1959年に発刊された本作品。以前ブログでも書いた「点と線」で大ブレークした松本清張先生の作品の中でも,僕にとっては思い出に残る一作です。
小説を読む前に実は二時間ドラマを観ました。これまで何度も映像化されているようですが,僕自身が観たのは2009年に放映されたドラマです。
広末涼子さん,中谷美紀さん,木村多江さんの三人が赤い服をまとって映っている写真がとても強烈に残っています。
戦後の日本,結婚したばかりの女性が,出張に行って行方不明になった夫を探すという話です。一体この男性に何が遭ったのかというのが焦点となります。
禎子は,夫の過去,そして親しい人間の過去に驚愕することになるのです。
真相がわかるにつれ,少し恐ろしくもなりましが,必読の一書です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 行方不明の夫を探す禎子
3.2 赤いコートの女性
3.3 それぞれの人物の過去
4. この作品で学べたこと
● 「ゼロの焦点」とは何を意味するのか知りたい
● 行方不明になった夫を必死で探す妻の執念を知りたい
● 事件の発端になった過去の出来事とは何かを知りたい
前任地での仕事の引継ぎに行って来るといったまま新婚一週間で失踪した夫、鵜原憲一のゆくえを求めて北陸の灰色の空の下を尋ね歩く禎子。ようやく手がかりを掴んだ時、“自殺”として処理されていた夫の姓は曾根であった! 夫の陰の生活がわかるにつれ関係者がつぎつぎに殺されてゆく。戦争直後の混乱が尾を引いて生じた悲劇を描いて、名作『点と線』と並び称される著者の代表作。
-Booksデータベースより-
鵜原禎子・・・主人公。お見合いで憲一の妻となる
鵜原憲一・・・お見合いで禎子の夫となるが,行方不明になる
本多良雄・・・憲一の同僚。禎子と事件解決に協力する
室田儀作・・・室田耐火煉瓦株式会社の社長
室田佐知子・・室田儀作の社長夫人
田沼久子・・・室田耐火煉瓦株式会社の社員
1⃣ 行方不明の夫を探す禎子
2⃣ 赤いコートの女性
3⃣ それぞれの人物の過去
山之内商事の開発部で働いていた禎子は,銀座のホテルで、東洋第一広告に勤務する鵜原憲一と見合いをすることになりました。
そして禎子は,憲一と結婚することになります。憲一は結婚するとともに東京本社に戻ることが決まりました。
戦後当時というのは,お見合いで結婚することが多かったようですね。
ただ,禎子にはあまりにも早く決まったお見合いに疑問を感じているようにも思えました。
憲一の過去をほとんど知らないまま,禎子は結婚することになったわけですから,この疑問もわかるような気がします。
二人が式を挙げて一週間後のある日,憲一は自分の後任である本多に仕事の引き継ぎのため,金沢へ向かいます。禎子はせめてものと,キャラメルを渡しました。
ところが,帰ってくる予定日になっても憲一はもどってこない。不信感を募らせる禎子。
後でわかるんですけど,憲一を送り出した禎子にとって,憲一を見たのはその時が最後でした。
金沢から憲一からの荷物が届き「予定通り戻る」と書いてあることに安心した禎子でしたが,それでも戻ってきません。
「自分は本当に憲一のことを知らない。。。」ある日,荷物を整理している時,禎子は洋風の館の写真と小さな古びた家の写真を見つけます。
「夫を探しに金沢へ行こう」
そう決心し,金沢へ向かうことになるのでした。。
憲一の後任であり,引継ぎをしているはずの本多という男性が金沢駅まで禎子を迎えに来てくれました。
ちょうどその頃,石川県の自殺の名所である「能登金剛」にて遺体が上がったとの情報が上がります。
能登金剛とは
能登半島国定公園を代表する景観の一つで,福浦港から関野鼻までの海岸線をさし、険しい断崖と荒波が作り出した奇岩が続いている。
-「ほっと石川旅ねっと」より-
幸いそれは憲一ではなく,禎子はホッとしたようでしたが,未だに行方がわからない夫を心配します。
本多は禎子にとても親身になってくれます。でも憲一の行方は知らないようです。
本多は禎子を「室田耐火煉瓦株式会社」へ案内します。ここは憲一の取引先の一つでした。そしてこの会社の社長である室田儀作と佐知子夫妻と会うことになります。
禎子たちを案内したのは,受付嬢の田沼久子という女性でした。
そして室田夫妻に会い,夫の行方に心当たりがないか訪ねます。
憲一の私生活に詳しいのは佐知子でした。佐知子は日本初の女性市長誕生へ向け,立候補者の選挙活動支援に力を入れているようです。
そして禎子は室田から衝撃的なことを知らされます。
憲一が室田夫婦とお別れ会をしたという場所の建物が,先に書いた洋風の館だったのです。一体,憲一はどこへ行ってしまったのでしょうか。
先に書いたように,佐知子は女性市長の立候補者である上条保子の支援に力を入れていました。
「男尊女卑」というのでしょうか,当時は女性の地位や権利というものは男性のものとは比較にならないほど低かったようです。
女性初の市長ということで全国的に話題になります。何か佐知子の「世の中に対する反逆心」のようなものを感じます。禎子は,室田の会社で案内をしていた女性に不信感を持っていたようでした。
密かに禎子は本多に彼女の素性を調査するように言います。
実は受付にいた女性は「田沼久子」と言い,室田社長の愛人だという噂があったようです。
禎子はある日,金沢でタクシーに乗り込む義兄の宗太郎の姿を見かけます。
宗太郎は京都に出張中だったようで,仕事が終わり次第金沢に向かう予定でした。
禎子はここでも知らない憲一の姿を聞きます。どうやら憲一は立川署で巡査をしていたことがあるらしいのです。改めて憲一のことを知らないということを思い知らされる禎子。
次の日の朝,義兄の宗太郎が禎子の旅館を訪ねます。
そして別れた後,また予想もしないことが起きます。宗太郎が、料理屋で殺害されたのです。
目撃情報があります。そこには女性がいて「赤いコートにサングラス姿」と宗太郎は同席していたのです。赤いコートの女。。。宗太郎は何かを掴んでいたのでしょうか。
宗太郎の葬儀が東京で行われました。禎子は一旦東京へ戻ります。ここで禎子はあることに思い当たります。
「受付嬢の沼田久子の英語は、米軍などの兵隊と話す英語だった」ということを。禎子は本多に久子をさらに調査するようにお願いします。
約束した本多は、久子の夫も最近投身自殺したと突き止めますが、久子宅を訪問した翌日に料亭で殺害されてしまいます。
本多が調査していたことから,久子が容疑者ではないのか。
久子には内縁の夫がいましたが,彼は自殺していました。あの能登金剛の崖下から久子の夫の遺体が上がっていました。
禎子は久子とその男の関係について調べます。そして久子が住んでいた家を見てまた驚愕します。
その家こそ,憲一の荷物に入っていたもう一枚の古い建物の写真でした。実は,憲一は金沢で名前を偽って,久子と暮らしていたようなのです。
さらに禎子が衝撃を受けたのは,警察へ行った際,見せられた久子宛の憲一の遺書でした。
どういうこと? 憲一は禎子と結婚する前に,久子と一緒に住んでいた? じゃ,なぜ結婚したのか?
この憲一の遺書を調べると,筆跡も一致していた。どうやら間違いなく憲一が書いたもののようです。
真実を知ってしまった禎子の衝撃は大きかったのか,その思いを佐知子に打ち明けます。
佐知子は警察に任せるように伝えます。
やはり気になるのは赤いコートの女性。一体,彼女の正体は誰なのでしょうか?
※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!
👈クリックするとネタバレ表示
憲一の本当の姿とは一体何なのか。
憲一は先にも書きましたが,かつて立川署で巡査をしていました。
彼は「風紀係」という,アメリカ兵が売春をしていることを調査し,そこにいた女性を取り締まるという業務を行っていました。そこで知り合ったのが「エミー」という女性。あの「久子」だったのです。
やはり,憲一と久子の間には切っても切れない絆みたいなものがあったのでしょうか。
憲一が書いた遺書,そして憲一の巡査時代の葛藤,久子との関係。
それを思うと禎子は胸が張り裂ける思いだったことでしょう。
そして禎子はクリスマスパーティーの集合写真を見せられます。米兵と一緒に映った多くの女性たち。その中に若かりし頃の久子らしき人物もいました。
ところがその写真にはもう一人,禎子の知る人物がいました。あの室田佐知子です。
つまり,久子だけでなく,佐知子も「マリー」という名の売春婦だったということなのです。
久子と佐知子は貧しい生活をしていました。
久子は戦争で両親を亡くし,佐知子も弟を不治の病で苦しんでいました。
生活するため,弟を救うため,必死で金を稼ぎながら生きてきたのです。
ある日,二人は警察から追われ,小学校へ逃げ込みました。
「いつかみんなが安心して学校へ行くことができ,楽しく笑い合える日がきてほしい」
そんなことを話しながら,その後ろではあの巡査時代の憲一が聞いていたのです。本来であれば捕まえなければならない憲一でしたが,彼は二人が逃げれるように仕向けます。
しかし,今思えばこれが悲劇の始まりだったんですね。
そして憲一は禎子とお見合いすることになりました。ただどうしても久子に対して後ろめたさを感じています。
憲一は,社長妻になった佐知子に半ば脅迫するように「久子を雇ってほしい」とお願いします。
幸せになった佐知子,そして憲一や久子も幸せになりたい。
依頼を受けた佐知子は憲一に提案します。「自殺を偽装すればいい」と。そして憲一は嘘の「遺書」を書くのです。これを利用したのが佐知子です。考えてみれば,佐知子の過去を知る憲一は邪魔だったのでしょう。
そして金沢で憲一を崖から突き落としたのでした。さらにその過去をしった人物がもう一人いました。憲一の兄である宗太郎です。
佐知子にとっては過去を知る者は全て邪魔者だったんですね。女性市長を推薦するという大きな目的があるわけですから。
つまり「赤いコートの女は佐知子」だったんです。
そして今度は久子にまでも手を掛けます。佐知子の車に乗せられ,佐知子の真実を推理した久子は,車を止めます。
そして崖の上でナイフを持って久子を殺害しようとします。
「あんたはあたしの分まで生きればいい」
と言った久子は、とうとう崖から身を投げてしまうのでした。
さらに悪いことは続きます。佐知子の罪を知った夫の儀作は,佐知子の身代わりになって出頭します。
その直後,警官の銃を奪って自殺してしまうのです。
夫を失った佐知子。いや,亡き者にしたのは佐知子というべきでしょうか。
佐知子が推薦していた女性が市長となりました。支援していた佐知子はコメントを求められます。
佐知子は舞台の上で「私たちの時代が来ました」と演説します。
その次の瞬間,禎子がやってきて,佐知子に向かって「マリー!」と叫びました。佐知子はその名前を聞いて固まります。思い出したくもない,かつての自分が呼ばれていた偽りの名前。
禎子を睨んだ後、卒倒してしまうのでした。
そしてそれから一週間後、一隻のタンカーがある女性の遺体を発見します。それは佐知子でした。
過去の出来事が,出会いが大きな事件へと発展してしまったということを描いた本作品。
この「ゼロの焦点」というタイトル。一体どういう意味だったのか。
今は光り輝いている人間も,かつての汚点が暴露されてしまえば「ゼロ」になってしまうと。
そのゼロになりたくなくて,多くの人間を亡き者にしてしまった,ということなのでしょうか。
この話で出てくる過去の汚点が当時どれほどのインパクトがあったのかはわかりませんが,自分が上を目指せば目指すほど,その「過去」は邪魔になるものだったのかも知れません。
それにしても,夫を必死で探す禎子の推理と執念はすごかったです。
本当に頭のいい女性で,刑事になれるんじゃないの? って思いました。
過去を忘れ,生まれ変わった気持ちで幸せになりたかったのかな。
● 「ゼロの焦点」という言葉の解釈
● 過去の汚点を知られたくないために事件を起こしてしまった私利私欲の愚かさ