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【転がる検事に苔むさず】直島翔|検事を悩ます意外な犯人

転がる検事に苔むさず

直島翔先生の作品を初めて読みました。ある日ブックオフへふら~っと立ち寄った時に目に入ったのが本作品。「ん? なんかどこかで聞いたことあるぞ」と思って購入しました。

「転がる石には苔が生えぬ」という言葉に掛け合わせたタイトルなんでしょうか。

調べて見ると,実はすごい作品であることがわかりました。第3回警察小説大賞に選ばれていたのです。警察モノと言って真っ先に思い出すのが今野敏先生。審査員でもある今野先生が絶賛していることに驚きました。そして帯には検事,弁護士シリーズを描かれている柚木裕子先生の名前が。

新人でありながら,それだけ評価された作品なのでしょう。新人と言ってもマスコミ業界で経験を重ね,すでに60歳越えられているという。すごい方です。

検事モノに興味がある方にはオススメの一冊です。

こんな方にオススメ

● 検事モノの小説に興味がある方,あるいは検事のことを知りたい方

● タイトルの真の意味を知りたい方

● 警察小説大賞に選ばれた作品を読んでみたい方

作品概要

夏の夜、若者が高架鉄道から転落し、猛スピードの車に衝突した。自殺か、他殺か。判断に迷う刑事課長は飲み友達の検事、久我周平に助けを求めた。出世レースから外れた久我は日の当たらぬ部署で罰金刑など軽めの事件ばかり扱う一方、遺体の検分には豊富な経験を持つ。久我は靴の傷に他者の関与を疑う。交番巡査、新人の女性検事とともに若者の身辺を探っていくと、高級外車を巡る、海を越えた取引が浮かびあがった。法務検察内のパワーゲームにも巻き込まれながら、男の正体に迫っていく。窓際検事の逆転なるか。
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

久我周平・・主人公。東京地検浅草分室勤務

倉沢ひとみ・・・女性検事で,久我の部下

有村誠司・・・隅田署交番の巡査

河村友之・・・自動車ディーラーの営業。遺体となって発見される

河村和也・・・友之の兄。理容店主。

武藤結花・・・友之の友人

松井祐二・・・元プロボクサー

本作品 3つのポイント

1⃣ 根深い事件の幕開け

2⃣ 容疑者の尾行

3⃣ 意外な真犯人とは

根深い事件の幕開け

検事の久我周平は,東京地検の分室勤務。部下には優秀な女性検事倉沢がいます。久我は水道工事を生業にしていた父親の一家に生まれました。かつて地域の公共事業を仕切る県議会議員がいて,献金を迫られていたようです。久我の父親はそれを断ったため,公共事業からも干されてしまったようなんですね。それで経営が悪化し,自殺したのでした。正義とは何かを考え,悪を根絶するために久我は検事になったのです。

ある日,京成電鉄の高架から人が転落し,下を走っていた車が撥ねてしまうという事件が発生します。車は相当スピードを出しており,被害者の名前は河村友之といい,もちろん即死。ただ,運転手に一番罪があるかというとそうではなく,撥ねようという故意はなかったわけです。状況によっては前方不注意や,傷害致死にはなるのでしょうけど。

それにしても,どういう理由で転落してきたのか。自殺しようと高架へ上ったのか,それとも誰かに連れられ投げ捨てられたのか。現場には墨田区の交番巡査である有村もやってきていました。この有村という人物,久我の部下である倉沢と同い歳ですが,何か初々しさを感じます。久我が検事であるということにもあまりピンときていない様子だったし。でもいつかは刑事になりたいと思っているようです。

遺体は鑑識によって見分されますが,この久我はこれまで多くの殺人,傷害致死,交通死事件などに毎日のように関わったことで,どうやって遺体が亡くなったのかというのにも詳しいようです。そこで久我は一つのポイントに注目します。それは,遺体の片方の足先に泥がついていたことでした。

本来,転落して猛スピードの車にぶつかったとすれば,頭蓋骨が粉々になってもおかしくないのですが,頭蓋骨に緩やかな陥没があるだけ。これはおそらく,何者かに殺害された後に,高架まで運ばれ,転落させられたのではないか。久我はこう推理するのです。

ある日,久我は部下の倉沢からある情報を聞きます。横浜地検の小橋という検事が久我を調査しているようなのです。どうやらこの小橋と久我の間には因縁があるようです。調査活動費を,ある事件の証人を匿う費用に使用したという疑惑あって,それに久我が関わっているのではないかということでした。

もちろん久我はそんなことをしていないんですけど,現在の東京地検の里原という検事長が,担当を小橋から久我へ変えたというのです。

検察官の階級について

○検事総長:最高検察庁の長で,全国の検察庁の職員を指揮監督しています。

○次長検事:最高検察庁に属し,検事総長を補佐。検事総長が欠けたときにその職務を行います。

○検事長 :高等検察庁の長であり,全国8つの高等検察庁に1人ずつ配置。検事長は,その高等検察庁の庁務を掌理し,地方検察庁及び区検察庁の指揮監督。

○検事正 :その地方検察庁の庁務を掌理し,その庁及びその管内の区検察庁の指揮監督。

○検 事 :最高検察庁,高等検察庁及び地方検察庁等に配置される。捜査・公判及び裁判の執行の指揮監督などの仕事を行っています。

-法務省サイトより-

つまり,小橋は久我のせいで左遷されたと勘違いされているわけです。やっぱりどの世界にも出世にこだわる人っているんですね。

有村は,被害者の友之の兄である河村和也の元を訪ねます。彼は理容師をやっています。弟のことは気にかけていましたが,自殺をするような感じではなかったようです。さらに友之の勤務していたワタセカーゴというディーラーの社長にも会います。しかしなかなか事件に繋がる証言は得られません。ただ,友之はボクシングのジムに通っていて,そこで親しかった武藤という女性の存在を知ることになります。

今度は武藤の勤務先である日陽物産という企業を訪ねます。有村は武藤にいろいろと質問をします。この日陽という企業は,商品取引を行う企業でした。かつては石炭や農作物を取引し,徐々に大きくなった企業のようです。

日陽は日本橋にあり,友之の企業も日本橋にあるということで,何か重要な繋がりがあるのではないかと考えるのです。

容疑者の尾行

有村はジムの社長から重要な連絡を受けます。友之が使っていたロッカーから大金が出てきたと言うのです。そして河村の体内から麻薬の成分が発見されてしまいました。麻薬の取引で大金を得ていたのでしょうか。

有村は違和感を感じます。とても好青年のように見える友之には暗い部分があったのでしょうか。さらにジムに関係する怪しい人物も明らかになります。松井という元プロボクサーです。有村はこの松井を尾行することにします。倉沢も手伝うと言いますが「絶対にダメ」と言い張ります。

倉沢にも検事としてのプライドがありますから,ちょっとした言い合いになります。有村には何か意図がありそう。。。尾行を続ける有村は,逐一,メールにて追跡の履歴を倉沢の携帯に送ります。首都高から関越自動車道などを通過しながら有村は行き先が「ワタセカーゴ」ではないかと考えます。

案の定,松井の行き先はワタセカーゴの整備工場でした。車のかげに身を隠していた有村でしたが,予想外のことが起こります。松井は尾行に気づいていたようです。有村は元ボクサーにボコボコされてしまい,気を失ってしまいます。

有村は病院へ搬送されました。しかし意識不明の重体。脳が腫れており,肋骨三本骨折,下顎の亀裂骨折など,有村の意識は戻らないのではと思いました。久我や倉本は裁判所に,松井の逮捕令状を申請しようとします。しかし,送られてきたメールや,ケガの状態だけでは令状は下りなさそう。

何か決定的なものはないのか。そんな時にあの小橋が現れます。「裁判所から苦情がきましたよ」と。この小橋,本当に久我のことが憎くてしょうがないのでしょうね。何かあれば「上に報告しますよ」ばかり。自分が出世したいばかりでなく,何とか久我を貶めようという思いが強いのでしょう。それを久我はかわしますが,倉本は「検事のクズです!」とまで言い放ちます。

久我と小橋の行く末も本作品の一つのポイントなのだと思います。

倉本は群馬の病院に入院している有村の元へ向かいます。やはりこの二人には,同級生であること以上の何かを感じます。やはり有村は重症で,会話もできる状態ではないようです。倉本は自分のせいで有村がこうなってしまったのだろうかと悩んでいるようです。

つきっきりで病院にいた倉本は,有村の意識が戻りつつあるのを感じていました。どうやら有村は峠を越えたようです。有村は尾行中に見たものを必死で倉本に伝えようとします。その一つ一つの単語が倉本にとっては重要なキーワードです。

戻った倉本は,久我とともに事件を整理しようとします。そして一連の流れで,ある人物の事情聴取をしようとします。それがワタセカーゴの社長。ただ久我は「検察官にしかできない事情聴取」をしようと考えていました。

社長の渡瀬は疑問に思います。警察の聴取と何が違うのか。

捜査のための情報収集としてあなた来てもらったわけではありません。

私たち検事は犯罪事実を認定して裁判所に公判を請求する「公訴権」という権限を持っています。

つまり,検察官には起訴し,それを裁判へ持っていく権限があるということです。この言葉に渡瀬は揺れます。自分の発言によっては裁判沙汰になる可能性があり,そうなるといろいろなものを失ってしまう可能性もあるわけですから。

渡瀬は密輸には関わっていませんでしたが,友之が関与しているのではないかとは思っていたようです。そして会社に松井から電話があり「警察にチクったのはお前だろう。儲けさせてやったのに裏切るのか」と言ったようなんです。これで友之の死と密輸,そして松井の関係性という決定的な証拠が出てきました。そして改めて捜査令状を請求するのです。

意外な真犯人とは

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有村は順調に回復してきているようでした。少しずつ話もできるようになっていました。彼はさらに松井には共犯者がいたのではないかと疑っていました。それが友之と親しかった武藤です。というよりは恋人同士だったのではないか,と。

武藤はハーメスという,麻薬の取引が行われているという噂のあるクラブへ行きます。それを尾行する倉本。大丈夫なのか? 有村の件があるから尚更です。武藤は席を外し,どこかへ行きます。それをさらに追う倉本でしたが,そこにとんでもない人物がいました。あの松井です。

有村の予想通り,武藤と松井は繋がっていたんですね。暴力を受ける倉本。マズいと思った瞬間,助けが現れます。有村でした。ただ有村だけでなく,刑事たちも来ていました。助かった倉本。有村も大怪我をしながらよくここまできたものです。松井逮捕の瞬間でもありました。

彼らが行っていた密輸。それは麻薬ではありませんでした。何と「金塊」です。それをメルセデスの車のエンジン部分に隠し,取引していたのです。金が非課税の国から金を仕入れ,それを日本で売りさばけば消費税分の利ザヤが出るというわけです。つまり脱税容疑というわけです。確かに,麻薬であれば暴力団が黙ってはいないでしょうからね。

武藤と松井の関係を,本作品では「ボニーとクライド」と表現しています。

ボニーとクライド

1930年代前半にアメリカ中西部で銀行強盗や殺人を繰り返した犯罪者。

ボニー・パーカーとクライド・バロウの2人組のこと。これまで数々,映画化されている。

どうやらこのボニーがクライドを操り,犯罪を犯していたらしいです。ということは実行したのは松井で,計画したのは武藤ということ? しかし,松井は「友之のことは知らない」の一点張り。いや,どう考えてもこれは松井たちの仕業だろうって思っちゃいますよね。

それに武藤は「お遊びだった」と反省の色もない様子。武藤は計画もしていないという。勝手に松井がやったことだと。一体,この二人の関係はどうなっているのか。イマイチ読めないです。

そしてとうとう松井の元にあの小橋がやってきました。久我に,倉本の暴走を許したことを責めつつ,松井の犯行自供まで持っていきます。手柄まで取られてしまった感の久我。久我は検事を辞めて,以前から誘われている弁護士事務所へ転職しようとも考えているようでした。

ところが久我は,亡くなる直前の友之の写真と,遺体の写真を見比べて衝撃的な事実に辿り着くのです。「真犯人がわかった」一体,誰だというのか。松井ではないのか。

久我が向かった先は理容店。そう,友之の兄である和也の店。久我は気づいたのです。遺体には髭がなかったことを。つまり亡くなる直前に何者かが髭を剃ったのだと。それが和也であると。しかし時すでに遅し。和也は自殺していました。そしてそこには和也が遺した遺書がありました。

彼が弟を殺害した動機はこうです。和也は弟が武藤と付き合っていることを知りました。しかも弟はこともあろうか,麻薬に手を出していました。おそらく武藤が仕向けたのでしょう。かつて自分たちの両親を交通事故で失った時,その運転手が麻薬に手を出していたことを知りました。

それだけに,自分の弟が麻薬に溺れていたことを許せなかったのです。そして和也は友之に体当たりします。倒れた友之。彼は息をしていませんでした。気づいたら,和也は友之の髭を剃りました。そして高架へ弟を連れて行き,転落させたのです。殺人ではない,過失性の高い和也の行動に,久我は早く気づいていたら,と思うのでした。

つまり,犯人は松井でも武藤でもなかったということ。誤認逮捕したということで,小橋は処分を受け,検事を辞めてしまいました。

久我は弁護事務所に就職すると思われましたが,検事を続けることにしたようです。それは,自分の両親を失った容疑者のような人物たちを弁護することはできないというのが大きかったようです。検事を続けたいと。

今回のストーリーを読みながら,いくつかの事件がとても根深く,意外な展開が最後に待っていて,とても深い話でした。自分の過去の出来事で検事を目指したり,その人物に恨みを持って貶めようとしたり,真実は意外なところに潜んでいたことなど,本当に面白かったです。

「転がる検事に苔むさず」正義を信じて勇敢に行動する検事だけでなく,世の中の人々も一生懸命仕事を全うしようとするけど報われないこともあるのかなと考えたりしました。転がる石には苔むさない,という言葉はそんな意味があると思っていたんですが,逆の意味もあるようです。いつかは報われる時が来ると。

直島先生は,中嶋博行先生の「検察捜査」に影響を受けたと話されてますが,実は僕自身が検察官という仕事のことを知るきっかけになったのもこの「検察捜査」でした。

本作品の所々には検察についてよく知らない人のために,ストーリーの中にいろいろな言葉の意味が散りばめられていて,とても読みやすいのです。

検察のことを良く知りたいという方は是非読んでほしいと思います。

この作品で考えさせられたこと

● 主人公の検事を通して,検察官の仕事がよくわかる作品

● 転がる検事に苔むさずの本当の意味

● 最後は大どんでん返しで驚きました

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