょうね。

次に壮介が考えたのが「東大の大学院」への入学です。文学部に入って,文学を研究したいと言うのです。そのために一度「カルチャーセンター」を訪れ「石川啄木講座」を受けようとします。どうやら文学研究のヒントにしたいようです。

そこで出会ったのが浜田久里という女性。彼女は童話講座を受けていました。何かこの久里にトキメキを感じる壮介。女性「パパ,恋をして。恋よ,恋が大事よ」娘の道子は千草とそう言うのです。

これって,どういうことなんですかね。やはり家にいるより,外に出て何かに夢中になっていてほしいということでしょうか。壮介は久里を食事に誘ったり,かなりアプローチします。いやホントに大丈夫かな。。。

ただ壮介は,何か違和感も感じているようです。久里はバツイチでアラフォー世代。久里から都合よく扱われているような気がすると。ん~,その気がするというのは恐らく当たっている気がするなぁ。

壮介は一時はかなり久里に気持ちが行っていましたけど,ある時を境にきっぱり諦めようとします。うん,それがいい。定年を過ぎた男が恋なんて,何かこっちまで恥ずかしくなってきそうです。壮介の恋とにかく,壮介はいろいろ試しますが,なかなかうまくいかないことにガッカリします。

そんな時でした。壮介に思いもよらない依頼が舞い込んでくるのでした。

壮介,社長になる

ある日,スポーツジムで「ゴールドツリー」という企業の社長と会います。と言っても,ジム仲間のあの鈴木のことです。

年寄りをターゲットにした商品開発のために老人と話したり,時には飲みに行ったりまでしています。老人たちとのつながりが強いのはこういう理由があったんですね。若い社長壮介に,思ってもない依頼がきます。「ゴールドツリーの顧問になってほしい」という依頼でした。この辺りから壮介は生き生きし始めます。やはり,何か仕事をしている方が彼にとっては合っているんでしょうね。

週3日というものではありますが,収入の方は普通に年金をもらうよりもはるかに待遇がいいみたい。前職で海外とのやりとりなどにも長けている壮介にとってはやりがいがあったのでしょう。

ところがさらに月日が過ぎ,驚愕の出来事が壮介を襲います。何と,社長の鈴木がなくなってしまったのです。享年39歳。「大動脈解離」でした。

大動脈解離とは

大動脈の血管壁になんらかの理由で亀裂が入り、そこから血管壁の中に血液が流れ込んで、本来の血液の流れ道とは別の、もうひとつの流れ道ができた状態です。この血管壁の裂けた状態を「解離」と呼びます。

-ニューハート国際病院サイトより-

壮介以上に,ゴールドツリーの社員たちの動揺は激しかったようです。若いとはいえ,企業の大黒柱が亡くなるのはかなり痛い。

壮介は逆に「ここが辞め時だろう」と千草とも相談の上,顧問を辞めることを会社に伝えます。若い人たちで何とかしてほしいと。しかしこのままでは終わりませんでした。

田代さん,社長に就任してください。取締役の満場一致,そして社員も全員一致です。お願いします。

壮介は引き止められます。自分が顧問に残って,他の社員を社長へという代案も出しますが,聞き入れてもらえない。壮介はかなり悩みます。悩んだ結果出した結論は「社長を引き受ける」でした。

これに対し,千草は反論します。大学院を受験してほしいと思っているようです。う~ん,大丈夫なんでしょうか。元々銀行マンだからうまくやっていけそうもするけど,どうなんでしょう。ただ,壮介の決意と覚悟は固かったです。

「会社の大小に関わらず,業種に関わらず,会社を動かしてみたいというのはサラリーマンの夢だ」壮介,社長になる確かにそうなんけど,何か嫌な予感がするなぁ。。。そして,田代壮介社長のゴールドツリーが動きだのです。

IT業界なので,他の企業のシステムを構築し,その対価として収入を得る。社長に就任してからは,会社の若い社員たちの意見も汲み取り,新しいゴールドツリーになっていくようでした。

妻の千草には自分の「サロン」を作って独立したいという夢がありました。これまで千草が蓄えてきた預金と,壮介の退職金の一部を使って。それぞれが新しい方向へ向かって進んでいました。

しかしここで想定外のことが起こってしまうのでした。

壮介,大ピンチ

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ゴールドツリー社の取引先である,ミャンマーの「イラワジ社」という企業が倒産してしまいました。イラワジ社倒産イラワジ社のシステム構築にかかった三億もの費用が回収できない状態になったのです。これはゴールドツリー社にとっては当然ながら大損害。完全にパニックになる壮介をはじめとしたゴールドツリーの面々。

代表取締役社長というのは,僕みたいな一般人からすると魅力のある存在ではあります。でも,こういうリスクが発生した場合,その責任を一身で引き受けるのも「代表」なんですね。

今の取引先からの回収分,そして役員の報酬削減,社員の賞与カットなどなど,負債を何とか減らそうとします。しかし,それでも9000万円のマイナスが壮介にのしかかります。それは田代家としてのものです。借金これに怒りをぶつけるのは千草です。千草自身が地道に蓄えてきた貯蓄から出ていくことになるわけですから。「サロン」という夢が実現すると考えていた矢先の大損害。

「あれだけ止めたのに・・・言うこと聞かないで社長やって・・・それで,これ?」

と言われる始末。家計を管理してきたのは妻の千草ですから。怒るのも当然でしょう。
とうとう千草は出ていきます。というか,壮介がいないときに家に帰って着替えたりしているようです。当然,メシは出ない。壮介は本当に自分自身を責めているようでした。

そんな頃,千草が設立したサロンである「美容室ちぐさ」がオープンします。有名デザイナーであるトシの力を借りて,見事な美容室が完成していました。美容院千草が家を出てから一度も会っていない状況で,壮介は美容室へ行くことにします。

「あらァ!来てくれたの?ありがとう」

追い返されるのではないかと思っていた壮介は,千草の意外な反応に驚いている様子でした。トシだけでなく,娘の道子もやってきて久しぶりにみんなで話すことができた時間でしたが,ここで千草は話を今後のことに向けます。

明日から家に帰る。別れるつもりはない。別れないのは私のためよ。

長く一緒にいた縁をブツッと叩き切ったら,私の気分が悪い。

でも今後,あなたの介護をするつもりやお世話をするつもりは一切ない。

壮介にとってはキツい言葉だったようです。その後も一緒に住みはしますが,離婚はせず,そして宣言通り壮介に対しては素っ気ない態度。一緒にいる意味があるのかなって思います。

そんな壮介は,盛岡の実家に行くことにします。そこにはかつての仲間たちが待っていました。一人一人の家に行って昔話をしたり,飲み会を開いて騒いだり。昔の仲間その中の一人の友人が深いことを言います。

親父のしゃんとした姿を思い出して,どうして認知症になったのか。

そんな思い出と戦っても勝てない。女房や子供と幸せだった日を思い出してもさ。

友人のその一言で壮介は気づくのです。

「俺は定年後,自分の思い出とばかり戦ってきたのではないか」

壮介はそんな話をしながら「故郷へ帰ろうか」と思うのです。

そして東京へ戻って千草との最後のバトル。故郷へ帰る,離婚してもいい,という壮介に対し,千草はキレます。壮介は,千草に迷惑をかけたこと,千草が楽しそうにしていないことなどを理由に離婚してもいい。夫婦喧嘩しかし千草はそのつもりはない。その間にいる娘の道子はお互いをフォローしつつも責めます。

パパだって生身の男だもん。病気もするし,事故もある。何が起こるかわからない。ママは,東大出のパパをつかまえていい暮らしができるって考えたことあるでしょ。

パパだって,ママと結婚すれば助かると思っただろうし,仕事一筋でこれたのはママのおかげ。結婚はギブアンドテイクだよ。それができないなら別れるべき。

道子は離婚することをすすめます。でも結局,壮介と千草の考えは平行線なわけなんですね。そして数日後,千草は意外な言葉を告げます。「卒婚しよう」と。

離婚はしないけど,一緒には住みたくない。ん? 離婚とは違うの?

いわゆる「離婚」は不仲の夫婦が籍を抜く方法。「卒婚」は籍を抜かずに,お互いに自分の人生を生きるために同居の形を解消するものだと主張します。

でも,壮介にとっては「盛岡に帰る」ということの方が重要だったみたいです。そして実家の母親にも「卒婚」のことを話,とうとう盛岡に帰る日がやってきます。

何かサッパリしたような,すがすがしさを感じる壮介。すでに盛岡行きの新幹線に乗った壮介に一本の電話が。それは千草からでした。一本遅れて新幹線に乗ったようです。一時間後に再び会った二人。東北新幹線「卒婚」という形にはなったけど,それぞれが思い思いの人生を歩んでいくのでしょう。

本作品を読んでまず思ったのは,夫婦仲とか離婚とか卒婚というよりは,

「自分が定年退職したら,どうするんだろう」

ということでした。壮介と同じような「終わった人」になった時,どんなことを考えるのか。何かしら新しい趣味でも見つけて,毎日楽しく生きていけるのか。

読書という習慣を続けながら,このブログも書き続けているのか。

いや,それとも定年前に退職して,何か別のことで収入を得ようとしているのか。未来のことなんで何もわからないですけど,ある意味「危機感」みたいなものを感じました。

でもまずは「健康」であることが重要ですよね。でないと,楽しく生きられませんから。
そして次は「行動すること」でしょうか。それは早い方がいいように思います。

やりたかったことをやらずに後悔はしたくないですしね。こういう風に考えるのは「男性」特有のものなのかな。

いずれにしても,後悔しない人生を送りたいと思います。

この作品で考えさせられたこと

● 定年後のことを考えさせられ「危機感」を感じた

● 定年という一つの区切りで,人の考えもガラリと変わること

● 過去の自分や思い出には敵わないということ

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