東野圭吾先生のガリレオシリーズって,大きく分けると長編モノと短編集に分かれると思います。
短編集はどちらかというとドラマ向きなのかなって気がします。
しかしその中には,長編モノに編集し直して出版している作品もあります。
ガリレオシリーズではありませんが,あの伝説の「秘密」も,「素敵な日本人」という短編集の「さよならお父さん」が元になっています。
今回の「禁断の魔術」も,「虚像の道化師」の中にある短編「猛射つ(うつ)」を長編化したもののようです。
やはり,何か思い入れのある作品になると,東野先生もさらに壮大な話に書き換えたいと思うこともあるのでしょうか。
ガリレオシリーズの長編モノって「倒叙的」になっていることが多いような気がします。
「容疑者Xの献身」「真夏の方程式」「聖女の救済」などなど。
今回も,おそらくこの人物が犯人だと睨み,その仮説を元に犯人を追い詰めていくという筋書きとなっています。
一体「禁断の魔術」とは何なのでしょうか。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 湯川とある青年の再会
3.2 伸吾の行動の意図
3.3 湯川は伸吾を救えるの
4. この作品で学べたこと
● 犯人の素性がわかっている「倒叙的」なストーリーを読んでみたい
●「禁断の魔術」とは何なのかを知りたい
● 何のための科学なのかを考えてみたい
高校の物理研究会で湯川の後輩にあたる古芝伸吾は、育ての親だった姉が亡くなって帝都大を中退し町工場で働いてた。ある日、フリーライターが殺された。彼は代議士の大賀を追っており、また大賀の担当の新聞記者が伸吾の姉だったことが判明する。伸吾が失踪し、湯川は伸吾のある〝企み〟に気づくが……。シリーズ最高傑作!
-Booksデータベースより-
湯川学・・・もちろん主人公。物理学者
内海薫・・・警視庁捜査一課。困ったら湯川を頼る刑事
草薙俊平・・警視庁捜査一課。湯川とは元々親しい仲
岸谷美砂・・警視庁捜査一課。草薙の部下
古芝伸吾・・湯川の高校時代後輩で,湯川にある依頼をする
古芝秋穂・・伸吾の姉。ホテルで殺害される
長岡修・・・フリージャーナリスト
大賀仁策・・大物政治家。元文部科学大臣
1⃣ 湯川とある青年の再会
2⃣ 伸吾の行動の意図
3⃣ 湯川は伸吾を救えるの
話は,ある女性がホテルのスイートルームで,おびただしい大量の出血で赤く染まった女性の遺体が発見されるところからはじまります。
この女性に一体何が起こったのか。
ある日,帝都大学物理学准教授の湯川は、古芝伸吾という少年と再会します。
伸吾は湯川の統和高校の後輩であり、実は湯川は古芝が高校時代に来校したことがありました。
伸吾は「物理研究会」に在籍していましたが,高三になり,部員が古芝一人となってしまっていたのです。
そのために湯川はある「装置」を作り,結果的にはそれが好評で新しい部員が入ってきて,廃部の危機を脱出したという経緯がありました。
そんな古芝は湯川に憧れ,必死で勉強して,とうとう帝都大学工学部機械工学科に入学することになるのです。湯川は古芝のことをしっかりと覚えていました。それを古芝自身もかなり喜んでいました。
もちろん湯川も古芝が帝都大学に入学したことを喜んでいます。
両親もいない古芝には姉の秋穂がいました。二人で一生懸命生活する姿に,湯川も目を細めている様子。
そんな時,ジャーナリストの長岡修がマンションで亡くなっているのが発見されます。
この捜査にあたっていたのが,刑事の草薙と岸谷です。ガリレオシリーズではおなじみですね。長岡のいた部屋には紐が落ちており,どうやら背後から首を絞められた痕があるようです。
捜査の結果,長岡は実はある公共事業について調査していたようです。
それが光原町で計画されていた「スーパー・テクノポリス計画」(通称ST計画)でした。
この事業は光原町出身である大物政治家の大賀仁策を中心に進められる計画でした。
しかし周囲の住民からは反対運動も行われていました。
『科学より自然を!』『貴重な動植物を守れ!』『放射能を持ち込ませるな!』
この地域には「イヌワシ」も生息しているらしく,政治家と住民が真っ向から対立しているようです。どうやら長岡は,この事業の中心人物である大賀について調べていたらしいのです。
長岡は何か掴んでいたのか。それを理由に殺害されたのでしょうか。
ある日「クラサカ工機」という企業の社長を父に持つ倉坂由里奈という女性が,自分の父親の経営する工場に勤務するある男性のことが気になります。
この男性,高卒でありながら非常に頭がよく『一を聞いて十を知る』くらいの能力を持っていることがわかります。
由里奈はこの男性に勉強を教えてもらっているようなんですね。そして彼の着けているネームには「古芝」の文字が。何とあの古芝伸吾だったのです。
あれ? 彼は帝都大学に入学したはずじゃ。。。
彼はこの工場に居残り,一人研究に勤しんでいるのです。ん~,何してるんだろ?
これに気づいた由里奈は夜に密かに家を抜け出し,古芝のいる工場へ向かいます。
しかし次の瞬間,衝撃音とともにある物体から火花が飛び散るのを目撃します。
伸吾は何をしているのか。ん~,何か企んでいるような気がするな。。。
刑事の草薙は,公共事業の中心人物である大賀に会おうとします。
しかし秘書の鵜飼に断られます。やっぱり,何かありそうですよね。
何かいい方法がないかと考えている時,この事業の成功を願って,あるホテルで関係者たちだけの親睦会のようなものが行われることになっていました。
湯川は招待されていたのです。というか,湯川自身ではなく,教授の代理として参加することになっていたみたい。
そこに「ご同行は1名様まで」ということで,草薙も付いていくことになりました。
大賀は帝都大学の二宮教授の知り合いのようです。しかしここで湯川は大賀の嘘を突くのです。
「二宮教授は三年前から海外へ行っています。どちらの二宮先生のことですか?」
一瞬,大賀の目に冷たいものが宿った後,大賀は立ち去っていきました。
湯川はここで大賀に目を付けられた様子です。この大賀にはやはり何かありそうですね。
長岡が死んで3ヶ月が経過しました。長岡はUSBメモリにある映像を保存していました。それは何かを発射し,ある倉庫に穴をあけてしまうものでした。その場所が特定されたようなのです。
この倉庫の壁は1cmほどですが,耐久性に優れていました。しかし壁には穴が開いていたのです。
しかも弾丸自体も残っていない。真っ先に思い浮かべるのは,あの古芝の実験です。
そして長岡の携帯の発信履歴から「古芝伸吾」の名前が出てきました。そうか。。。長岡と伸吾は繋がっていたのか。。。
警察は今度は古芝に迫ります。ところが伸吾は、行方不明になっていました。
自分に迫る警察の手に敏感に反応したのか。
伸吾が勤めていた工場にも「辞める」と書かれたFAXが届きました。
ここで伸吾の身辺を調査したのが草薙でしたが,意外な人物とつながっていたことに驚愕します。
そう,あの「湯川学」と同じ高校を卒業していたということに気づくのです。草薙は,ここで湯川に対して「不信感」みたいなものを感じているようでした。
湯川は伸吾の行動に何を思っているのか。
湯川と伸吾はそれぞれどんな行動を起こすのかが見ものです。
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草薙は捜査を続け,伸吾の姉がすでに亡くなっていることを知ります。
それは伸吾が大学に入学した直後,ホテルのスイートルームで殺害されていたのです。
死因は「子宮外妊娠による卵管破裂の大量出血ショック死」でした。
なるほど,これが冒頭のホテルでの事件につながるわけなんですね。
伸吾の姉の秋穂は「明生新聞」に勤務し,大賀代議士の担当をしていました。どうやら,秋穂は大賀の愛人だったようなのです。
死因がショック死なので,完全に事故だったのでしょう。しかし,事がバレることを恐れた大賀はその場から逃げたと。
ここで動き出したのがジャーナリストの長岡だったのです。大物政治家のスキャンダル。そして,弟が復讐を企てていると推測したのでしょう。
伸吾がクラサカ工機で実験していたのは『レールガン』と呼ばれるものでした。
『レールガン』を製作していることを知った長岡はそれを阻止しようとしていたようなのです。
姉が亡くなり,伸吾は大学を中退したのです。そしてクラサカ工機でで働くようになった。
ひょっとすると,伸吾は最初からこのレールガン製造を目的にクラサカに入ったのかもしれません。ところが,長岡が何者かに殺害されます。最初は大賀が絡んでいるのかなと思っていましたが違いました。
長岡を殺害したのは,ST計画反対運動の同士のはずだった勝田というリーダーでした。
勝田はレストランを経営していました。しかし経営がうまくいってなかったようなんです。
ある日,レストランに建築コンサルタントの矢場という男が現れます。この男が「カネ」をちらつかせるのです。
揺れ動く勝田はとうとう計画の推進派に寝返り,しかも長岡をも殺害したのでした。
犯人は伸吾ではありませんでした。では伸吾は一体どこに。。。
湯川はかつて伸吾に言っていました。
科学技術は扱う人間の心次第。
邪悪な人間の手にかかれば禁断の魔術となる
伸吾は間違いなく大賀に復讐するのでしょう。
ST計画の地鎮祭がある日,ここが大賀を狙うタイミングなのではないかと推測するのです。
もはや伸吾を止めることができるのは湯川だけのような気がします。
こうして、湯川は伸吾が光原町に来ると予測し,待ち伏せすることになります。舞台は野球場でした。マウンドには始球式をする大賀の姿が。
そして近くには伸吾の用意した車がありました。そこにはあの『レールガン』が。。。
しかしこのレールガン,湯川が予め準備していた偽物でした。
こんなことをするために科学を教えたわけじゃない。
それでもどうしても殺したいというのなら、お前に力を貸そう
この言葉に,湯川の覚悟を感じます。自分が教えた技術で悪に手を染めようとしている伸吾に対する責任。この言葉に葛藤する伸吾。レールガンの制御はすでに湯川のものになっていました。伸吾の判断に任せようとする湯川の覚悟。
その時,湯川は伸吾に対して,かつて伸吾の父親が技術者で,戦争でも使用された「地雷」を開発していたことを伝えるのです。
地雷は核兵器と並んで,人類が開発した最低最悪の代物である。
いかなる理由があろうとも,科学の技術で人間を傷つけたり,生命を脅かしたりすることは許されない。
私は科学を志す者として,過去の過ちを正したい。
『科学を制する者は,世界を制す』
さらに揺れ動く伸吾の心。。。
そして,湯川の言葉を聞いた伸吾は,とうとう復讐の呪縛から解放されるのでした。
かつて湯川が良かれと思って伸吾に見せた技術。
それは扱う人間によってはまさに『禁断の魔術』となってしまう。
どんな技術や知識もそうだと思いますが,それを扱う人間の人間性によって良い方向へもいくことがあるし,悪い方向へもいく。
世の中には「ハッカー」というセキュリティのスペシャリストがいます。
世界中の人々や企業を驚かせたいという悪意があればサイバー攻撃のようなことをする人が出てくる。逆に同じ技術を持っていて,例えば最近では警察の中にもサイバー捜査官という役割が増えたように,多くの攻撃から企業や人々を守ろうとする人もいるわけです。
それが人を殺めるという行為につながってしまうのだとすればなおさらです。
そう考えると,湯川の気持ちはとても複雑だったことでしょう。
本作品には,人間の善悪によって同じものが全く異なる結果を生み出してしまうということを考えさせられました。
● 知識や技術を扱う人間の人間性によって善悪が決まってしまうこと
● 自分の教え子が悪に手を染めているかも知れないと葛藤する湯川の姿