本作品を見つけた時「あっ,読みたい」ってすぐに思いました。それには理由があります。
昔の話になりますが,今から20年以上前に桜木町近辺に住んだことがあって,表紙を見るとそこには見慣れた「氷川丸」や「ランドマークタワー」「コスモクロック」があるではないですか!
あまりの懐かしさに,つい手に取ってしまったというわけです。
真保裕一先生の作品はこれまで10冊ほど読みましたけど,これまでの作品とは異なる感じの作品だと思いました。
横浜市にある港湾局に勤務する公務員が中心となっている話です。横浜市,特にみなとみらい近辺に住んでいる方々にとってはとても興味の湧く作品ではないでしょうか。
物語は,横浜市の発展に貢献してきたこの職場に,キレものの新人が入ってきます。
港近辺で起こる数々の事件から,遠い昔の事件まで,とても奥が深く,横浜の歴史を知ることができる,とても良い作品です。
本作品で起こる作品とは。登場人物たちは奥深い事件の真相を解決できるのか,とても見モノです。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 横浜港湾局振興課のしごと
3.2 城戸坂が追う過去の事件
3.3 現在と過去の事件の真相
4. この作品で学べたこと
● 横浜みなとみらいに興味がある方
● 本作品の港湾局を襲う数々の事件が何かを知りたい
● 自分の祖父の過去を探る城戸坂の執念を知りたい
主人公は横浜市の港湾局みなと振興課で働く船津暁帆。ヨコハマ振興のため、舞い込んでくる大量の仕事に忙殺されている。猫の手でも借りたい状況の中で、配属された新人・城戸坂泰成は、国立大学出身のエリートで、様々な難題をパーフェクトにこなす有能な男だった。山下公園前に浮かぶ氷川丸や、象の鼻パーク、コスモワールドの観覧車、外国人居留地――ヨコハマの歴史的名所に、隠された謎を解き明かせ!
-Booksデータベースより-
船津暁帆・・・主人公。港湾局に勤務する女性職員
城戸坂泰成・・港湾局に新人として入ってくる高学歴の青年
神村佐智子・・横浜市長
真野吉太郎・・横浜肺ラークホテルのオーナー
馬場周造・・・横浜の衆議院議員の重鎮
1⃣ 横浜港湾局振興課のしごと
2⃣ 城戸坂が追う過去の事件
3⃣ 現在と過去の事件の真相
舞台となる横浜港湾局は,横浜スタジアムの本庁とは離れた,山下公園近くの産業貿易センタービルの五階にあります。そこに勤務するのは船津暁帆という女性公務員です。
物流の拠点である横浜の港の発展のため,世界中の船舶の誘致するために,市を挙げてのイベントの準備などをする部署のようです。
日本には東京,名古屋,大阪,神戸など,大規模な港を構えている場所がたくさんあり,そこに負けるなという意気込みで仕事をしています。そういうライバル同士の競争こそ,日本が高度に成長してきた理由なのかなとも思えました。
カンボジア港湾庁とのパートナーシップ協定が締結されたことにより,カンボジアから横浜に12名の研修生を無償で受け入れるということが決まりました。これは横浜市長である神村佐智子がひねり出した,要はカンボジアとの商取引を増やすためのアイデアのようです。
そんな中,この港湾局に一人の新人が入ってくることになりました。城戸坂泰成という,国立大卒のエリートのようです。新人でありながら,カンボジア研修生受け入れの記者発表のための「横浜市記者発表資料」をたった20分で仕上げてしまうのです。やっぱエリートと呼ばれる人は一味違うんですかね。どうやら只者ではない人物のようですね。城戸坂の準備の手際の良さが功を奏し,さらに元キャスターである神村市長の立ち振る舞いで記者会見も順調にいきます。
一方,暁帆はというと「なぜ振興課なんかにエリートが入ってくるの?」って感じで,何か不信感を持っている様子です。ちょっとした嫉妬心もあるのでしょうか。しかし,ここで事件が起こります。カンボジアからの研修生のアラナ・ソバットが失踪してしまったのです。神村市長も焦ります。自分のアイデアで受け入れた研修生が消えたわけですから。何かあったら大変なことになります。
かと言って,警察に連絡してしまえば,その動きを察知したメディアも動き,大変なことになる。ここで城戸坂が動きます。ソバットの行方を探そうとするのです。
将来のために市長がアイデアを出したこと。この種が実をつけるまでには時間も手間もかかるんです。
市長だけでなく,カンボジア港湾庁のルオンさんにも同席してもらい,両者の揺るぎない姿勢と覚悟を示すべきではないでしょうか。
要は,毅然と事のあらましを記者会見で堂々と説明すると言うのです。政治家,いや政治屋のように煙撒いてうやむやにしない。やっぱ,エリートの言うことは違いますね。多くの知識を持ち,総合的に最善策を判断できる印象です。
ここでソバットの行方がわかります。彼は大怪我をしていて,川崎西総合病院に運ばれていました。とりあえず命があったことにホッとする面々。ただ,なぜ肋骨にヒビが入るほどの怪我をしているのか。
実はソバットはある女性を追っていました。ビセス・サリカという同じカンボジアの女性で,ソバットの幼馴染でした。サリカはある日本人を追いかけてきたというのです。そしてサリカの住んでいるアパートへ行きます。そこには大久保という男性がいました。サリカの夫のようです。ということは追ってきたのはこの大久保? ただ,大久保という人物はケンカしそうにも見えないんですよね。実は日本人は別にいました。島内という人物でした。
ソバットは島内と口論の末,ケンカになったのです。しかもサリカの子供の親がこの島内でした。では大久保はというと。。。実はその事実を知っていたんですね。知っていてサリカと子供の3人で生活していたんです。こういうのを「愛」って言うんでしょうか。
ソバットはこの事実を知って,口をつぐんでいたようです。何か切ない気持ちになったのでしょうね。今回の研修生の事件は一応,解決しました。
横浜で「コンベンション」が行われることになり,中華街の一室で審議会が開催されることになりました。要は誰をパネリストに選ぶべきなのか。何を紹介するべきなのかということを審議するのです。
城戸坂は,横浜の発展には日本人の貢献だけでなく,外国人との深いつながりというものもあると訴えます。しかし,横浜の発展に寄与していきた重鎮たちもいて,異を唱える者もいます。
横浜ハイラークホテルや運輸,貿易などの企業を傘下に持つ,産業界の重鎮である真野吉太郎でした。
「外国人を紹介していけば,戦前の,あまり広めたくない話にもつながってしまう」と真っ向から対立。そしてその意見を後押しするように地元の国会議員の馬場周造も続きます。
それでも強気なのが城戸坂です。新人でありながら,流されずに立ち向かうんです。
横浜の繁栄に,多くの外国人によってもたらされた文化やその資金が貢献してきた事実は見逃せない。
港に感謝するイベントであるなら,彼らへの感謝の意味もこめて,広く紹介していく義務がある。
一つのイベントを開催する計画を立てても,人や立場や価値観によって考え方って千差万別なんだなと思います。
そして横浜ではさらに事件が起こります。
横浜市ではフォトコンテストを実施し,入賞者が決まりつつありました。ところがその入賞作品の中に「ありえない写真」が混ざっているようなのです。
横浜に入港した船の写真なんですけど「ロイヤルマリン・プリンセス号」が選ばれたんですけど,この船,その年には一度も入港していないのです。
対象が「今年入港した船」という条件付きだったため,振興課の面々はかなり慌てます。城戸坂たちは,実際に写真を撮ったとされる人物に会いに行くことになりました。
実はこの写真,村川初枝という,すでに亡くなった女性の遺品のカメラで写されたもので,二年前に写された写真でした。城戸坂は気づきます。ここには「本牧埠頭の市営倉庫」が映っていると。そしてこの写真には深い意味があると。
二年前には,大黒埠頭で,コンテナに隠して密輸した覚醒剤を運び出そうとした男性4人が捕まっています。
どうやら,松崎信彦という人物が下見にこの倉庫にやってきた際に,思わず撮ってしまった写真だったようなんですね。松崎はカメラマンで,警察が監視しているところを見張り役として写真を撮っていたのです。ではなぜ初枝は松崎とつながっていたのか。それは初枝が発作で倒れた時に救急車を呼んだのが松崎でした。そして助かった初枝の近くにはなぜかカメラがあったのです。初枝はその恩が忘れられなかった。
初枝は松崎が借金を抱えていることを知ります。そして,その借金の返済を肩代わりしていたのです。亡くなった初枝の息子がこのカメラを見つけ,写真を応募したのです。
一枚の写真が,横浜の密輸につながるとは思っていなかった振興課はここで気づくのです。
「誰か内部の者が,密輸の手助けをするために倉庫を貸し出したのではないか」
今は,警察には知らせず,内部での秘密事項となりました。
ある日,城戸坂が古い外国人登録について調べていました。ちょうど同じ頃,神村市長も調べているようでした。
「この二人,何か繋がりがあるんじゃないだろうか」と,推測しながら,怪しみながら読んでいくわけです。
その頃,感謝祭のコンベンションのパネリストもあの真野吉太郎に決まっていました。重鎮の馬場周造も。真野としては自分の企業グループを世界に知らしめ,馬場も横浜市の票を集めて再選を狙おうとしているようです。暁帆は城戸坂が何やら外国人のことを調べているのに不信感を感じているようでした。そして城戸坂は「自分の母方の祖父が,かつて氷川丸に乗っていた」ことを伝えるのです。
ひょっとして,城戸坂は何かを調べるためにこの横浜市の公務員試験を受けたのか?
その祖父と関係のあった人物が外国人だったようなんです。その外国人が誰なのか。祖父が遺した古い手帳の中に,アレキサンダー・エバートンと永友良江という名前がありました。
なるほど,城戸坂は祖父の恩人であるエバートンの過去を追っているんですね。だいぶ昔の話,エバートンは氷川丸に乗って,アメリカへ帰ったというのです。
今では山下公園にどっしりと構えている氷川丸ですが,現役で運行していた頃もあったようですね。
氷川丸とは
1930年4月25日、氷川丸は横浜船渠(現・三菱重工業㈱)で竣工しました。
氷川丸は北米航路シアトル線に配船され、11年3ヶ月の間、太平洋を横断する貨客船として活躍します。
太平洋戦争で航路休止になるまで航海数73航海、乗客数延べ1万人、氷川丸の生涯の中で最も華やかな時代でした。
-日本郵船氷川丸サイトより-
ボーディング・ハウスがなまって「ボーレン」という,船員の宿屋がかつてあったようです。氷川丸の船長は,ここから乗り込み員を調達し,運行していたということです。
毎回船員を調達するのは大変だったため,このボーレンという場所の人間をボーレンから逃れられないように借金漬けにしていたようなんです。実はこのボーレンがホテルに変わり,あの横浜ハイラークホテルへと変遷していったわけなんですね。
なるほど,城戸坂はここで祖父と真野家がつながるかもしれない。そうすればいろいろとわかるかもしれないと考えているわけです。実は真野吉太郎の義父である真野次郎の間には関係があったのではないか。
桜木町駅から近い一等地にある横浜ハイラークホテルの歴史には,黒い影のようなものを感じます。そして,古い新聞記事に決定的な事実が載っていました。
ホテル経営者 暴漢に襲われる
横浜ハイラークホテルのパーティー会場前で,社長の真野次郎氏が暴漢に襲われ,全治二週間の怪我を負った。
神奈川県警は現場近くにいた城戸坂康経を傷害容疑で現行犯逮捕した
とうとう事件が起こってしまいました。しかも「城戸坂」という名前があります。やはり,繋がりがあったようです。でも一体二人の間に何があったのかが疑問ですよね。
一方,神村市長が探していた外国人はエバートンではありませんでした。ジェフリー・サンダースという人物でした。
市長は選挙前,市民から街に公園がほしいという依頼を受けていました。綱島駅から近い場所を開発し,緑の多い公園を作ろうとしていました。ところが急にこの土地の「売却」の話が上がってきたのです。
市長だけでなく,市民団体もこの状況を怪しみます。誰かが何かを隠そうとしているのではないか。この場所にはかつて洋館が建っていました。この洋館の持ち主がサンダースです。一時はプラネタリウムを建設し,周囲を公園化する動きがあったのです。ところがこれが別の企業に売却されるのです。調べても怪しい部分が見つかりません。正当な取引が行われたと。でも何かありそう。。。
そして思わぬ事実が判明します。神村市長の父親はかつて会計事務所を経営していましたが,突然事務所を辞め,ある国会議員の秘書に転身しています。
よく知る代議士の秘書。ここまでくればわかりますよね。そう,あの馬場周造です。しかし,一年半後,秘書をも辞めてしまいます。そしてまた会計事務所の仕事に戻るのです。一体,一年半の間に何があったのか。
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ある日,スキャンダルが発覚します。神村市長のことでした。
新横浜駅に近いホテルで,神村佐智子は最上階の高級レストランで,大手弁護士事務所のベテラン弁護士と会っていた
この弁護士は神村市長とは大学時代からの深い仲だという。
選挙の際にも,ボランティアスタッフに名を連ね,参謀役を務めた人物である。
この記事を見た暁帆は眩暈がしてくるようでした。城戸坂の祖父の事件といい,神村市長の父親と馬場周造の関係といい,ここぞとばかりに悪い情報が出てきます。
暁帆は城戸坂とともに過去を洗い出そうとします。やはり過去に何があったかを明らかにしなければならない。
いろいろな場所に走り回り,いろいろな資料を調査した結果,決定的な記事を見つけます。
荷揚作業で事故 1名重症
高島埠頭で陸揚作業中ワイヤーが切断し,作業員の永友勇さんが荷の下敷きになって病院に搬送された
現在,エバートン商会と陸揚を請負う平塚海運輸送の責任者から話を聞いている
永友,エバートンという知っている名前が出てきました。この事故がどこにどうつながるのか。エバートン商会の社長はこの事故で日本から追い出されてしまった。その時,氷川丸に乗っていたのが城戸坂の祖父だったのです。
さらに,エバートン商会の店舗があった土地を買収した企業がありました。それが真野のホテルだったのです。官民総ぐるみでエバートン商会を痛めつけ,アメリカへの帰国を余儀なくさせる。そして同時に,神村市長にもつながる話へと発展します。何十年も前,同じように神村市長の父親と思われる人物が,GHQから没収された土地について聞きにきたことがあったというのです。その土地の持ち主があのサンダースだったわけです。現在は磯子台にある土地。
真野や馬場たちが振興課の行動をあまりよく思っていないのもわかる気がしますね。過去の汚点を世間にさらしたくないという思い。
ここで暁帆はスクープを手にします。かつての高島埠頭での事故に関係のあった平塚海運輸送という企業は,真野グループの傘下にあったらしいのです。現在は浜島運輸と合併しています。暁帆たちはかつての社長であった平塚行弘の元へ行き,話を聞きます。
しかし,重要な手掛かりは得られません。ただ暁帆は「絶対にどこかで真野の会社と土地の売却が関係しているはず」と考えているようです。
暁帆は磯子台の土地がある場所へ向かうことにします。すると,大事件が起きます。駐車場に停まっていた白い車が,突然暁帆へ向かってくるのです。武田課長が暁帆に体当たりをし,そして暁帆の意識が薄れていきます。気がついたら,病院のベッドに横たわっていました。武田課長は暁帆を助けたようですね。そして白い車に乗った人物はすでに警察に逮捕されていました。平塚行永という人物。あれ? 平塚って,あの真野グループの傘下の?
そしてもう一人,重要人物が捕まっていました。それは港湾施設課の西岡和孝という人物。今まで一度も出てきてはいません。西岡は二年前から暴力団員と関係を持っていました。これが先に書いた「密輸」の正体で,彼が倉庫を貸し出したんですね。
平塚も密輸に絡む共犯者でした。暁帆たちが真実に近づいていくのを恐れ,暁帆を葬ろうとしたわけです。そして,かつて土地取引に関わっていたのが真野グループの傘下の企業であることがわかり,真野も責任は逃れられないでしょう。
そもそも真野と馬場はつながっていまいした。政官財の癒着によって真野グループは大きくなり,利益を享受する。手を貸した馬場には政治献金が入ってくる。結局この二人,ウィンウィンの関係だったんですね。
城戸坂や神村市長が不審に思い過去を調査した結果,こういう形で真実が明らかになったのです。それは城戸坂と神村市長それぞれの夢物語でもあったのでした。
かつて僕自身が住んだことがある桜木町近辺が舞台の話で,とても興味があった作品を読むことができました。
横浜市の公務員や市長が,蓋を開けられたくない部分に追及していく姿がとても印象的です。今回の話は過去の事件や汚点を,主人公たちが必死で調査し,世間にさらけ出すという物語でした。
同じ真保先生の作品である「お前の罪を自白しろ」でもそうですが,政治と企業の癒着って普通にあるのだろうかと思ってしまいます。
僕の住んでいる地元でもスタジアム建設について,市長と議会がぶつかったり,住民との折り合いがつかなかったりで,役人の仕事も大変なのかなって思います。
そこに利益享受など私利私欲が絡まないよう,住民にとって何が大切なのかを考えて政治を行ってほしいですね。
● どこの地域にも,明かすことのできない過去というものがあるのだろうか
● 横浜の港を中心とした過去の出来事を調査する主人公たちの執念がすごかった
● 地域で行われるイベントの裏には,職員たちの見えない努力や準備があるということ