Cafe de 小説
人間性を学ぶ

【刑事のまなざし】薬丸岳|主人公・夏目の高い人格を知る

夏目信人という刑事がいろいろな事件を捜査するという短編集です。

この夏目刑事は「薬丸岳」さんの作品の中でもよく登場する人物で,シリーズの第一作目の作品です。

こんな方にオススメ

● 夏目がどういう刑事かを知りたい

● 夏目が自分の娘を植物人間にした犯人と対峙する話を知りたい

● 被害者遺族,加害者の気持ちを考えてみたい

作品概要

ぼくにとっては捜査はいつも苦しいものです――通り魔によって幼い娘を植物状態にされた夏目が選んだのは刑事の道だった。虐待された子、ホームレス殺人、非行犯罪。社会の歪みで苦しむ人間たちを温かく、時に厳しく見つめながら真実を探り出す夏目。何度読んでも涙がこぼれる著者真骨頂の連作ミステリ
-Booksデータベースより-



👉Audibleを体験してみよう!

薬丸岳さんの作品は本当にいろんなジャンルを描ける作家さんで,どの作品も深みがあって考えさせられるものばかりです。

そして,ミステリーが好きな方にはとても読みやすいと思います。

薬丸岳さんの経歴

1969年生まれ 駒澤大学高等学校 卒業

2005年に「天使のナイフ」で江戸川乱歩賞受賞
日本推理作家協会会員

主な受賞歴

江戸川乱歩賞(天使のナイフ)・日本推理作家協会賞(オムライス)・吉川英治文学賞(Aではない君と)・日本推理作家協会賞(黄昏)

本作品 3つのポイント

1⃣ 夏目信人という刑事

2⃣ 刑事のまなざし

3⃣ 人格者,夏目

夏目信人という刑事

夏目には,ある事件に遭ってしまい植物人間になってしまった娘がいました。

それを機に,それまでの法務技官という職を捨て,警察学校に入り,警察官から刑事になったという異例の経歴を持つ人間です。

法務技官というのは法務省管轄の官僚で,主に刑事事件を起こした人間の更生を担当する仕事をする人です。

法務技官刑事としての経験はあまりないと言いつつも,夏目の犯罪者が誰であるか,目星をつけるスピードは恐ろしく速いです。

そして,その人間の発言や行動を細かく分析できる,頭脳明晰な刑事なんです。

各短編の概要は下記の通りです。

① オムライス
主人公は前田恵子で,看護師です。裕馬という息子と,内縁の夫である英明と住んでいた。次第に暴力を振るうようになった英明は,ある日室内で死亡していた。真相は?

② 黒い履歴
主人公は小出伸一で,姉の奈緒子とその娘の春奈と暮らしていた。両親が亡くなったため,叔父に引き取られたが,虐待されてしまい,叔父の殺害容疑で逮捕された。夏目と再会するが。。。

③ ハートレス
主人公は松下雅之で,彼はホームレスである。他のホームレス仲間と生活していたが。。。

④ 傷痕
主人公は田辺久美子で,高校のスクールカウンセラーである。夏目と大学時代の同級生。不登校で,リストカットをしてしまう仲村有香のカウンセリングをしていた。ある時マンションで沢村という男性が殺害される。

⑤ プライド
主人公は長峰亘で,警視庁捜査一課の刑事である。ある日,桜井綾乃と言う女性が首を絞められ殺害されてしまう。その事件に長峰が迫るという話。

⑥ 休日
主人公は吉沢篤郎で,妻を癌で亡くす。息子の隆太が連続窃盗事件に関わっているのではないかということで,夏目に捜査を頼む。

⑦ 刑事のまなさし
主人公は塚本聖治で,家庭環境の悪さから万引きや犯罪を繰り返し,少年院へ入る。夏目から面接を受けていたが,逆に夏目の娘である絵美をハンマーで殴ってしまう。逃げるように街を出て行ったが。。。

どの話も深い話なので,是非読んでみてください!

刑事のまなざし

一番印象に残った話は,やはりタイトルにもある「刑事のまなざし」です。

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

👈クリックするとネタバレ表示

塚本は同級生の太田に脅迫されていました。

それは10年前,塚本が夏目の娘を10年前にハンマーで殴りつけた事件を,太田が目撃していたからなんですね。夏目の娘がハンマーで殴られるしかし数日後,その太田は自宅で死亡していました。

夏目は塚本と対峙することになります。

塚本にも,辛い過去があったのはわかります。

でも結局,自分の起こした事件をきっかけに,自分の妻が脅迫され,そして蹂躙されてしまっていたんです。

このことに関して言えば同情をしますが,もし彼が過去に犯した罪,つまり10年前の夏目

の事件でしっかり償って更生していれば,この負の連鎖は起こらなかったのだとも思うのです。

夏目の「まなざし」は,被害者遺族に向けられるものだけでなく,殺人を犯した加害者の心理にも向けられていたのです。

刑事のまなざし天網恢恢疎にして漏らさず」と言いますか,やはり自分のやってしまった犯罪の代償がこうやって回りまわってやってくるものなんだなと。

人を殺めてしまうという過ちを犯してしまった人間は,その時に正直に罪を認め,反省するべきなのだと思います。

他の短編の結末は敢えて書きませんでした。実際に読んでみてください!

人格者の夏目

夏目は犯罪者に対して厳しく罪を償わせますが,被害者に対しては情が厚い人間です。

ただ犯人の心中を察して,思いやりを持って接しているという印象もあります。

そこが他の刑事ものの作品と異なるところかなと思います

特に最後の「刑事のまなざし」では,夏目は,本当は塚本に復讐したい気持ちもあったと思います。

しかし,彼はそんな塚本に対してまでも,何か温情を持って接するのです。

夏目が刑事になったのは,もちろん自分の娘の事件の犯人を見つけたいという思いからだとは思います。

それと同時に,彼自身が復讐することを自制するために,警察学校で多くのことを学び,敢えて刑事になったのではないかと思うのです。

こんな夏目のような人格者って普通はいないと思います。

夏目は人格者被害者の遺族のほとんどは,犯人を殺してしまいたい,という人ばかりだと思います。

しかし中には,しっかり更生し,毎日被害者へ謝罪の気持ちを持て,と願う人もいるということです。

決して復讐をしてはいけない。

復讐が復讐を生み,結果的には自分の周囲の人までも不幸にしてしまいますから。

この作品で考えさせられたこと

● 夏目が敢えて刑事になったのは,自分の娘に何があったかの真実を知りたいだけでなく,自分の復讐心を封じ込めるためではないか

● 自分の悪事は回りまわって,結局は自分に跳ね返ってくる

● 決して,復讐をしてはいけない。それは周囲をも不幸にしてしまうから

本当は夏目は復讐したい気持ちでいっぱいなのではないかと思います。

しかし,刑事としての矜持をもって事件関係者と接する夏目。

何かに耐えながらも生きていることに彼の高い人間性を見るのです。

こちらの記事もおすすめ